魔術の回路ってもう響きがかっこいい
静かな夜。あいも変わらず庭で手をぐーぱーぐーぱー閉じて開いて空気投げの練習をしている私の前に、空からお客様が訪れる。ティア様だ。
「こんばんはティア様、まさか緊急事態ですか?」
「こんばんは!ちょっと問題かもです!」
そういうティア様の手には小さな触手があった。まさか補正の触手が消えてないのかと思い背筋にゾワッとした不吉な予感が走ったが、これは、あれとはまた別の…小さなタコの足…?
「あっまさかこれクラーケンさんですか?」
「多分そうです!山で見つけました!」
瘴気などで問題が起きてないか先日の現場付近を確認していて変な魔力に気づき見つけたらしい。
(しまったな、我らも悪影響の確認はすべきだった)
(成し遂げた事で満足して気が回らなかった)
(悪寄りだから、どうにも正義の真面目さに疎いかも知れん)
「紙とペンを幾つか持ってきました」
「ありがとうです!ちょっとだけお庭借ります!」
どうもクラーケンさんのごく一部分が何か図形を描こうとしているらしく、悪魔が術式を描くのを放置など出来ないが重大な情報の可能性もあり、先日ゴーレム素材を爆破したのを思い出して比較的安全かつ当事者のうちの庭で内容を確かめたいという話だった。
念の為ティア様が小さく防壁を張り、私はその外から見学することになる。
…サメの全力でも全く抜けられないこの防壁を抜けるとしたら、周辺一帯が消えるような大問題かティア様自身のやばい魔力の二択で、正直先日の魔力実験より危険な実験はそうそう無い気がするが、再びうちの庭が実験施設になろうとしていた。
「あー、えっと賢い方のワニ…!あー…うーん!」
『いやー…、確かに見覚えは、いやしかし昔過ぎて…』
今はロボ的な玩具状態のゴーストゴーレム八岐之大蛇メカドラゴンことハイドラさんとも何か相談しつつ、難しい図面みたいなものを描きながらティア様が唸っている。
「わたし正義の使者なので悪魔特有の魔法はちょっと…!」
『いやー、自分はもう脳細胞無いので細かい記憶が…あれ…記憶ってどこにあるんだろう…あ、何か怖くなってきた…自分は本当にハイドラ…?もう自分はロボとしての別存在…?』
(うわ…)(何かホラーも始まってないか)(だいぶ怖いぞ)
なにか色んな意味で難しい会話が繰り広げられていて不安になってくる。
…ああ、そういえば魔術の話にちょっとだけ参加出来そうなものがあった。あまり役立つ代物では無いが会話のヒントくらいにはなるかもしれない。
そう、あのダメな本の烙印を押された悲しい魔術書。
(あー)(あったなそういうの)(絶対重要アイテムだと信じてたやつ…)
急いで書斎から持ってきたが……開こうとして気づいた。なるほど。そうだった。単語を盗み聞いたところで、3冊のどれを開いてどこを見るかさっぱり分からない。
そうだった、単語が分からないと読めないし、それが分かる人はこの本読まなくても良いみたいな感じだった。なるほど、悲しい。
「あっ!?シャークさん!それ!それ貸して下さい!」
会話にちょっとだけでも参加しようとせっかく持ってきた魔術書はまともに使いこなす前に貸し出されていった。
「あ、あの、ティア様、実は私もちょっと会話に参加したいなーとか思ってそれ持ってきたんですけど…」
「さすがですシャークさん!なるほど、ハイドラさん用だったんですね!」
「えっ?あ、そう!そうです。私もわりと名探偵なので絶対役立つと思って」
「凄いです!全然気づきませんでした!」
私も全然気づいてないが、褒められたプラスポイントは絶対手放さないぞ。ついでに名探偵側の位置にしれっと自分をねじ込もう。
(すぐズルをするな!)
(まだそこに拘っていたのか!)
(思い出すんだ、これは恐らく例のうっかり忘れた時にという話だ)
あー。言ってた。イベント中うっかり魔術用語を忘れたときとかに使うかもです!ってティア様が言ってた。あまりにもうっかりすぎると思ったやつだ。
(ティア様の発言自体は一字一句覚えてる感じなのか…)(うわ…)
これはもしかしてあれかも知れない。どうもだいぶ大昔に幽霊になったらしいハイドラさんが、魔術の細かい部分を思い出すためにあの本を使うっていう話なのかも知れない。
実はやはり重要なイベントアイテム…?
本来ならもっと意識も記憶も怪しい状態のハイドラさんと契約し、微妙な価値の本でなんとか魔法の詳細を思い出してもらいながら色んな儀式とかして最終的に地獄の門を開く私。
…いや…あまり…こう、悪役としてちょっと……
((((((ださい))))))
(直球はよせシックス!)
