悲しい魔術書
待ちに待った週末。パジャマパーティの日。
令嬢クラブ活動の無い私とエレン様は早めに合流してソワソワしながら残り2人を待ち、ケイト様が合流する頃にはお菓子の補充が必要だった。
「おや、あの遠くに飛んでるのが噂のワニのお方じゃないですか」
ケイト様の視線を追うと、ちょうど約束の時間の少し手前に空を駆ける光があり、それはあっというまに我がサメ屋敷の門の前まで降り立つ。正義のワニ、ティア様だ。
令嬢的には門の側に集まって客人を迎えて良いのか怪しいが、ここは悪役令嬢かつサメの屋敷で、今いるのはその友人達。悪いことをしちゃっても全然良いのだ。
「こんばんは!ティアです!」
今日のティア様は変身姿でもスポーツウェアでもなく、シャツにショートパンツのボーイッシュな格好で、青系の髪はポニーテールになっていた。
「こんばんは。はじめまして、ケイトです」
ケイト様もシャツにスラックスの黒髪ショートヘアーなので、偶然にも長身と小柄な中性的美少女のセットが出来上がってしまい、なんだかとてつもない経済効果を感じる。
「エレンです。お会いできて光栄ですわ」
そしてエレン様はふわふわした金髪にふわりとしたスカートとまさに王道美少女。私より少しだけ背の低いエレン様が加わった3人の大中小フルセットによる経済効果のシナジーは計り知れない。
「こんばんはティア様、来て頂き本当に嬉しいです」
私は挨拶と共に皆のスタンプカードを回収しサメの絵のスタンプを押す。3つ集まるごとに粗品のオススメお菓子セットと風見鶏ホテル系列のクーポンが貰える。完全に経済は回転しているが、なんだか、なんだかちょっとだけ思ってたのと違う。
「えっと、ケイトさんに、エレンさん、覚えました!…あれっ?」
「おや?エレン様とは面識が?」
「何度かちょっとだけすれ違った事がありますよね」
「は、はい!あれ…っ?ニンジャ…?」
((((((!!!))))))
(どうしたシックス)
「私の6つ頭のサメもたまにニンジャの妄想を見るようで、いつニンジャなんて居ないと説明しようか迷っています」
「6つ頭のサメよりは居てもおかしくないです!…6つ頭のサメ!?何言ってるんです!?」
突然混乱するティア様。もしかすると初の場所に初対面2人という構図で少し緊張されているのかもしれない。
「まぁまぁ、少ししたらすぐお食事が出ますので、中でちょっと休憩とお喋りしましょう」
「あ!先に魔術書みます!」
「ふふ…噂通りゆっくりされないようだ。でもそれが良いですね」
「宿題は先に片付けたほうが遊びやすいですものね」
大変だ、もしかすると私以外は全員やるべきことを先にすぐ片付けるタイプの可能性が出てきた。きっと部屋も自ら整理整頓している気がする。怖い。
* * *
早速書斎で数冊の魔術書をティア様に見てもらう。生身でも魔法を使える魔法少女ともなれば真贋もあっという間に判断がつき、ハズレはフィクションやゲームに使うもの、3冊が本物の魔術の技術書だと判明した。
「魔術書が本物ということは、やはりこれで私が悪魔を召喚するんでしょうか」
「うーん、えっと!難しいです!召喚の技術については書いてあります!でも元々魔術得意な人向けです!上級者向け?です!」
(確かに、読んだ感じ前提がよくわからんからな)
(まず魔術が使えんぞ)
(何かの失敗や間違いで召喚するのか?)
「あと、実はそれが本物だった場合、処分すべきかどうかも迷っていたのです。載っている情報が唯一の止める鍵になるかもしれないし、処分しなかった事が問題になるかもしれないし、と」
「えっと、ちょっと…賢い方のワニ…そう!それ!別にどっちでもいいです!この本が読める人ならこの本に書いてあることは既に出来る筈です!ちゃんとターゲット絞ってないダメな本です!」
「えっ」
ダメな本。ちょっと予想してなかったので思考が追いつかないうちにケイト様が追い打ちをかける。
「なるほど。初心者には分からない専門用語だらけだけど、用語を知ってる上級者には常識程度のことしか書いてない指南書。よくありますね」
「えっ…あっ…ちょっとショックが大きく、まさか3冊ともですか?」
「3冊全部です!」
「うわっ…」
(うわ…)(うわ…)(うわ…)
なんかこう、ちょっと、もっとすごく禍々しい重要なアイテムだと思っていたのだ。なんならちょっと擁護してあげたいような気持ちが湧いてくる。
「な、なにかこう、イベントのキーアイテム的なものかと思っていまして」
「イベント中うっかり魔術用語を忘れたときとかに使うかもです!」
うっかりすぎる。
「あ、あの、もし宜しければそれを補完出来る良い魔術書を探して今度お持ちしますわ。これと似たような魔術書を大きめの本屋で見たことあります」
「本屋で…!?」
エレン様が私のショックを察してフォローしてくださるが、恐らくそれはトドメである。
(本屋で売ってるのかこれ…)
(そういえば学校の参考書の中にも魔術関連が…)
(専門書コーナーならまだしも参考書棚にあったら…)
い、いや、本が本屋に売ってても何もおかしくないし、書斎の本棚に普通に入ってて見た目がまぁまぁ綺麗な本は、確かに闇の取引でしか手に入らない系の稀少本じゃない気がしてきた。
「えっと!学校って魔術習います?」
「ええ」「はい」「あくまで知識的な触りだけ」
多少は魔術も学校で習う。火事の時に水の魔法を使っていた人が居たように、適正があってかつ専門的に学んだ凄い人は魔法を仕事や社会に活かす事もあるからだ。
ティア様ほどのありえない別格はともかく、小さな火や水を呼び出すレベルのものでも難しいので、日常空間でみることは滅多に無いが。
「一応ここにある本というのが重要かもなので!じゃあシャークさんが沢山勉強してこの本を読めるようになった時に何かあるのかもです!その頃にはこの本要らないですけど!」
なるほど。別に魔術に適正があるわけでも無いのにそこまで勉強を頑張った結果、私はろくでもない事件を起こすかもしれず、そして確実に本は価値を失う。なるほど。
「私今後もっと魔術の勉強サボりますわ」
「あれ!?」
「そろそろ食事の用意も出来てると思いますし夕飯とまいりましょう。私今日はとてもとても沢山食べると思います。今日はもうただただパーティですわ」
「ふふ…お付き合いしましょう」
「お菓子も沢山ありますわ」
「お菓子!」
((((((お菓子!))))))
心配事が一つ無くなると同時に手がかりも一つ失う。まさに一進一退の攻防。
書斎を出る私達の後ろで、なんだか少し3冊くらい本が泣いてるような気がした。