断りづらい空気
結局ゴースト八岐之大蛇ドラゴンのハイドラさんの話を聞くことになってしまった私達サメ。姿は見えないので暗い部屋の壁と対話する形になっており絵面がだいぶ宜しくない。
「つまり本来であれば私に取り憑いて契約を結ぶのがハイドラさんの役割だったのに、何らかの理由で出来なかったというわけなんですね」
「…はぃ…そういう感じで…」
どうやら元のゲームの状態では私はヤマタノオロチにドラゴンの頭がくっついた9つ分の何かと複数契約を結ぶ予定だったらしい。悪役令嬢をなんだと思っているのか。
(確かにハイドラなら9つ頭の場合も有りだが…)
(なぜ八岐之大蛇にもう一個くっつけてしまったんだ)
(というか9つって…まさか…)
「…ぁの…本当ならば…こう…隙間というか……9つすっぽり入るキャパシティが用意されてる筈なんですわ……でもなぜか見つからなくて…」
「全然心当たりが無いです」
(これ絶対我らサメだろ)
(しかし簡単にバラさず様子を見たほうが良いかもしれん)
(存在を知られて奪われるとかあるかもしれんし)
((((((6つ頭でも足りてなかったの少しショック))))))
頭の数で6つ頭のサメが抜かれることは滅多に無いので、自分が頭数足りてなかった可能性に軽い衝撃を受けている。
「…ぁの…それで……他の人に取り憑こうにも…そんな意味不明な空きのある人間なんて他にはまず居ないので……恐らくもう誰にも取り憑けず……」
「意味不明なのはそっちですが。というか取り憑かないで下さい」
「…ぃ…いやしかし…絶対自分が必要で……宝を守らないと…」
「宝…?」
(恐らくドラゴンの部分ではないか)
(鋭く見張るといった感じの言葉がドラゴンの語源説の一つ)
(龍が宝に執着するというより宝を見張るからドラゴンというやつだ)
「…宝…つまりかけがえのない命を…守らなきゃ…!」
「絶対嘘ですわ!」
(悪霊が言うな!)(絶対これ魂狙ってるぞ!)(除霊だ!)
驚くほど胡散臭い。同じ室内ではティア様がこっそり起きて待機してるので、いざとなれば本当に空間ごと除霊してもらおう。
「ちなみに姿が見えないと不便なのですが、なんとかならないのでしょうか」
「…ぁ…ぃや…部屋の隅に居るとは言っても…なんというかこう…この特定の場所の特定の角度が…向こうと軽く繋がるくらい薄い感じで…本体が完全に出てるわけではなく…」
「急にややこしくなって来ましたが、なんか角度がどうとかって書斎の冒涜的なホラー小説とかゲームでも見たような気がします」
「…そう…それですわ…だから除霊とかそういうのは無理です…」
読まれてる。デタラメの可能性もあるがゴースト八岐之大蛇ドラゴンという位だから部屋に入らないほど巨大な可能性もありそうだし、やはり危険な悪霊かつ悪魔には違いないようだ。霊に大きさが関係あるかは謎だが。
「……それに…あくまで自分は多くの命を守るために…協力して欲しいだけなので…そんな敵対意識出すこと無いですよ…悪魔だけにあくまでも皆の味方ですわ……」
「なかなかやりますね。信頼出来る気がしてきました」
(ダジャレに弱すぎる!)(そんなので悪魔の誘惑に乗るな!)
「…多分…自分以外誰も危機が視えてないんですわ…だから取り憑いて…契約して…誰かに力を…龍の目の力を…宝を守る鋭い目を……」
(むっ)(信頼性は低いが重要情報の可能性だ)(詳細を聞かねば)
「あの、少しその危機について伺っても宜しいですか?」
「…正義の使者が来る前に…魂を集め…血の池を生き血で満たし…地獄の門を開かねば…」
「やっぱり除霊しましょう。ティア様ー!」
「もう側にいます!とりあえずマジカル浄化魔法撃ってみましょう!」
「…あれ…っ!?…いや…待ってほしい…話を聞いて欲しい…」
「正義の使者は私です!もう遅いです!」
「…え!?…まずい…いくらなんでも…早すぎる…」
「ゆっくりしないので!てい!」
「…あっ…あちちちちち…鼻先が…!あちちちち……!」
早速マジカル浄化魔法を撃つティア様。深夜なので小声でやりとりしてるため、いつもよりパワフルさは薄く、どうやら様子見なのか変身もせずパジャマのままだ。
「うーん!本当に本体は別かも知れないです!変な手応え!」
「…ぃや…全部全部本当ですわ……そっちこそ…本当に正義の使者なら…いきなり攻撃せず…人の話ちゃんと聞いてもらわんと…」
「十分聞きましたが!?」
「絶対血の惨劇の原因そのものですわ」
「…まぁまぁ…こういう犠牲が出る話って…目的なくやらないもんじゃないですか…実はその犠牲が必要だったってパターンの…」
「すっごく怪しいです!でも聞かなきゃって感じ!やりづらいです!」
「悪魔の話を聞くというのがもうリスク高いので本当やりづらいですわ」
(…このパターンは、恐らく大を生かすために小を殺すやつだが)
(幽霊でドラゴンで悪魔の話に裏がないわけがない)
(なんとか向こうのメリットを暴くのだ)
「…地獄の門を開く意味を誤解されてるんですわ…いや瘴気が出て街に犠牲も出ますし…向こうにもこちらの光と空気で犠牲が出るとは思いますが…」
「もう街の犠牲の時点で許せない上に新たな犠牲が発覚したんですが」
