鈍器のような重い感じと書いて鈍感
第一歩を踏み越えた休日のあと。
まずは一週間、可能な限り情報収集と様々な予備案を用意することになった。結局まだ急いだ方が良い案件も残っているし、かといって即座に対応しようにも手が揃ってないから、必然的にそういう方針を取るしか無かったとも言える。
ちなみに予備案の中にはティア様の魔力注入練習期間も含まれる。仮にまたすぐ悪魔を帰さなくてはという事態になった時、現状ではティア様の魔力を借りながらハイドラさんがある程度のサイズの地獄の門を開くしかすぐ用意出来る手が見つかっていないからだ。
(ゴーレムに宿った状態の幽霊って、破裂したらどうなるんだ)
(魔力での破裂だから物理的な影響だけじゃ済まなそうだぞ)
(深く考えると不安になってくる)
朝の通学路を物憂げに歩く私。気にかかる事が多くて思考がぐるぐるする。
「シャーク様おはようございます。随分表情が険しいですわ」
「エレン様おはようございます。考え事が重なるとつい…」
いつのまにか隣に居たエレン様にまた令嬢らしからぬ表情だったのを戻してもらう。
「色々心配ですか?」
「その、はい、ちょっと色々と…」
「解決策が見えなかった頃よりはだいぶ進んで、少し位安心されてるかと」
「ええ、実はかなり安心はしてるのです。ただ、ほら、えっちな触手の話をしましたが、ティア様がハイドラさんを持って地獄の門を開ける係だと、もしかしてアレは私がなんとかしないといけないのかなぁとか」
「ああ…!凄く楽しみですわ…!」
「エレン様!?」
「もしも安定して門が開けそうなら急ぎの悪魔一体では無く一気に全員帰せるかも知れませんし、一気に帰せたぶん更に現れる数も多いでしょう。心配事が終わった上で触手とサメの大決戦が…!」
「対抗技は考えてありますし、そんな状態じゃ何が起きてるかも見えませんよ」
「……!!!」
エレン様が酷くショックを受けている。どうやら本当に楽しみにしていた可能性がある。危ない。
しかし、一気に全員。そうだ、実は次の応急対応はそのままなし崩しで事件の終了に至る可能性があるのだ。
一体が完全に通れるような門を開くなら当然可能な限り他の悪魔も一緒に帰すべきで、むしろ何度も危険な橋を渡るよりは出来る限り一度に終わらせ、ダメだった場合だけフォローの方が形としては安心だ。
それに、気温の高い時期にある大きな休暇やそれに伴う観光の活性期間も近い。山や湖の近くに人が急増するとトラブルや巻き添えが怖くて、余計に次の作戦に一発解決の期待がかかってしまう。
そう、もしかしたら、これが最後になるかも知れないのだ。まだ全然準備なんて出来てないのに。全然出来てない。
「あら、なるほど。失敗の不安かと思ってましたが逆ですのね」
「え、あれ?いえそんなことは」
「これが最後になるかも、とお考えでは?」
「あれ!?エスパーですか!?」
「もっとじっくりしっかり準備して、納得の行く終わり方が良いなー、と?」
「そ、それはそうです。もっと完璧な手で、その、もっとじっくり、長い時間をかけて優雅に安全に解決したいです。これじゃまだ全然です」
「ぬわー」
「エレン様!!?」
「ぬわーーー」
「エレン様!!?だいぶ想定外の音が口から!大丈夫ですか!?」
あまりご令嬢が頭抱えてぬわーって言うとこ見たこと無い。
* * *
お昼休みのいつもの3人。エレン様からケイト様になぜか告げ口されて、内容を問い詰められていた。
「ふふ…なるほど、じっくりゆっくり。納得の行く終わり方と」
「そう、もっと長い時間をかけて、本来のイベントとはもっと違う感じで、しっかり優雅に解決したいだけなのです」
「くわー」
「ケイト様!!?」
「くわーーー」「ぬわーーー」
「お二人共!?だいぶ想定外の音が!どうなってるんです!?」
つい先日確か優れた探偵なのだみたいな感じの扱いになった二人があんまり探偵でも令嬢でも無い感じの声を上げながら頭を抱えて唸っている。
「いえ、すみません、予想外かつ急な青春の波動だったので。まぁ確かに血の惨劇とは別の形での解決を探っていらしたので、ほぼ近いやり方での解決に寄ってきてしまうという意味では不安さも分かります」
「そう、それです。だからもっとじっくり時間が欲しくて…」
「…多分ですが、ティア様は、ある程度イベントに沿った上で被害だけを抑えるような、言わば世界の本来のバランスをなるべく崩さぬようにしつつ皆を守ろうとしているのでは無いかと思うのです」
いつも言っている天秤だ。心当たりがあって頷く私。火事を重要な被害だけ抑えた時も、そして恐らく私の事も、巨大な力での大改変では無くバランスごと守ろうとしている。
