洞窟
棒に乗った魔力が、振り回される棒の破壊力を増して狼の魔物に叩き込まれる。
胴体が背骨から陥没し、狼の魔物はのた打ち回る。
ヘルはボロボロになりながら、狼の魔物を叩いて回ったが、狼の魔物の5分の一がその辺りで這いつくばっているぐらいで、その他大勢はヘルを囲んで食い殺そうとしている。
狼の魔物が仕掛けてくる。
ヘルは正面から飛びかかった狼の魔物に木の棒を真っ直ぐに構え、細かく薙ぎ払いを連続させていく。
ヘルの猛攻に距離をとる狼の魔物。いけると思ったその時、頭に重く柔らかく硬い何かがのし掛かって来た。
突然の出来事で、ヘルは倒れた。
慌てて木の棒を周囲に振り回すも、一瞬で足に食いつかれ、喉頚に食いつかれた。ギリギリ締め上げてくる。息が出来ない。
抵抗の為、木の棒て叩いたり突き刺したり引っ掻いたりしたが、狼の魔物はびくともしなかった。
ヘルは粟立つ様な苦しさの中、自分の口から涎が垂れていくのを感じた。
頭に血が溜まっているのが分かる。手に力が入らず棒が溢れ落ちる。手に食いつく感触があった。
ヘルは死んでいく時は恐ろしく痛く悲しく惨めで涙が溢れて怖くて怖くて仕様がないものだと思っていたが、得に何の感慨が浮かぶ訳ではない、涙すらでないのかと感じ、意識が遠退いていく。
ヘルは自分の体全体が熱くなるのだけが、薄れ行く意識の中で理解できた事だった。
ヘルは頭に溜まった血が、胸に流れていくのが分かった。
「うわっつい!アツイアツイ!なに?あつっ!」
ヘルは急いで飛び起きその場を離れた。身体中がアッツイのだ。
見ると、狼の魔物も混乱している。
「なに?痛い!痛い!痛い!いった~~~~い!」
地面が赤く蠢いている。先程まではなかった大量の赤が、蠢き進み狼の魔物やらヘルやらに物凄い勢いで近付き、まとわり付き、噛む。
狼の魔物もヘルも大混乱だったが、ヘルは一足速く冷静になれた。こんな事にかまけている間はない!直ぐ様逃げなければ!
ヘルは混乱する現場に赤絨毯と狼の魔物を残し、・・・・ダメだ逃げ切れない!
狼の魔物の一匹と目が合ってしまった。ヘルは逃げることを諦め、脱兎の如く、狼の魔物を襲いまくった。
狼の魔物を撲殺しまくった後、赤い蟻に集られ、魔物の死体があっと言う間に骨と化すのが視界に入った。
ヘルは今度こそ、その場から逃げ出した。
一面緑の地面の上を、木の根を避けつつ走っていく。
身体中がヒリヒリチクチク痛い。確かファイアー・アントだったか、その蟻が体中を食い付いたり毒針を刺したりしてるのだ。
速くどうにかしなければ!
ヘルは探知の魔法を使う。先の木陰の右奥へ入ったところに、洞窟がある。
その中の入り口から入って直ぐに泉がある様だ。
ヘルは火の魔法を洞窟に放つ。尋常では無い程燃え盛る炎は洞窟にスッ!と入っていく。
ヘルは躊躇い無く後に続く。
洞窟の中は真っ暗だ。
ヘルは走る速度を落とさず光の魔法を放つ。
洞窟内が明るくなる。
泉と人骨以外何もなかった。
音魔法が放たれる。ヘルは泉が案外深いことを知った。
そのままの勢いを止めず、泉に飛び込む。
さばぁっと!飛沫と波が上がる!
そのままヘルは水の中で妙な踊りを踊り狂う!水でファイアー・アントを流し落とそうとしているのだ。
「あぁ!いっっったいし!あついし!染みる!冷たい!」
ぎやゃゃゃやゃややや!と叫びつつ、ヘルは泉から這い出て服を脱ぎ、じっと地面を見つめ、泉の水を手でバシャバシャと地面にばらまき、土と水で泥々になった正に泥を身体中に塗りたくった。
泥を上半身に塗りたくる為に着ている肌着は泥々になるし、下半身は履いているカボチャパンツの中は大丈夫らしく入念に隙間から覗き見るにとどめ、太ももやら脹ら脛やら脛やら足先やらに入念に泥を塗りたくっていく。顔も髪も耳も泥が刷り込まれていく。
ファイアー・アントは泥の中で死んでいったようで、漸くヘルは落ち着きを取り戻した。
「最悪だ何なんだろう一体。」
ヘルは気分が沈んだが、結局の所死ななかった訳だし、野外で真っ裸になることは避けられたし、乙女の純情は守り抜いたという事になるし、ドタバタしたが十二分にお釣りは来たのではないかと感覚の無くなった足を見ながら思うのであった。
血が流れているし骨も見えている。取り敢えず紐で止血をした。
洞窟の外には緩やかに風が吹いている。