「…ぃや…つまりこっちと向こうでお互い環境が劇的に違うんですわ…もう死んでる自分はともかく…お互い死んじゃいます…悪魔がぞろぞろ出てきて大惨事なんて印象なんでしょうが…環境を作り変えてから侵略だなんて大規模なこと…自分が取り憑いたって人間一人じゃ無理だし無駄ですわ…」
(ううむ…鵜呑みに出来ない情報から推測は随分と難しいが)
(血の惨劇とは我ら悪役を倒すイベントで大規模侵攻とは違う筈)
(しかし…仮にこの前提で開くなら…目的は出入りが逆だぞ…)
幽霊かつ悪魔の話でどこまで信用するか判断出来ないのが非常に厄介だが、お互いの世界が互いにとって毒という条件でそれでもなお急いで扉を開くとしたら、開く前から既に重大な問題が発生している可能性がある。
「…最初から言ってますが…自分は命を守りに来たんですわ…未熟な存在に半端に喚び出されたまま帰れなくなってる仲間達の命を…」
つまり、問題とは、もしこの話が本当なら既にこちらに悪魔が居て取り残されているのだ。この謎の幽霊ドラゴン悪魔とは別に。
「うーーーん!」
「うーーーん、参りましたわねティア様…」
私とティア様が同時に頭を抱える。やはり幽霊ドラゴン悪魔の話など聞くべきではなかった。文献通り悪魔とは無視しづらい話をするものなのだと分かったが、実際体感するとこんなに脳が疲れる感じとは…疲れて判断が鈍るのを狙ってる可能性も十分ある…。
「いかにその条件での見殺しが令嬢として相応しく無くとも、悪の私が親しい街の人達を犠牲にしてまで見知らぬ悪魔を助けるとは思えません」
(あっいかん!話に乗るな!)
うっかり会話に乗ってしまった私に忠告が飛ぶがもう遅く、また嫌な情報が絡みつく。
「…鋭い目が無いから視えてないんです…取り残された悪魔が居て…瘴気の塊のような彼らがこちらにまだ居て…大勢の人に被害が出てないのは…彼らがなんとか余計な被害を出さぬよう人の居ない場所で自らを抑え込んでいるからで…もし力尽きて瘴気を抑え込めなくなったら…その時は…」
「うーーーん!モヤモヤします!変な攻撃を受けてる気分です!」
「うーーーん、すみません失敗しました」
嘘の情報で地獄の門を開かせようとしているのか、そもそも門自体が嘘で何か罠があるのか。もしくは本当に何かトラブルが起きているのか。
これは、他の二人にも頼って、信頼度の怪しい情報と言いくるめに頭数で対抗しつつ重要情報だけは抜き出す作戦にすべきかもしれない。
そう思ってベッドを見ると、エレン様が居なかった。
「あれっ!?エレン様が居ませんわ!?」
「あれ!?わたしも気づかなかったです!?」
「…ひぇ…っ!?」
音もなく消えたエレン様に驚愕する私とティア様とゴースト八岐之大蛇ドラゴン。なんなら3名とも怪談の延長を感じてちょっと怯えている。
「ふふ…エレン様ならすぐ戻ってきますよ」
ケイト様の方は無事に存在しており、もぞもぞと布団から出てくる。ちょっと眠そうだ。
「ケイト様、ゴースト八岐之大蛇ドラゴンとかいう謎の幽霊が悪魔で、そしてエレン様が消えてしまいまして」
「大体わかります」
(分かるのか!?)(凄いな!?)(順応性が高すぎる!)
「幽霊や悪魔の話を素直に全部信じたりはしませんが、傍から聞いていた感じだとこちらに他の悪魔が居るのかどうかだけでも確認しておきたいですから、ここはエレン様に頼るのが良いでしょう」
「あ、あの、ケイト様、エレン様には何か策が?というかどちらへ…」
「容れ物を用意してましたわ」
「エレン様!?」「あれ!?」「…ひっ…!?」
再び恐怖に慄く私とティア様と幽霊ドラゴン。居ないと思ったら居た。
((((((ニ、ニンジャ…!))))))
「ケイト様が仰るとおり、瘴気を放つ悪魔が本当に居るなら放置できないのは確かですから、まずは一度そこのハイドラ様に案内して頂き、真偽を確認するのが良いかと思いまして、容れ物に入って頂き運んでしまおうかと」
にこやかに話すエレン様の手にはロボットの玩具のような物体があり、その玩具の頭部には蛇の頭っぽいメカニカルな何かが9つ刺さっている。
「あ、あの!賢い方のワニが怯えて!ゴーレムがなんとか!」
「まあ、さすがですわティア様。こちら9体分の素体をメカ頭にしたものでして、これに魔法の達人のティア様の力も借りて9つ分の空きのある空っぽゴーレムにしたいのです」
「…ひ…ひぇ……あの…案内とかは勿論全面協力させて頂こうと思うんですが…その…まさかそれ…それに自分が…?」
「9つ分の空きがなくて取り憑けず困ってると伺いましたので、これは絶好のチャンスだと思い急いで準備しましたわ。私…メカと融合する怪獣…とってもとっても見たかったのです…!」
「…ひっ…!」
完全に風向きが変わっていた。この場の空気はもうマッドサイエンティストのものだった。明らかに拒否できる空気ではない。
怯える幽霊ドラゴン、言われるまま空っぽゴーレムの手伝いをするティア様、どうやら先に素材を貸し事情を理解していた余裕のケイト様、取り残される私達サメ。
「さあハイドラ様。あなたは今からゴーストゴーレム八岐之大蛇メカドラゴンですわ!」