表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/34

選択授業マスターゴリラ

日常、そしてアクション。そしてゴリラ。

朝のちょっとした敗北を越えていつもの昼休み。


再びエレン様とケイト様に相談し、疾走感溢れる正義のワニのティア様を見失わないよう、とにかくまずは一定期間の居場所を教えて頂く為の作戦を練る。


油断すると一言で終わってしまうティア様の返答を、お手紙・改の作成によってなんとか誘導するのだ。



「ふふ…くふふ…!いや…申し訳なく…くふふふふ」

その手紙完成案を提案したケイト様本人がいつものスマートな表情を崩され必死に笑いに耐えている。


(これ手紙というか…)

(いや絶対これで正解だとは思うが…)

聡明なサメもざわめく。


「次に行くとしたらどの街になりますか(丸を付けて下さい)」

「その他の場合はこの空欄に街の名前をご記入下さい」

「いつもご利用になる宿の系列店はありますか(丸を付けて下さい)」

「長期滞在のご予定はありますか(はい/いいえ)」


((((((宿のクーポンつけて返事貰える確率あげよう))))))

(よせシックス!)

「やっぱりこれ旅行店のアンケートですわ!」


エレン様の素直なご意見とサメクーポン案が同時に来たためかなり重めのボディブローが入ったが、悪役で令嬢のサメがこのようにあっさりとしたネタで人前で無邪気に笑うのは許されない。優雅で美しくなくては。


「ふぇひひひひ」

「それ笑い声ですの!?シャーク様の!?」

「ふっ…くふうぅっ」


ダメだった。私とケイト様はもうダメだった。笑わないエレン様が真面目なままストレートを連発するのが本当にダメだった。




 * * *




手強い正義のワニ、ティア様から重要な情報を得るためかなり戦略性の高い知的な手紙を優雅に作成したあと、私達サメは午後の授業で一つ重要な鍛錬を行おうとしていた。


それは肉体の鍛錬。スポーツの授業を利用したシャークマッスルキャンプである。



「おやシャーク様?選択授業を変えられたのですか?」

白い道着を身につけた体格の良い白髪女性教師が新入りである私の存在に気づく。高齢ながら大きな体から溢れるオーラは尋常ではない。


「はい。私達サメにはどうやら鍛錬が必要なのです」

この先生こそが私の目的。麗しき大猩猩の異名を持つ武術の達人アン先生である。


「鍛錬としての参加なら尚のこと素晴らしい。麗しき令嬢であっても健やかな体には健やかな筋肉が必要となりましょう。パワーとは力。即ちパワー。あなたがマッスルと共にあらん事を」


大猩猩とは即ちゴリラである。



(道場、師匠、トレーニング器具。完璧だな)

(授業であれば時間を作るという一番の難点もクリア出来る)

(サメは鍛錬せずとも強いが鍛錬すればもっと強い)

((((((筋肉!))))))

3匹の聡明なサメと6つ頭のサメが新たな鍛錬の場に燃えている。サメのように強きものほど更に強くなりたいと願うものなのだろう。


「まずは見学しつつ空いてるトレーニング器具を使わせて頂きましょう」

(うむうむ)


令嬢が身につける武術と言えば相撲やレスリングにルチャと言った華麗なものが多く、この道場は更に独特の進化を遂げた令嬢武闘術を学べるようだ。


やはり高貴な令嬢が集う場では武闘会が度々開かれ教養を試される事もあり、道場授業を選択した皆様も鍛錬に余念が無い。



「下段、下段、そして下段。貴方達ご令嬢は必ず足元がお留守か問われます。頭の先から爪先まで留守になってはいけません」


アン先生の丸太のような足による高速水面蹴り乱打が令嬢生徒達の下段セキュリティを問う。


「あらあら」「うふふ」「ここかしら」「ぬぅぅん!」

それを難なく避けヒラリヒラリと舞う蝶のような乙女たち。中には大木のように微動だにせず敢えて全てを受ける懐深き母性の乙女もおり、様々なる美の共演が道場で繰り広げられていく。



