アリゲーター仮面
悪役令嬢には正義の人が必要な筈。ゆえに。ワニだ。
いつか友と共にある私とサメの日常は終わる。なんだっていつかは終わるし、悪役令嬢ならその訪れはもっと早い。だけど、なんだかあんまりにも暖かいから、不意打ちで急には終わらせたくないのだ。
(やはりこの道を通って街へ現れるのだろう)
(もういつ現れてもおかしくは無いはずだ)
聡明なサメが言う。
つまり、私達サメは悪役令嬢を滅ぼす正義の”プレイヤー”が訪れていないか、しょっちゅう見回っているのだ。
急に来て急に裁かれたりはしない筈だが、知らない内に居て全ての段取りが気づかない内に終わっているのはさすがに辛い。だから人々の噂には敏感に耳を澄ませ、そして最近”良い話”がちらほら増えていることに気がついた。
それは普通ならただ有り難い話で、どこそこの街で何らかの困りごとを誰かが手助けしてくれたという類の噂話。
しかし、その中には救われる”役割”を果たした気配が混じっていた。
「顔を知らない状態で事が進むのを見過ごすよりは、もっとサメらしく海面に背びれを立てるように私が悪役令嬢だと広範囲に伝えて堂々と呼び寄せてしまいたいのですが」
(当然賛成だし実際に結構知られている筈なんだがな)
(ただし油断はならぬ)
(もし今のこの世界に存在しているなら間違いなく只者ではないからな)
((((((警戒!))))))
「!!」
6つ頭のサメが何かを感じ取り警告を発する。ちょっとお馬鹿でも6つの感覚並列処理は私達の中でずば抜けているため、こういう時には最も頼りになる存在なのだ。
丁度開けた街道に居た私達は、隠れる場所が無いものの物陰から不意打ちを食らう心配もない、もはや正面からの堂々とした遭遇しかない状況に身構える。
そして、遅れて私達も接近してくる謎の存在を認識する。それは遠くの空を単独で飛行しており、こちらに向かってきていた。
(空だと!?)
(道に拘っていたら危うかったなこれは)
(飛行ほどの魔法が使えるのか、或いはサメか、やはり強敵だぞ)
聡明な3匹のサメも警戒を露わにする。
そう、本来ゲームの世界を観測するのは”プレイヤー”であり、仮に内側から観測が完成したこの世界に”プレイヤー”が存在しているなら、それは恐らく私と同じく何かを得て壁を越えた者。即ちサメの可能性が高い。
それはそのまま一直線に私達のもとへと文字通り飛んできて、運命が目の前に着地する。やはり完全に私達を認識して、私達のもとへやってきたのだ。
…そして…もしも”プレイヤー”が正義の存在のままなら、やはり悪である私は…
「正義の使者!魔法少女マジカル勇者戦隊アリゲーター仮面・ティア=ユースティ推参!」
正義だった。正義の結晶のような存在だった。
名乗るとともに彼女の背後が爆発し主題歌が流れていた。
突然飛んできた背の低い少女は、なんらかの魔法なのか青く輝く髪をなびかせ…その…凄まじい衣装に剣に天秤…?などなど複雑に色々装備している。とにかく要素が多すぎる。
聡明な3匹のサメの知識が囁く。
(ユースティティアJustitiaとは即ちジャスティスJustice。天秤と剣の正義の女神だ。大アルカナに描かれる正義と裁判の女神…)
(まさかこれほどまでに特盛正義フルコースとは…)
(しかし…アリゲーター…?)
お馬鹿な6つ頭のサメの知識が囁く。
((((((めちゃくちゃかっこいい))))))
(よせシックス!)(惹かれるなクス!)(必殺される側だぞクス!)
「あなたが悪役ですか!やがて血の惨劇を生む悪役令嬢さんですか!」
「…そうですわ正義の人。私がサメで血の湖のシャーロット=ブラッドレイク。つまりシャーク…悪役ナインヘッド令嬢シャークです」
「ちょっとよくわかんなかったです!?」
「”プレイヤー”たる貴方になら分かる筈です…私こそ悪役令嬢。私こそがサメ。」
「ちょっとよくわかんないです!!!サメが!!!サメがわかんないです!」
「貴方こそ、想像していたよりかなり正義が過ぎるようですが…魔法少女マジカル勇者戦隊アリゲーター仮面というのはどういうことでしょうか?」
「ワニです!!!」
((((((ワニです!?!?))))))
「申し訳ないですわ、ちょっと意味がよく…ワニとは?」
「わたしです!!!」
(いかん、只者ではないぞ)(ちょっとヤバいやつかもしれん)(怖い)
「ええと…つまり…?」
「わからないんですか!?!?つまり、ワニの魂とわたしがマジカルに変身して魔法少女の勇者戦隊アリゲーター仮面ですよ!!!」
(勇者戦隊アリゲーター仮面はひとくくりなのか!?)
(ひとりだが戦隊なのか!?)
(怖い)
聡明な三匹のサメまでも明らかに動揺していた。当然だ。
((((((とにかくまずは変身するとこが見たい))))))
(よせシックス!)
「ちょっと理解が難しいのですが、何はともあれ、正義である貴方はいずれ血の惨劇を生む悪の私を滅ぼしに来たのですか?」
「えっと!賢い方のワニが、まだ存在すらしない惨劇を糾弾するなど正義では無いって!いざという時の為に姿を確認しに来ただけって言ってます!」
((((((賢い方のワニ!?!?))))))
(いかん、明らかに何か言ってることがおかしいぞ!)
