探すワニはゆっくりしないワニ
40分と3分くらい速度が違う
話を聞くというのはつまり視点が増えるという事。
後輩の女生徒達に常日頃から追われている長身スポーツ少女のケイト様なら、追われる方から見た視点を得ることが出来るかも知れない。正義のワニとの対話作戦の相談にはうってつけだ。
「ふふ…なるほど。シャーク様は運命の人にもっと会う時間を作って欲しいと」
「これがそのように相手任せで待つわけにはいかないのです。なんとしても隙を見つけて対話を重ねなければ」
「なんと。少々驚きました。まさかそれほどまでに積極的な段階とは」
昼食後の談笑で早速食のライバルに相談を持ちかける。隣のエレン様には同じ相談を初日にしたけれど、再び知恵を貸して頂こう。相談会だ。サメの頭は多ければ多いほど良いのだ。
「ああ…!ケイト様…シャーク様のお相手はまさしく運命のお方で…私には迂闊な口出しをする勇気が…!」
「これは更に驚きです。まさかエレン様が一歩引く程のお方とは。シャーク様、宜しければどのようなお方なのか伺っても?さすがに興味が抑えきれません」
「それがその、なんと言ってよいか、その、正義のワニの少女なのです」
「完全に理解しました」
((((((ワニを!?))))))
(馬鹿な!?)(理解力に追いつけぬ!)(怖い)
6つ頭のお馬鹿なサメと3匹の聡明なサメが一斉にざわめく。私も内心かなり動揺している。
「話が早いのは助かるのですが、正直に言うと私にはなかなか理解が難しくて、うまく説明出来ているか」
「大丈夫です完全に理解しました我がライバル。いえ…どうやら私もエレン様と同じく一歩下がったライバルとなりましょう」
「ケイト様…!出来れば追々私達の一歩を埋める相談をさせて頂きたく…!」
「勿論ですエレン様。一刻も早くお聞きしておくべきでしたね」
「あの、私の相談にも盛り上がって頂きたく…」
理解力の早さはとても頼りになるものの、今度は私が追いつけなくなってしまいそうだ。
「例えばなんとかして手紙のやり取り等も考えているのですが。ケイト様ならお手紙を頂く機会も多そうですしどの状況なら受け取りやすいかとか…」
「ふむ…そうですね…しかしあれは私の状況というより、私のロッカーや机と言った必ず私が中を確認すると皆知っているものに届くので、果たして参考になるのかどうか」
「あ…!でしたら宿屋のご主人に預かって頂くのはどうでしょう?」
躓く前にエレン様が補足案を提示してくれた。やはり頭と視点の多さが突破口になるものなのかも知れない。
「なるほど宿屋ですか。そういえば確かに旅のお方だと思うのです。かなり広範囲を飛び回るようなのですが、しばらくは近い地域に滞在されるはず…」
そう、少なくとも血の惨劇が起きた時すぐ気づける程度の近くに。ワニたるティア様の語った正義が本物ならばきっと…
「あと数日は隣町の風見鶏ホテルでお休みになるご予定だったと思いますわ」
(何!?)(本当にすぐ近くではないか!)(なんという朗報)
「驚きました、非常に有り難い情報ですわ。これなら手紙どころか会話も出来るのでは。最初にあの方の心当たりをお二方に伺うべきでした」
「その…手紙も一応用意したほうが良いと思いますわシャーク様。出来れば慌てずに次の宿をどの街にするかの質問を最優先で。情報そのものより情報への道を広げるのです」
「なるほど…まずは道…。凄いですわエレン様、私そこまで気づいていませんでした。手紙は時間が合わなかった時の為でしょうか」
「それもありますが、あのお方は入浴すらもゆっくりされないので、宿に居る時間はほぼ睡眠時間だけなのです。一瞬の隙にすれ違いお休みになられてしまう前提くらいのほうが望ましいと思いますわ」
((((((えっ))))))
(どうしたシックス)(ついてこれてるかシックス)
「確かにいつもゆっくりしないと仰ってました。本当に凄いですわエレン様、私今日早速準備して向かわなければ」
「ふふ…さすがエレン様、一歩引いても尚深い」
「お役に立てれば光栄です。私一人でワニ様との間に口を出す勇気はありませんが、ケイト様もおられる私達の相談会という形ですので、これならばほんの少しだけでもと」
今後の方針を練る相談のつもりが飛躍的な前進を得てしまった。今度何かお礼をしなくては。
((((((…サ、サメとワニの風呂の時間どんくらい違うかなぁ))))))
(さすがにサメのほうが長いのでは無いか?)(?)(?)
「…?サメとワニの入浴時間の差が気になる感じなのですが…」
「先日ならおよそ13対1といった時間の割合でしょうか」
((((((ひぇ…っ))))))
「ふふ…さぁお昼の休憩が終わります。さすがでしたエレン様。ご健闘をシャーク様」
「二人共本当にありがとうございました」
「こういった形式ならまたいつでもご相談下さいシャーク様」
* * *
正義のワニのティア様は確かに風見鶏ホテルに数日滞在されており、そしてエレン様が仰っていたように風のように帰ってきて嵐のように夕飯を食べ気づいた頃にはお休みになっているらしい。
例え無敵のサメでも令嬢としていきなり夜のホテルで一人待ち続けるわけにはいかず、アドバイス通り持ってきた手紙をチップと共にご主人にお願いし帰路につく。
翌朝、一生懸命早起きして登校前の早朝に隣町へ向かったが、恐ろしいことにもうどこかへ出かけていて間に合わなかった。
(いつもゆっくりしないとは言っていたがこれ程とは)
(長期休暇の子供のような速度だ追いきれん)
(偶然エレン様が宿を把握していて本当に助かったな)
((((((偶然…))))))
「あの、ご主人、手紙は受け取って頂けましたでしょうか」
「はいお嬢様。その場で即座にお返事を書かれてましたよ」
渡した手紙がそのまま返される。
今後したい相談が沢山あること、出来れば血の惨劇を私自身も防ぎたいと思っていること、これもアドバイス通り、宜しければ次の宿や今後の予定を可能な範囲だけでも良いので教えて欲しいと書いた、私の大事な手紙。
…裏面には「はい!」と大きく書かれていた。
「うーーーーん」
(こやつ手紙ダメじゃないか?)
(そういえば会話でもこんな感じだった)
(肯定なだけマシだが、これでは一生情報までたどり着けんぞ)
悪のサメに対する正義のワニ。やはり強敵なのは間違いなかった。