お菓子のように甘い反撃は尽くアン先生に投げられ、トレーニング器具で体を温めていた私の近くにも数人の令嬢が柔らかな受け身と共に着地する。


「シャーク様ごきげんよう、同じ授業になれて本当に嬉しいですわ」

「体が温まりましたらいつでも組み手にお入り下さいませ」

「サメタイフーンとマスターゴリラの令嬢組み手、心躍りますわ」


飛んできたトレーニングウェアの令嬢達と挨拶を交わし、お言葉に甘えて私達サメも立ち上がり輪に入っていく。



「ごきげんよう皆様。宜しくお願いします」

お辞儀による上段回避でアン先生の薙ぎ払いチョップを躱しながら組み手の間合いに入る私に、やはり下段の乱打が押し寄せる。


「下段、下段、そして下段。初日とて足元のお留守が見逃される事はありません」

「パリィ、パリィ、パリィ。私の中の9つのサメが9打同時でも見張りを怠る事はありませんわ」

「なるほど。なるほど。これがサメ。初日とて様子見は不要と。であればちょうどよい機会です。この授業を選ばれた皆様がどのほど麗しく令嬢か、一度まとめて確認させて頂きましょう」

(むっ…!?)(この圧は…)



アン先生を中心とした円状の組み手は暴風のような令嬢武闘術によって次第にその半径を無理やり広げさせられていく。サメから見てもかなりの強さに思える道場生徒達が少しずつ少しずつ弾き出され脱落しお辞儀と共に距離を取る。

「あらっ御免遊ばせ」

「あらあら御免遊ばせ、ここまでですわ」


(これは…師としては申し分無いがさすがに尋常ではないぞ…!)

(打撃が…異様に大きくなっていないか…!?)

((((((でかい!))))))


まるでアン先生の体が物理的に大きくなっているような大きく重い衝撃はどこまでも上限なく加速していく。



「ぬぅううう!…然らば…御免!」

ついには大木のように揺るがず全てを仁王立ちで受けていた母性の乙女も脱落し、私達サメとアン先生の決戦へと移行する。


「パリィ、パリィ、パリィ。アン先生、まさか、これほど、とは」

もはや私の目には明らかにアン先生が巨大化しており、打撃もその大きさぶんの重さを感じている。


「なるほど。確かにサメ。確かに9つ。その鉄壁な令嬢捌きの高速回転はまさしくタイフーンへと至っておりましょう。9発同時を越えねば私とて破れません」


しかしアン先生の重く速く麗しき乱打はその9発分の捌きが必要で、こちらからは全く反撃の糸口が無いのだ。



「シャーク様、貴方は無敵のサメ。そしてタイフーンにも至るサメ。しかしどうやらまだそのタイフーンには重大な要素が欠けているようです。この授業を選択した価値はあると思いますよ」


(重大な要素…!?)(というか、重く大きいのは向こう…!)


かつてないほど巨大な打撃が襲い、私達サメはとうとう捌きの回転が間に合わず、ガードの上に巨大な拳が炸裂し、爆発のような打撃音が道場に響く。


それと同時にまるで今までの巨大さが幻だったかのように元のサイズのアン先生が一歩下がりお辞儀しており、私も慌ててお辞儀を返す。組み手は終わりだ。



「アン先生、今のは…それに私のタイフーンに足らないものとは…まさか、大きさ?」


先生がにっこり微笑む


「令嬢であれば優雅に寛容に。そう、器が大きくなくてはなりません。物理的に示せるほど大きく」

(器!?)(物理!?)(そういう感じなのか!?)


「シャーク様、タイフーンとは本来とてもとても大きいもの。そしてこれは貴方達がまだ巨大サメの可能性に気づいていないという事でもあります。心・サメ・技・体の向こう側をこの授業にてお教えしましょう」

((((((巨大サメ!?!?超なりたいが!?))))))


「どうやら私は授業選択に大成功したようです。是非ともご指導ご鞭撻のほど宜しくお願い申し上げます」



会話の終わりと共に仲間となる道場の皆様がワッと歓声をあげ健闘を讃えてくれる。


「凄かったですわ!」

「完全に伝説の怪獣決戦の一幕でしたわ!」

「巨大怪獣ゴリラと9つのサメが見えるようでしたわ!」

「ああ…!この授業…!常に見に来なければ…!」

「あら?今一瞬エレン様が」



体を鍛える程度のつもりで選んだ授業によってまた一つ道の見えた私達は心が弾んでいた。とにかく何でも頑張るというスタイルは闇の中の足掻きにも似た辛さもあり、どの方角に何があって進むとどうなるか知るのは闇を払うような解放感があるのだ。


そして、巨大サメ。何か一つジャンルを超えるようなこの響き。すごく、すごく良いと思うのだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