サメとワニの初対決ビュッフェ
ほどなくして、風見鶏ホテルの食事処には嵐が吹き荒れた。
私達悪の空腹サメ令嬢と、正義のワニの空腹ティア様が、肉を食べ始めたのだ。
ビュッフェ形式の肉を取りすぎない程度にかつひたすら高速に回収するサメとワニ。既に連日ティア様が高速大食いを見せていたこと、予約の時点で私が大食い宣言と大食いチップを用意していたこと。
決戦に赴く戦士の背中をしたシェフ達による料理追加速度は開幕からクライマックスだった。
しかし、この形式は思ったより不利かも知れない。
(ビュッフェでは注文が届く隙間の時間が無いな)
(やはり食後のみが対話チャンスか)
(一応隙は狙いつつ遅れる事なく食べ終え満腹時を狙うしか…)
既に連日の食事で最適ルート見出しているワニのティア様は速い。一定の流れのある川を思わせる鮮やかな一連の動作はやはりサメとは異なる別種のタイフーンを思わせる。
((((((互角?))))))
(食の力自体は拮抗しているが…)
聡明な3匹のサメも6つ頭のサメもこれには歯切れが悪い。ルート未開拓の不利に加えて、初日でマナー感覚の調整が出来ていない私は動きに迷いが発生していたのだ。
その場において自然で思いやりのある動きが今ここで必要なマナーだが、令嬢として覚えている複数の形式上マナー知識から一瞬考え行動選択する私に対し、ティア様のはつらつとした少女そのままの自然体動作は一歩上を行く。
(やはり強敵。まさか食でサメが押されるとは)
さながら1秒を削り合う競走競技のような2人の高速回転と、削られる料理を決して途絶える事無く補給し続けるシェフ戦士たちの高速回転は、全ての者が一歩も引かないまさしく決戦竜巻の光景を描き出していた。
……そして、激闘の果てに、サメとワニの肉食嵐が治まったのはほぼ同時の事だった。
「ごちそうさまでした!」
「ごちそうさまでした」
(メイドさんに貰った軽食が命綱だったな)
(あの分が無くば確実に一歩遅れた)
心の中でメイドさんに改めて感謝しつつ、食後のお茶を手にしたティア様の隣へ座り直す。
私もティア様も明らかに満腹で即座に動き回る状態ではない。
息を整える。さぁ、ようやく訪れた対話のチャンスだ。
…どうしても、ここで聞かなくては。
「…ティア様は、血の惨劇を起こさない方法をご存知ですか?」
やはり、最も聞きたかった情報は、これだ。優先順位とかではなく、どうしても真っ先に私が知りたいのは、これだ。悠長に前置きもしない。せめてこれだけは絶対に聞いておきたい。
そして少しの沈黙。疾風のようなティア様が即答せず思案する姿を見たのはこれが初めてだった。
「…分かりません!未来なので!複数なので!」
「…っ!……そう、ですか。やはりそういう…」
(やはり、起こすことは決まっていて道のりが変わる…)
(予想はしていたが他者からも聞くとなかなか重い)
「うーーん!えっと!シャークさん!お部屋に行きましょう!会えたらちょっと話すって約束でした!ちょっとだけお話をしましょう!」
「なっ…あっ…是非、是非ともお願いします。あれっ私そういうの無理なのかと…あれ?」
(…まさか”ゆっくり”じゃなければ良いのか?)
