どきどき☆お風呂タイム
「いやいやいや、さすがにそれはそれは」
俺は紳士なのだ。
彼女のコーディネートを任されたからといって、一緒に風呂なんてとんでもない。
いたいけな美少女のお願いでも、断固として断る。
現在の状況はこうだ。
アシェラさんから好きな格好をさせて良いと言われた彼女はシラーラという。
俺はとりあえず風呂に入れさせようと思った。
当然だ、いくら可愛い女の子でも不潔じゃ話にならん。
ちょっと臭い方がいいというような特殊な趣味も理解しないわけじゃないが。
シラーラはなんというか正統派の美少女なのだ。
アイドルグループでいったらセンター。
ギャルゲーでいったらパッケージの中心。
きちんとした綺麗な格好をさせたいところだ。
ところが、こちらでは風呂は貴族やら金持ちしか入れないという。
なんでも庶民は河で洗うそうで。
この世界がどうなってるのかも気になるのだが、今はシラーラの方が優先だ。
これが夢なら、着替えさせる前に覚めてしまうかもしれん。
俺はアシェラさんから、アシェラさんと同等の命令が可能になる腕章を貰っていた。
そこで施設の風呂に入る事ができるようになったのだが。
ホテルの大浴場みたいなちょっと豪華な風呂に連れていき、中に入るよう促したところ。
「お風呂なんて入ったことがないので、どうすればいいのか……」
シラーラはそう言って、うつむいてしまった。
風呂なんて説明しなくても入れるだろ、と思ったが俺の常識は通用しなかった。
まずシャンプーという言葉が通じない。
日本語が通じないのではなく、髪を水以外のもので洗うということを理解してくれない。
侍女の人に一緒に入ってもらいたいところだったが俺の権限では、侍女に命令することはできない。
困っていると、シラーラがこう言ったのである。
「すみませんけれど、一緒に入ってもらえませんか」
ここで冒頭に戻るわけです。
内心、混浴!? まじで!? ラッキー!? という気持ちもないわけじゃないが……。
風呂の入り方がわからないから、なんて理由で美少女と入浴など紳士のすることではない。
変態であれ、しかし紳士であれというのが親父の教えだ。
困ったなあ。
するとアシェラさんが廊下を横切るのを見かけた。
そうだ、アシェラさんに着いて行って貰えばいいじゃないか。
何も俺が行く必要などないのだ。
シラーラには此処で待っていて貰うよう伝え、アシェラさんを追いかけた。
廊下の曲がり角で呼び止めて、懇願するように手を合わせる。
「アシェラさん、お願いが」
「なんでしょう。私が出来ることならば」
「簡単、簡単です。一緒にお風呂に入って欲しいんです」
ぴしり、という音が聞こえるほどアシェラさんの表情が固まった。
おや?
「一緒に……お風呂……ですか」
なぜだろう、顔が引きつっている。
まさかこの人も風呂の入り方わかんないのかな?
「ええ、それだけです。ほんと、一緒に風呂に入ってくれればいいだけ」
下から覗き込むようにお願いしてみる。
「あ、あなたはこんな事をよく頼むのですか?」
「まさか。生まれて初めてです」
こんなお願い、そうそうないだろ。
「そ、そうですか……。は、裸で?」
は?
そりゃそうだろ。
「それは勿論ですよ」
俺の訝る顔に対して、目を見開くアシェラさん。
「た、確かに私に出来ることならばとは言ったが……」
悩むように腕を組んで身体を捩っている。
何? そんな大変なことか?
シラーラを風呂に入れてやってくれっていうだけだぞ。
「ほ、本当に一緒に風呂に入るだけ、だろうな?」
顔を赤らめて俺を睨むアシェラさん。
うーん、入るだけじゃ困るな。
「いえ、えっと。ちょっとお手をわずらわせるかと」
「な!? 手を使わせるのか?」
「いえ、ちょっと初めてなので、少しお手本を見せて欲しいといいますか。手伝って欲しいというか」
「んなっ!? 手本!? 手伝う!? 私が経験豊富だとでも!?」
「え、違うんですか?」
今も軍服に包まれたアシェラさんは髪もツヤツヤで、肌もピカピカだ。
風呂なんて入ったばかりに見える。
身体や髪の洗い方を知らないようにはとても見えない。
「むむむ……」
なにやら困惑した表情をしている。
ここは、さらに頼み込んで押しの一手だな。
「いや、先程そこの侍女さんにも頼んだんですけどね」
「侍女にも!? 一緒に風呂に入れと言ったのか!?」
そんなに驚かなくても。
俺が一緒に入るほうがヤバイっしょ。
「そうなんですけど、やっぱりアシェラさんの方がいいなって」
「むうううう……そんな事を言われてどういう反応をすればいいのか……」
「やっぱり肌も髪も綺麗ですし」
「そ、そ、そ、そんな事を言われたのは、は、初めてだ……」
「お願いしますよ、俺を男にしてください」
アシェラさんに断られては、俺がシラーラを風呂に連れて行くことになる。
それでは紳士ではなくなってしまうからな。
男として失格だ。
「くっ、わ、わかった」
もの凄く顔が赤いけど大丈夫かな……。
ちょっと唇も震えてるし。
でもここは頑張って貰おう。
「じゃ、こっち来ていただいて」
若干ぼんやりしたアシェラさんの袖を引いて、シラーラのところへ連れて行く。
「じゃシラーラと一緒に風呂に入って、身体と髪の洗い方を教えてあげてくださいね」
「……は?」
「いや、この娘、風呂の入り方わからないらしいんで」
「……へ?」
「だから、アシェラさんの肌や髪みたいに、綺麗に洗えるように、手本を見せたり手伝ったりしてくださいって」
「……さ、最初からそう言ええええええ!」
アシェラさんに何故かローキックを食らってしまった。
軍人の蹴りは、痛かった。