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内乱のローマ 続

作者: 上杉 真

ピレヌとの闘いが終わったサラミスは再び闘剣場の地下の牢に入った。

明日は、他の剣奴二人を相手に闘わなければければならない。

薄暗い牢の中で、サラミスは目をつむった。「ピレヌよ、お前の命は決して無駄にはせぬ。必ずこのローマとの闘いに勝って、散って行った仲間の弔いとしよう。」明日もまた闘いの日がやってくる。サラミスは静かに眠りに就いた。

夜半、突如として牢の鍵が、ガチャンと大きな音を立て、扉が開いた。

「サラミスさん!」重装歩兵の身なりをしているために、誰か分からなかったが、

その二人は、サラミスの幼馴染の二人の双子の剣奴ウルバ兄弟だった。

「ウルバではないか!!」サラミスが驚嘆の声をあげた。

「サラミスさん、シシリー島から救出やってきました。生きていてよかった!

あなたは、この剣奴 いや、剣士の反乱の首領となるお方、マウリヌス様の命により、

はせ参じました。重装歩兵を二人ほど倒して、お迎えに上がりました。

「そうか、ウルバ兄弟よ。愛するシリアやマウリヌスの話は後にして、

この場を早く脱しよう。」サラミスが言った。

「かしこまりました。ティベル川の河口付近に小型の櫂船かいせん

用意しておりますので、急ぎましょう。河口までは約4里あります。」

ローマは剣奴の反乱や、奴隷の反乱が頻発している情勢から、ローマ兵以外、

夜間の外出禁止令が出されていた。二人は難なく4里の道をすり抜けた。

「よし、着いたな」サラミスが言った。「船の漕ぎ手として、15人ほどの平民を用意してあります、サラミスさん。十分すぎるほどの金貨で買い取りました。食料も15日分用意してあります。」「そうか、ウルバ兄弟よ、よくぞやってくれた!」

「昨日、占星術師が言っておりました。これから先10日間は、海も荒れる事はないだろう」と。「サラミスさん、帰りましょう、シシリー島へ」「よし、出発だ。」サラミスは、

薄暗く、霧のかかったようなローマの街並みを後ろに見ながら、船に乗り込んだ。


夜が過ぎ、朝が来た。ひたすら続く紺青色こんじょうしょくに輝く海は水平線まで続いている。「海が荒れなければ、10日以内には着くでしょう。」ウルバ兄弟が言った。

シリアやマウリヌスに早く会いたい。サラミスは天の際まで続く紺青色の海を静かに眺め続けた。

船が出港してから9日間が経ったその朝、海に浮かぶシシリー島の島影が見えてきた。

「ウルバ兄弟よ、いよいよ皆との再会だな。囚われの身となってから半年、もう私も駄目だと思ったが、ピレヌがいてくれたおかげで、生き延びたよ。ありがとう。」

「今、パレルモの都市やその他の都市では、ローマ兵に対抗する奴隷の反乱が頻繁に起きています。神殿の街アグリジェントの街もしかりです。それで、比較的小さな町、タウロメンオンで、マウリヌスやシリアさん、そして、他の剣奴たちが潜伏しています。夜にはタウロメンオンの港に着くでしょう」


ウルバ兄弟が言った。

サラミスにもようやく笑みが戻ってきた。闘いに闘いぬいた半年間だった。

ここまで生き延びたのが奇跡に近かった。

夜8時、船はタウロメンオンの港に静かに着岸した。


海岸沿いの高台にシリアとマウリヌスの住処すみか

あった。サラミスの命に危険が及ばぬように、この救出計画は、

マウリヌスとシリア、ウルバ兄弟だけが知っていた。他の親密な剣奴達にも

もう知らせなければならない。

サラミスは白亜の家の重厚な入口のドアを開けた。

「シリア!!」サラミスが叫んだ。部屋の隅で、祈りを捧げていたシリアも

驚嘆の想いで、サラミスを見た。「サラミスさん!」二人は固い抱擁を交わした。

二人のほほに、熱い涙が一筋流れていた。

「サラミスよ、よくぞ、生きて戻ってきてくれた。お前が帰るまでの間、

シリアの夫としての努め、果たしたぞ。」マウリヌスが言った。何しろあまり大きな街ではないタウロメンオンだ。夫婦の生業なりわいをしていれば、何かがあった時でも、

不審がられることもないだろう。

「サラミスさん、半年待って、もう生きてはいないだろうと思ったけれど、

私のお腹にはあなたの子供がいるの。もう7ヶ月になるわ。」

「そうか、シリア、このローマとの闘い、10年、いや、15年と続くだろう。

お前が身に宿した子が大人になるまでには、平和な世の中にしなければならない。

女の子であれ、男の子であれ、神の祝福を受けさせよう。」


翌日の夜、ウルバ兄弟が集めた剣奴たちと、サラミス帰還の祝福の晩餐が、シリアの家で

ひそやかながらも、盛大に行われた。

「乾杯!酒の神バッカスに!「乾杯!平和の神アグリジェントに!」

「サラミスさん、このお腹の子供の名前を決めたいの。」晩餐中、シリアが言った。

「そうだね、男の子なら、12神のアポロ―ンにちなんで、アポロ、女の子なら、学芸と闘いの女神、アテナの名前を、そのままもらおう。」

平和で美しすぎる時はあっという間に流れ、3カ月が経った8月の早朝、女の子、アテナは、呱々(ここ)の声をあげた。

サラミスとシリアは、アテナが生まれ、ホッとしていた。

この子だけはローマとの闘いには、出さなくて済むだろう。

「アテナに、女神アテナの祝福あれ」最強の剣奴マウリアヌスも祝杯をあげ、

二人を祝福した。サラミスは思った。もうピレヌとの闘いの二の舞は踏みたくない、と。




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