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楽園の守護者  作者: 神崎真
第二部2
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第十六話 受け継ぎしは 序章

 この一月、もはや聞き慣れた種類の罵声が耳を打った。

 肩をつかむ腕は容赦のない力で肉に指を食いこませ、粗末なぼろの下で青い痣を皮膚に刻む。

 懸命に抵抗し、伸ばす手のその先、向けられる背中はあまりにも遠く。

 一瞬だけこちらを見たその視線は、これまで想像すらしたことがなかったほどに、冷たく無感情なそれで。


「 ―― ッ」


 餓えと渇きに掠れた喉は、思うように言葉を紡いでくれなかった。

 泥と埃と垢にまみれた小さな身体は、呆気ないほど簡単に持ちあげられ、ようやく戻ってきたはずの屋敷から引きずり出される。


 物乞いなら物乞いらしく、裏にまわって頭を下げろと。

 固い石畳へと投げ出された、その痛みさえもが、どこか遠い世界での出来事のようでしかなかった。

 呆然と目を上げれば、顔見知りの門番が蔑むような目で見下ろしてくる。いつも穏やかに笑い、丁重な物腰で道をあけてくれていた、その男が。


 何故、と。


 理解できぬまま、それでも呼びかけようとして。男の名を知らぬことに気がついた。

 こちらが名など呼ばずとも、いつでも即座に反応が返ってきていたから。どれほど遠くからでもこちらの姿を認め、笑みを浮かべて腰を折り、何か必要なことはあるかと問いかけてきてくれていたから。

 だから、使用人に自分の方から声をかける必要など、これまで一度たりとてありはしなかったから。


 それなのに。


 まだ呆然としながらも、それでもどうにか立ち上がった。どうすればいいのか、まだ判らぬままに、なおも数歩、よろめきながら門へと ―― 屋敷の内へ近づこうと足を踏みだす。

 次の瞬間、激しい衝撃が腹部を襲った。痛みとも、熱ともつかぬものが腹の底からこみ上げてくる。


 固い靴先で、鳩尾を蹴りあげられたのだ、と。


 ―― そう、理解できたのは、石畳にぶちまけた己の反吐の中へと、つっこむように倒れ伏してからのことだった。

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