そして、事件に普通に遭遇していたらそんな調整する余裕など無いから、恐らくティア様はゆっくりしないのだ。
「ですから、恐らくはそのイベントが正しく完了したと世界に認識させる必要があるのです。補正にえっちな触手が出るというのは酷い話ですが、しかしそれはイベントの進行や異常が見張られて検知されているという証拠でもあります」
「あ…ちょっと分かってしまいました…普通じゃない方法で乗り越えるにしても、全く本来のイベントと関係無いやり方ではダメかも知れない…」
「そうです。そして時間をかけるほどティア様が早く辿り着いた分の猶予が無くなっていき、本来に近い形で否応なしに発動するのだと思います。ティア様が居ない本来の状態なら先日の事件の時に瘴気が街まで届き大きな被害が出て、その被害が血や魂と言った悪魔の魔力の準備にもなり、今頃サメではなくハイドラさんを宿したシャーク様が厳しい決断を迫られていた筈なのですから」
少し、ぞっとした。ケイト様は、もう本来の血の惨劇イベントが始まっていると指摘しているのだ。そうだ、偶然クラーケンさんが被害を受けて、偶然ティア様が駆けつけた筈がないんだ。なぜだろう、私はもっと時間があると思っていた。そしてもっともっと長い時間をかけて解決したいと…。でも、そもそも危機が迫っているからこそティア様が私の前に現れたのだ。
…そういえば今日はサメが静かだ。もしかして話についてこれてないのだろうか。
(違うわ)(我らが口を挟んで良いか分からん問題があるのだ)
((((((何の話!??))))))
(少し待っててくれシックス!)
「少し脅かしてしまったようですが、現状はかなり良い状態の筈なんです。有り得た筈の被害を有り得ない手段で防いだのですから。問題があるとすれば、時間と…その…もっと青い感じの問題です。正直、口を挟んで良いのか…」
「今ちょうど聡明なサメ達も似たように口を挟むか迷っていると。時間が無いという話は分かってきましたので、勿体つけの時間も無しで、思い切って教えて下さい。この流れ、私に何か問題が発生しているのですか?」
目を合わせるケイト様とエレン様。私の中で息を潜めるサメ達。え、なに、怖い。
「ふむ、確かに呑気に見守ってられるほどの甘さも時間も無いかも知れない…。その、要はですね、シャーク様は、ティア様に負担をかけず、かつ出来ればじっくり解決したいと思ってるわけですよね?」
「はい。絶対にティア様に重荷を背負わせる気はありません」
「かなりティア様が好きなので守りたいし、出来ればもっと長く一緒に居たいわけですよね?」
「はい。…あれ?」
あれ、即答したものの、なんかそう言われるとちょっと恥ずかしい感じで違う気もしてきた。なんかこう、あの時私も助けるって言ってくれた事とか、綺麗な正義が眩しくて絶対汚したく無いとか、そういう何か大切な感じのあれだから、なんかちょっと違う?
「あ、いえ!全然そんなんじゃ無いんですからね!」
「くわー」「ぬわー」
「もっとこう、枠組みを簡単な言葉で狭めちゃいけないような、なんていうかこう、大切な感じなんです!」
「くわーーー!」「ぬわーーー!」
「ああ、でもちょっと分かりました。確かにもっとティア様とも一緒に楽しく過ごしたくて、でもそれのタイムリミットは事件の解決までだから、私の覚悟が緩んでいると」
「ま、まぁそういう感じです」
「それはもう解決の近さが憂鬱そうでしたわ」
いけない。確かに、一緒に居るのがなんだかとても楽しくて、無意識に終わりを遠ざけようとしていたような自覚はある。それは違う。それもきっと、大事な何かが歪んでしまう。私が全力で解決しようとしているからこそ皆が信用し協力してくれているのだ。だから、それは違うんだ。
(ちょっと難しい部分だから触れづらかったが)
(思ったよりさっくり前を向けるようで助かった)
(いきなり青春まっしぐらになったらどうしようかと)
「なるほど、みんな私の感情部分を過剰に心配していた感じですか」
まだ警戒気味に頷くエレン様とケイト様。全く、私は無敵のサメであって、そんなにメロドラマしたりドロドロ悩む感じでは無いのだが。
「大丈夫、ティア様の正義を汚すのは例え私であっても許しません!」
「いや激重ですからねそれ!」
「重すぎて逆にブレる余地が無く反応が軽かったんですわ!」
あの綺麗な光は私の宝物。そしてエレン様もケイト様も大事な宝物。みんなみんな私の大事な宝物。みんな守る…例え私であっても歪めたり壊したり汚したりは許さない…!
((((((そうそう!ヒーローだ!)))))))
(絶対ヒーローってこういうんじゃないぞ!)(重い)(怖すぎる)
私達サメも全員意見が一致しヒーローとして覚悟と決意を固める感じになっていた。