『で、これがこの配置で…クラーケンさんがここに何か…』
「あー!分かりました!古い!古いからです!老朽化!まずいです!」
『あーーー』
もう傍から聞いてて明らかに何か駄目そうな感じの話が飛び出して来ている。そろそろ話に加わっても良いのでは。
「あの、どんな感じですか?」
「シャークさん!まずいです!地獄の門、壊れそうです!」
「うーーーーーん」
話に加わった瞬間一発で分かるダメさだった。
そういえばクラーケンさんを地獄に無理やりねじ込んだ時、全員無事に帰したら術式を破壊するよう一応お願いしていたけれど、どうやら律儀にまず現在の状況を確かめてくれたらしい。
それで異常を見つけ、なんとかそれを伝えようとしてくれていたようだ。どうしてタコの足の切れ端が動かせるのかはよく分からないが、まぁ悪魔だし逆にそれくらい出来て当然なのだろう。多分。
『前回やたら門が小さかったのも正常に稼働しきれなかったからかも知れないです。となるとこれは…』
「えっと!次また同じ事をするなら、更に過剰な魔力で無理やり開く事になります!たぶん壊れます!今度は一部分じゃなく全部焼き切れると思います!」
(あっ)(いかん)(焼き切れるってこれ装置だけでは…)
「あの、もしかしてですけど、焼き切れるっていうのは装置だけじゃなくて、その、ハイドラさんもですか?」
『えっ?…あっ!?』
「爆発するか、焼き切れるか、ちょっとどっちか分かんないです!まだ練習うまくいってないので!」
『二択が!二択の意味が!あんまり無いですね!?』
厳しい二択を突きつけられているハイドラさんを横目に、クラーケンさんの切れ端を回収して握手的な事をしたあと、とりあえず瓶に入れておく。情報ありがとうございます。助けた事により助けられる。良い関係じゃないだろうか。
「危険な術式を処分するのも必須条件でしたが、どうやらそこはもう考える必要が無くなりました。ただ、どうやら本当に次がいきなり最終決戦のつもりでいなければならないようですね」
「シャークさん落ち着いてて凄いです!その、急に終わりが近づいてきて、わたしちょっと緊張してきました!」
「私は令嬢ですし覚悟も固いのでこういう時も優雅に対応出来るのです」
(嘘をつくな!)
(昼までは覚悟ゆるゆるだったぞ!)
(可能な限り引き延ばそうとしてたろうが!)
「仮にティア様の練習が間に合わなかったり、本番でハイドラさんが爆発しそうになったら、そのときは私に奥の手があるのであまり気負わないでも大丈夫です。元々悪役たる私の事件なのですから、解決役も私がやります」
「それじゃわたしの役が無くなっちゃいます!でも、ちょっと気が楽になりました!」
えへへとはにかむ背の低いティア様。めっちゃかわいい。多分普段なら共闘するまでも無く一人であっさり片付けるか、正義の判定がブレないよう必要以上に接触せず一人で頑張っているのだろうから、私のように仲間として頼れる素敵なお姉さまの存在が嬉しいに違いない筈だ。きっとそう。
(…)(…?)(頼れる解決案の大半はエレン様とケイト様…)
ちなみに奥の手というのはその場の状況次第で臨機応変に出来る限りなんとかするという天才的かつシンプルなアイディアなのでなるべく避けたい。
というか気づいてしまったが今回の作戦は重要な部分をティア様にお願いしている為、失敗したら責任や重荷を背負わせてしまうので絶対失敗出来ない。奥の手が必要な状況自体がダメだ。絶対ダメ。
私に魔力が用意出来ればと思うが、さっきの話を聞いていた限りでは予想より更に多くの魔力が必要で、本来の血の惨劇の魔力源と思われる人々の血や魂を避けるなら、ティア様以外にどうにか出来る規模とは思えない。
どうやら本当にここで終わらせる気で全力を尽くさねばならない。先に覚悟を促されていて本当に良かった。あくまで応急処置という甘い認識でいたら、予想される失敗の痛みを見落としていたかも知れない。
なんとかしなくては。
(門の方は最悪壊れようと開いてさえくれれば悪魔全員投げ込むだけだ)
(ある程度さえ開けばもう圧縮してでも放り込もう)
(つまり大事なのは、ある程度開くまでハイドラさんが保つかどうか)
「となると現状行うべき最優先事項は…ハイドラさんの改造ですね」
『えっ!!?ここからまだ!?』
「まぁ…!」
((((((あれ!!?忍者どっかにいる!!!))))))
気のせいかも知れないがエレン様の声が聞こえた気がする。ティア様の魔力が足らないという可能性は皆無なので、鍵は間違いなくそれを受けるハイドラさん側だ。なのでまずエレン様に思う存分やってもらうしかない。
「ティア様の魔力量自体もですが、光の魔力を直接悪魔の幽霊に注ぎ込んだらちょっと危なそうだなぁとも思ってたんです」
「賢い方のワニもちょっと心配してました!」
『ちょっとじゃないんです!ほんとに!ほんとに危険ですから!』
「魔力を別に用意するタイプの改造は正直素材が間に合わないと思って切り捨てましたが、頑丈にして変圧器と変換器も挟むような、機械的な部品だけの改造なら可能性はあると思うんです」
『もう自分のこと完全にロボ扱いしてますね!?』
「変圧器なんてあるんですか!」
はたしてどこまで変圧器に出来るかは分からないが、肉体を持たない幽霊ロボに直接光の魔力を送り込む危険性の解決に関しては、今日偶然手に入れた手頃なサイズのパーツ候補によって解決の可能性があるのだ。
何か不穏な気配を察知したのか、瓶の中で悪魔の触手の切れ端がビチビチと暴れだす。
助けた事により助けられる。良い関係じゃないだろうか。




