事の始まり。
交差点前で急激な眠気に襲われたトラックドライバーが人を巻き込む悲しい事故の頻発
シミュレーションゲームのプレイ中、または直後に起きる死亡事故の増加
はたまた学生が授業中に突然クラスごと消え去る怪事件まで……
今、日本はとんでもないことになっている。
はじめのうち、それらは関連性のない事件として処理されていた。
が、激増する不可解な事件や事故。
若年層(特に高校生)を中心にじわじわと進む人口の減少……
警察やどこからともなく沸いて出た専門家達は皆首を傾げるばかり。
そんな連日の要領を得ない報道の中で、ある日、決定的な証言が上がる。
行方不明となっていた男子学生のうちの一人が突然姿を現したのだ。
何故かその少年は衰弱した様子もなく、むしろ幾ばくか逞しくなった体つきに……どこか達観した表情を浮かべていた。
彼が保護されほどなく開かれた会見。好奇の目にさらされる舞台に当人自らが立ち、彼はいい放ったのだ。
「俺は 異世界に呼ばれてその世界の救世主として戦った勇者である」と。
その場は当然凍りついた。
「頭がおかしくなっている」と誰もが思った
ーー彼がおもむろに虚空から聖剣を取りだすまでは。
「俺はカイト=エスハルト!時空の聖剣を授かりし勇者として舞い戻った!!
人々よ、今 ここではない世界ーーあらゆる"異世界"に異変が起きている。
かの世界たちは救世主たる者を求めている。
それは他でもない君たちだ。
君たちは大いなる力を秘めている。この世では発現することのない大きな"力"を。
故に異世界の神々や王が、君達の力を借りるために"召喚"を行っているのだ。
召喚は身体ごとや、魂のみを呼び出すものもある。それ故にこちらの世界では、神隠しのような事件やーー痛ましい事故になることもあるだろう。
だが、悲しむことはない。彼らは各々の秘めた力を発揮し、今も異世界の大地で輝かしい活躍をしている!
君たちも、どうか力を貸してほしい。
共に異世界を救う救世主となるのだ!!!」
一瞬の沈黙の後、ざわりと会見場が揺れる。
手品?あんなでかい代物を?どうやって?
なんて神々しいんだ!神は、異世界は、本当に存在するのだ!
確かに、画面を通して見ている人々にも伝わるほど、それは神々しい光を放っていた。
その場で膝を折り、頭を垂れ、陶酔してしまった者
あり得ない出来事を前に懐疑的な目を向けるもの
その瞬間、人々は真っ二つに別れた。
朗々と口上を述べた"勇者"は掲げた剣を鞘に収めると、立ちすくむ記者をそのままに出ていってしまった。
我に返り追いかける記者やカメラマン達
ざわめきの収まらぬまま終わる会見
もう全てが大混乱だ。
その後はお茶の間に垂れ流される井戸端会議の域をでないコメンテーター、野良専門家の論争
繰り返すばかりのニュースキャスター
SNSや匿名掲示板で飛び交う憶測や早くも崇める声
動画サイトへのアップロード等々……
この出来事はあっという間に世界に知れ渡った。
……と、ここまでは"まだ"。
まだ、マシだったのだ。
その晩、俺以外を除く全人類の夢に"女神様"なるものから神託を下されるまでは……。