「少なくとも今は私と争う気は無いということでしょうか…?」
「いつでも正義は争いません!正義は天秤なので!」
「天秤…?」
「傾きを平らにします!」
「よく分かりませんが…平等にするという事でしたら…悪の貴族令嬢たる私は未来の惨劇のみならず貴族ではない方々にとっても平等な存在では…」
「ええと!賢い方のワニ!はい、はい!あー!…一つの天秤に乗れるのは一つの事象だけです!!あなたが如何なる立場であっても勝手に別の要素を天秤に乗せてはいけません!!その事象の分のみに公正さの剣が振るわれ重みを払います!」
どうやら難しい話になると賢いワニが助言をしているようだった。所々棒読みになる。
((((((何言ってんのか全然わからない!))))))
(後で説明するぞシックス!)(子供向けの方が異様に重い事あるよなクス!)
「あの…ティア様で宜しいでしょうか?」
「はい!ティアです!」
「つまり…ティア様は事件が起きたらそれだけを裁く感じの方という認識で良いのでしょうか?」
「うーーーん!!シャークさん…は何かこう!勘違いしてます!」
「勘違い?」
「正義の使者は乱暴者じゃ無いです!裁くとかは何か違います!みんなを助けるんです!」
「あっ…いえ…その…ただ私は悪の令嬢なので…」
「あなたもみんなです!天秤の針の真ん中です!」
「…?」
「あなたも助けます!!わたし、正義のワニなので!」
ちょっとよくわからなくて私達サメは全員言葉がすぐに出てこなかった。
「シャークさんはその…叱られて喜ぶやつ!え?あ、それ、そのマ」
「違いますわ」
やっぱりすぐに言葉は出た。
「あ、いやエロい方のワニがなんかずっとソワソワして裁きを気にしてるからって!」
((((((エロい方のワニ!?!?!?))))))
「ティア様、その手のことをいきなり口にしてしまうと失礼になってしまうかも知れませんから、せめてワンクッション何か頂かないと」
「ごめんなさい!!…じゃあシャークさんもいきなり人を乱暴者扱いはダメですよ!」
「そうね、ごめんなさい。そうね…確かに…確かにそうですわ。私は…」
「サメとかわけわからん事いうのもダメですよ!」
「ワニに言われたく無いのですが」
なぜだろう、私達の中には、何か仕方ないと思っている部分が確かにあった。私達は役割のあるAIから逆にそこ以外の過去と未来を得た存在だ。だから、いつかその時が来た時は必ず役割を果たす筈なのだ。そこを壊せば因果が歪んでしまうし、むしろその役割によって命を救われたりするのだ。悪役以外は。
だが…この”プレイヤー”は…
「あの…ティア様…私できれば貴方と一度ゆっくりお話がしたいのですが、お時間頂けませんでしょうか」
「わたしいつもゆっくりしないです!」
「うーーーーん」
「今日も帰ります!やることあるので!」
「あの、あの、では、次にまた会えたらちょっとだけ、ちょっとだけでよいので」
「はい!わかり…っ!なんかエロい方のワニがこれ」
「違います」
「わかりました!ではまた!ばいばいシャークさん!」
「はい、どうかまたティア様」
令嬢らしい挨拶の動作を終える頃にはもうティア様の姿はどこにも無かった。
嵐のような少女…彼女もまたワニでタイフーンへと至る者…?
(少し…いや思っていたのとだいぶ違う存在だな)
帰路を歩きながら私の中の聡明なサメが言う。私達皆が頷きあう。
「私の運命の人は…そう…もっと無慈悲な存在なのかと…」
そうだ、私達は無敵のサメでありながらも未知の断罪者に怯えを感じていたのだ。自分でも気づいていなかったし、悪の令嬢としての自分に何ら引け目など持っていなかった筈なのに。
(未知への恐れに気づいていなかったとは、我らもまだサメとして甘いのだな)
(正義とは無慈悲なチェーンソーのイメージがあった)
(敵も救いたがる存在などサメには随分甘い話だが、まだ起こしてない罪を問われる筈の当事者として聞くとなかなか難しい)
自らの思い違いを認識した上で冷静に考えれば、なるほどと思う部分もある。
正義とはあのように夢想的で甘くて取りこぼしそうなものでなければ。その甘さに現実を知るものが苛立つほどの高く無邪気な理想で無くては。片側から見たら邪悪さを感じる程度の正義なら悪役である私にも出来てしまう。正義の使者などと名乗るには程遠い。
「なるほど…天秤…」
((((((もう名前がかっこいいよ天秤))))))
(ちょっと分かるぞシックス)(チョットワカル)(ワカル)
「つまり、シャーク様が先程デートの約束をしていた少女は、運命の人なのですか」
いつのまにか隣で一緒に歩いていたエレン様が少しズレた事を言う。
「デートのような甘くて暖かいものではありませんわ。将来の為にどうしても念入りな対話が必要なようなのです」
「しょ…将来の為に…!?」
「ただ、突然現れた割に会いたい時に会える人では無いらしくて」
「いきなり押して引くメソッド…!」
「それもワニらしいのです」
「……!!!?」
エレン様も早速混乱していた。私もまだ混乱しているのだろう。なぜワニが…。
「ああ…!そんなシャーク様…!サメとワニ…!?運命とはそういう…!それでは簡単に割って入る訳には…!し、しかしここを譲るわけにも…!」
私達混乱するサメとエレン様は意味のつながらない会話を続け更に混乱しながら街角のオシャレな小料理屋さんへと吸い込まれていく。
きっと今の私達にはすぐに甘いものと美味しい飲み物と暖かいお肉が必要なのだ。