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これはサメの令嬢の日常である。

つまり、サメで、日常で、友達で、タイフーンである。

珍しく余裕のある朝食を終えた私は屋敷のメイドさんに枕の件を謝ってから学び舎へと向かう。

((((((黒めのメイド服ってまじアザラシ感あって腹減るよね))))))

「うぐ…っ!」

(よせシックス!)(やめろシックス!)(シャラップクス!)


あまり陸や空で活動しないタイプのサメなので魂に刻まれた好物は人間ではないのだが、アザラシっぽいのはどうしても味を確かめたくなるのでダメなのだ。

聡明な3匹のサメと、私と、言った本人である6つ頭サメ全員が食べたばかりなのに空腹感を得る。


何度言ってもメイドさん達が服を変えてくれる様子はなく、我慢出来ず感触を確かめたり甘噛してしまう事件は後を絶たない。


やはり悪役と規定された存在は悪を我慢出来ないのだ。



「おはようございますシャーク様、今日はお互い遅刻を免れそうですわね」

「あらおはようございますエレン様」


彼女はサメではない。同級生だ。

私がサメで自我を得た事で、私という観測者を得たゲーム内は世界の観測による実在を手に入れ、同級生もサメでは無いのにひとつの存在として魂と呼ぶべきものを得ているのだ。


つまり、彼女や他の皆は私と同じくこの世界に生きている。サメが世界を産んだのだ。


「今日のサメはお元気ですか?」

「それがもう起きる前から随分と激しく…」



まばゆい金髪の彼女は良き友で、良き相談者で、サメを愛していた。

彼女の知識は陸海空のサメに留まらず霊子や虚数のサメ領域にまで踏み込む程で、どんなサメ相談にも気軽に乗ってくれる頼れる存在だった。


今日も私の話をニコニコと聞く朗らかな笑顔は見るだけで安らぎを与えてくれる。

((((((ヌルい海でまったりエレン様と一緒に泳ぎたい))))))

(わかるぞシックス)(うむクス)(うむクス)

「なんだか皆エレン様と泳ぎたい気分になってます。」

「あら!光栄ですわ。いつでもどこにでも是非ご一緒させて下さいね。」


実際遅刻ギリギリでも朝早くてもいつも偶然彼女は私と一緒になり楽しく登校してくれるので、なんだか居ないほうが不自然に感じるほど共に過ごす友だった。ともともだ。



女生徒用の学び舎に到着するとさして特別な事も無いいつもの学生生活が始まる。


大元がゲームなので科学辺りに若干魔術的な怪しいものも混じっているが、結局はどれも概ね暗記と応用を積み上げていく地味で普通の教養だ。


仮にも令嬢の私と、聡明な頭3つと、仮にも6つ分の頭の知能があるので、学校生活において勉学に苦労することは滅多になく、少し退屈さを感じるような緩い時間と言えた。


((((((何が分からないかも分からなくなってきた))))))

(頑張れシックス!)(もう一回最初から説明するぞシックス!)



もっともその緩さは昼食の時間になると吹き飛んでしまう。

私は令嬢にあるまじき大食らいだし、学食は戦争なのだ。


『肉を!肉が一番多い料理をお願い致します!』

私達全ての魂が一致した叫びが食堂に響く。


「「「お任せ下さいお嬢様」」」

料理人さん達はいつも一流に恥じない美しい立ち居振る舞いで注文に答えてくれるが、優雅な受け答えとは裏腹にその背中は戦いに赴く戦士のものである。



「私にもシャーク様と同じものを頂きたく!」

そしていつも昼食の時間に颯爽と現れ私と一番手の注文を競うライバルが現れる。

「ごきげんようケイト様。今日はどうしても一番に食べたくてズルをしましたわ」

「ふふ…さすが悪役…鐘の鳴る前に動く姿が見えていましたとも」



長身で黒髪ショートヘアの快活なケイト様は見た目通りスポーツ万能で、後輩女生徒達の憧れの的であり、そして私に匹敵する大食いだった。


彼女はサメではないが、その食欲と筋肉はサメと言っても過言ではない。


((((((晴れた熱い海をケイト様と一緒に泳ぎたい))))))

(わかるぞシックス)(うむクス)(うむクス)

「なんだか皆ケイト様と競えるのが楽しい気分になっています」

「大事な我がライバル、いつでもお相手させて頂きましょう」



お互い、一人では人前でこれほど好きなだけ食事をするのは難しかったかもしれない。しかし片方は学校の期待を背負うスポーツの星、もう片方は悪役令嬢のサメ。


光と闇の頂点のような存在とサメが揃って好き放題食事をするのならもう誰もそれを止められる筈が無く、むしろ学食の自由の象徴となった私達は育ち盛りの腹ペコ令嬢達に食べやすい空間を産んだことを感謝されるまでになっていた。



だが問題は昼休みという時間制限である。世界の元たるゲームが舞台や貴族の感じをだいぶ適当に捉えていたのか、優雅に食事をし談笑しなければならない令嬢達の昼休憩は1時間しか無いのだ。


「いきますわよ、私達」

((((((おう!))))))(うむ!)(うむ!)(うむ!)


私は悪役令嬢。それに相応しい食事の仕方がある。つまり、美しさだ。そしてサメでもある。獲物は逃がせない。


6つの頭による並列の感覚処理が肉の大きさ形配置温度匂いを完全に把握し、聡明なサメ3匹が最速最短最適なルートを導く。音もなくナイフとフォークが踊り、完璧な手順で肉を捉えていく。


「美しいですわシャーク様…!」

気がつくといつも隣に居るエレン様がうっとりと声をあげる。サメを愛する彼女は私が全力全開でサメな時が本当に本当に大好きらしい。


正面の席に座るケイト様も抜群の運動能力と卓越した感覚処理で美しく高速な食事を繰り広げているが、彼女はサメでは無いため所々で残像にブレが生じる。


「今日は料理の配置も幸運ですのね…!残像のひとつひとつがサメの軌道を描いています…!」

エレン様が興奮気味に仰るように今日の私の調子と料理の配置は完璧で、片手につき5つのブレない残像は私と9つのサメ全ての意思を具現化したかのように卓上を踊り、私の体を中心とした一切無駄のない捕食動作は幻影のような静寂の竜巻を描いていく。


今や残像のひとつひとつがサメの頭を思わせる捕食者で、9つのサメと悪役令嬢が嵐のように全てを解き放った究極の姿を発現させる。そう、それは悪役で、9つのサメで、令嬢の究極無音台風。


つまり、悪役ナインヘッド令嬢シャークタイフーンへ到達していた。


「ああ…!やはりサメとは…!トルネードとは…!宇宙とは…!」

エレン様も何らかのサメ真理に到達していた。



「ふふ…今日はシャーク様の世界に全く届きませんでした。私にはまだサメが足りない」

食事後の談笑に入ったケイト様がスポーツ少女らしく爽やかに感想を語る。

「9つのサメで悪役らしくズルをしてるのに簡単に追いつかれても困りますわ。特に今日ほど完璧だったのに食いつかれてはもうケイト様も殆どサメでしてよ」

「ああ…!つまり人とは…!サメとは…!」



令嬢として、サメとして、共に居てくれる方々と優雅な昼食を過ごすような幸せな日々。これだけでも、私が自我を得てサメとなった事に意味はあるのだと温かな時間の中で感じていた。

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