(あーー)
(それだ、他の頼みは大体肯定だった)
「じゃあ行きましょう!」
「は、はいっ有難うございますティア様」
最初に会った時、そういえばちょっとだけには了承を得ていたんだった。
肩透かしのような変な疲労感と、対話成功の高揚感で若干混乱しながら、私よりそこそこ背の低く素早い背中を追いかけ彼女の部屋へと慌てて着いて行くのだった。
* * *
正義のワニの現在拠点は、特に目立つところの無いホテルの一室だった。狭めの水回りの他にはベッドと椅子と壁にくっついた狭い机くらいしかない。
ベッドに座るよう促された私はお茶を渡され、どうやら食後のお茶の続き兼お話会をしてくれるようだった。
「じゃあシャークさん!さっきの続きを話します!」
「ありがとうございますティア様。宜しくお願いします」
「まず!完全には分かりません!未来なので!」
「はい…」
「ですが!あー、その、賢い方のワニ!そう、それ!…ですがひとつ!シャークさんは恐らく悪魔と契約します!なぜならシャーロット=ブラッドレイクと契約する”役割”を持つ悪魔のデータが複数存在するからです!」
「な…っ!?」
((((((悪魔!?))))))
(重要情報だぞ!)
(書斎の魔術書で少し予想はしていたが)
(お互いイベントの未来は分からずとも我らサメより元のキャラデータに詳しいという事か)
「ちょっとお食事処では言いづらかったので!」
「あ…確かに。惨劇の話題自体あまり良くありませんでした。恥ずかしながら少し焦っていたようですわ、申し訳有りません」
「あ、えと!念入りに言うように賢いワニが!実際にこれがどう関係するかは不明です!わたし達ワニは一旦予想を全部破棄しました!」
「予想を破棄?なぜです?」
「想定に問題が発覚したからです!シャークさんです!」
「私?」
「えっと!その、悪の定義が…悪役の悪が想定と違ったので!悪魔の悪も不明です!もっと無慈悲なものだと思っていました!」
(む?)(どういうことだ?)
「あの、すみません、ちょっとよく分からなくて…」
「これの説明は不可能です!そしてもうひとつだけ!」
「は、はい!」
「マジカル回復魔法には限界があります!」
((((((マジカル回復魔法!?))))))
(しっ!)(気になりすぎるが先を聞くのだ!)
「もし可能ならこれに頼り切らないで下さい!」
「はい、あの、私、頼ると言うか、そういうのがあるの知りませんでしたわ。空を飛んだりビームを撃つ感じの魔法少女なのかと」
「ビームも撃ちます!!」
((((((!!!!!!))))))
(落ち着けシックス!)(さすがに見たいが今度だクス!)
「分かりました。…もし血の惨劇が起きてしまうなら、ティア様が駆けつけるまで可能な限り被害を抑えるのですね」
「そうです!できれば惨劇じゃない事故とかでも!」
「そうか、そうですわね。出来ることは、必ずします」
「ありがとうです!」
「こちらこそ本当にありがとうございます。重要な情報と、なによりこうやってお話できると分かったのが大収穫です」
そう、重要な手がかりと、いざという時どうすべきかの指針、相談相手。一度に沢山手に入れすぎて嬉しいのに気持ちが追いつかない程だ。
「じゃあお風呂行くので!これで終わりです!」
「あっ私も参りますわ。もっと他愛ない方の話もしたいですし、温泉ご一緒しましょう」
「はい!…エロい方のワニがなんか」
「違いますわ」
「はい!でもお風呂すぐ出ますけど!」
「お風呂はゆっくりしましょう」
「わたしいつもゆっくりしないです!」
「ではちょっとだけゆっくりしましょう」
「ちょっとゆっくり!?お…おおお…!?」
その後、本当にすぐ体を洗いすぐ出ようとするティア様を上手く宥めながら2人で温泉に浸かり、好きな食べ物の話やお互いの日常の話をちょっとだけゆっくりした。
どうやらワニというのもサメと同じく誰かが水に浸かっているのを見るのは美味しそうで好きらしく、途中からお互いがお互いの感触を気になりすぎて少しだけ大変な事になったが、特に大した出来事というわけでもないので、その時の細かい描写を思い出す程では無いと思う。
※欄外あとがきを読むような聡明なサメワニの方々は気づかれた方も多いでしょう。詳細なキャッキャウフフは地上波ノーカット版の放映時にしか映らない上に厄介な湯気で見づらいのです。