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楽園の守護者  作者: 神崎真
第二部2
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第十六話 受け継ぎしは 終章

 後の世に、セイヴァン中興の祖としてたたえられる王として、第十八代国王カイザール=ウィルダリアと、その後継たる十九代国王エドウィネル=ゲダリウスがあげられている。

 彼らは共にセイヴァンの発展へと力を尽くし、ことにエドウィネル国王は、それまで成し遂げられなかった幾つもの偉業を果たしたと、歴史家は筆をきわめて絶賛している。

 五十年にもわたる長いその在位に、歴代随一と謳われたカイザールをもしのぎ、その在位期間は二十七の歳から五十二年もの長きに及んだという。

 しかも彼は、その譲位を国王崩御によるものとした従来の制度を改め、存命中に王位を譲った最初の国王となった。正妃との間に三人の子をもうけた彼だったが、王太子と定めた長子のほか次女、三男 ―― また後に次期国王となった長子の子にまでもセイヴァン王家に伝えられた白銀の腕環を与え、セフィアール騎士団の破邪へ同道させることを行った。そうすることによって、破邪騎士達の人数も飛躍的に増加し、最盛期にはその数、百名を数えるほどにまで達したという。

 そうして増員した破邪騎士達の中には、それまでほとんど見られなかった下級貴族や平民出身の者達をも積極的に加え、形骸的なものにしかけていた騎士団の実践的な質を引き上げることに、ことさら心を砕いていたと伝えられる。

 また、他国への定期的な航路と街道を整備したことでも、彼の功績は大きい。

 前述したとおりその数を増やした破邪騎士達を動員し、また十数年という長き時間をも必要とこそしたが、ついに彼は『閉ざされた楽園』の名を返上し、わずかながらでも対外的な交流を行えるだけの、社会的基盤を整えていったのである。



 その治世は、革新に満ちていながらも平穏で、国を危うくするような大きな問題などは、ほとんど生じなかったと、公式記録はそう告げている。



 しかし、公的な記録には留まらぬ、民間に流布する流行歌はやりうたや絵草紙、芝居などには、おもしろおかしく脚色された幾つもの逸話が残されていた。

 隠された真実だとも、話を劇的にするための絵空事だとも解釈されるそれらの中には、心躍らせられる英雄譚もあれば、思わず涙する悲劇的な物語もあり、また腹を抱えて笑うような馬鹿馬鹿しい笑劇もあった。

 たとえばコーナ公爵領を襲った未曾有の妖獣大発生に、自らも破邪騎士達の先頭に立って剣を振るっただとか、同じくコーナ女公爵フェシリア=ミレニアナとの間にまつわる実らなかった悲恋だとか、王位をついでからも諸国を漫遊し、妖獣の他に民衆に無体を強いる諸侯らをも懲らしめてまわったという話だとか。

 中でももっとも民衆に人気があり、かつ歴史家達の間では一笑にふされる物語の中に、国王エドウィネルは実は二人いた、という説がある。

 あまりに多くの偉業を成し遂げたその活躍に、かの時代には陰ながら力を貸すもう一人の国王が存在していたというのだ。

 事実、同時期に二ヶ所に存在してでもいなければつじつまが合わぬような出来事も記録されていたり、未だ次期王位継承者が育たぬ以前から、破邪騎士達の数がわずかずつにでも増加傾向にあったという歴史的事実も存在してはいるのだが ―― それはあくまで良くある事実の誇張や、記録を行う側の手違い、あるいは偶然にすぎなかっただろうと、後世の歴史家達はそう意見を一致させている。



 ともあれ、彼とその周囲にまつわる人々の物語が、後の世にまで長く伝えられ、愛され続けたことに違いはない ――



*  *  *



 それは、涼しい風が吹く、ある穏やかな日の午後のこと。

 机に向かって熱心に書き物をしている男の後ろから、一人の女性がその手元をのぞき込むようにしてきた。


「……珍しいの。なんだそれは。なんぞ物語かなにかか?」


 どこか古風な響きを持つ言葉が、そんなふうに問いを放つ。

 応じて手を止めた男は、うん、とひとつ大きく伸びをしてみせた。どうやらかなり長い間、同じ姿勢を保ち続けていたらしく、肩や首のあたりで音が鳴っている。


「ああ……ちょっとな。これから先のことを考えると、なんらかの形で、ある程度のことは書き記しといた方が良いんじゃねえかとか思ってな」


 腕を回すようにして筋肉をほぐしながら、男は机に散らばった何枚もの紙や、広げた書物をちらりと眺めやった。


「いつまた、どんな理由で口伝が途切れることになるかも判らねえし、祖王の血やセフィアの樹や、例の『船』とやらの施設だって、いつまで保つものか、何の保証もないわけだからよ」


 一種の保険として、一度目を通したぐらいでは判らずとも、本気で読み解けば、判る者には理解できる。そんな類の文章を用意しておけたなら、と。

 そう言って、小さくひとつため息を落とす。

 このところの彼は、その必要を失ったからだろうか。以前までの天の邪鬼めいた物言いを、わずかなりとも収めつつあるように思われた。

 もっともその立ち振る舞いは、相変わらず余人の目をひそめさせるそれに、相違なかったのではあるけれど。


「これまでの、三百年間を ―― これからの三百年へ向けて、か?」


 その問いに返されるのは、口の端をわずかに歪める、この男らしい皮肉げな笑み。

 窓から吹き込む優しいそよ風に、文鎮で押さえられた何枚かの紙面が、ひらひらと軽やかな動きでその端をひるがえしていた。


 その中には、未だ瑞々しく濡れた鮮やかな墨跡で、このように記された一文が存在している。



『 ―― 老人達の語る昔語りによれば、かの恐るべき妖獣共は、かつて星から墜ちてきたのだという。』



 と ――

まだ続きます。

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