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008



 緑色の肌をした二足歩行の豚男……オーク。

 大きさはお相撲さん――とまではいかないが、太った大人くらいはある。

 冒険者の間ではコイツを倒せれば一人前と言われている。


 分厚い脂肪でダメージが通りにくく、体重を支える筋肉はそのまま攻撃力になる。

 使う魔法は火魔法で、ソフトボールくらいの火の玉を投げてくる。ゴブリンの完全上位互換といっていい相手だ。


 ちなみに俺は……『臆病者』の二つ名があるように、討伐依頼を避けてきた。

 実をいうと、俺だってゴブリンくらいなら倒したことがある。採取依頼で遭遇したときに仕方なく戦闘になって、といった形だ。

 でもオークなんて見たら一目散に逃げるし、当然倒したことはない。


 今回も逃げようと考えたが、状況が悪かった。


 まず俺達は木の上に登っている。

 そして足元にはゴブリンの死骸。

 オークはゴブリンの死骸めがけてやってきた。

 

 ここで不味いのは、今日は俺一人じゃなくローラが居ること。


 オークは女性に目がない。その感度の良い豚鼻ですでにローラの匂いを嗅ぎつけているのかもしれない。少なくともこの木の下まで来たら確実にバレる。

 かといって、ここで逃げようにも一旦木の下に降りる必要がある。飛び降りたら足をくじくだろうし、モタモタしてたらオークがやってくる。


 つまり、ここで最善の選択肢は――


「――あのオークを狩るぞ」

「……で、できるんですか?」


 正直自信はない。が、やるしかないだろう。


「俺を……いや、シュナイダーを信じろ」

「あ、信じます!」


 自分で言っておいてなんだが、それでいいのかローラ。

 ともかく、俺はシュナイダーに賭けることにした。



 数秒後、オークが俺達が上っている木の下にたどりつく。

 そして、ふんふんと鼻を鳴らし、顔を上げた。

 目が合う。俺の隣を見て、にたりといやらしく笑うオーク。



 その足元は隙だらけだった。


 俺はそっと片目を閉じ、ゴブリンの死体に紛れて寝かせたままにしておいたシュナイダーの目を借りる。

 ローラを見て笑ったことからも分かったが、オスだ。いやなものを見てしまった。

 そして俺は、目の前に無防備に垂れ下がった急所をナイフ以上の切れ味を持った爪で強襲した。


「プギィ……ーーーーッ!?」


 声にならない悲鳴を上げるオーク。自分でやっといて股間がきゅっとなるが、これも戦いだ。これで万一ローラが捕まっても尊厳を失う可能性はなくなったか。仲間がいたら別だが……

 おそらくオークがこのあたりまでわざわざ来たということは、縄張り争いに負けたハグレだろう。


 ん? ってことは、コイツはオークの中では負け犬なのか。

 そう考えると、俺でも勝てる気がしてきた。


 オークは股間を手で押さえしつつ、シュナイダーを見る。股間の傷からは漏らしたかのように血が流れていた。

 不意打ちの一撃はだいぶ効きすぎたようだ。今なら相当足も遅くなっているだろう、素早く木を降りることができればそのまま逃げ切れるに違いない。


「いけー! シュナイダー!」


 ローラの声援。俺はシュナイダーを走らせ、オークの体を駆け上らせる。

 生身では絶対にやりたくない、そんな突撃も、【人形使い】で人形を操るのであればできる。


「プギッ!」


 顔を引っかいてやると、今度は顔も手で押さえた。片手ずつ、両手がふさがった形だ。

 あとはこうなれば倒し切るのみである。糸が絡まないようにだけ注意しよう。


 が、オークはなかなかにしぶとかった。

 体を爪で引っかくも、出血はするが一向に倒れる気配がない。

 もっとも、このままであれば失血死しそうな勢いではあるが……


「あんなに血だらけになって……まだ倒れませんね」

「……そうか、重さだ。体重が軽いぬいぐるみだと、渾身の一撃でも浅いんだ」


 シュナイダーには、圧倒的に重さが足りなかった。

 柔らかいところ、脆いところを攻撃する分には問題ない。ナイフの切れ味でごまかせる。

 しかし、防御を固めたオークのような相手には致命傷が作れない。


 このまま失血死を狙うのもいいが、いつになるか分かったもんじゃないな。


「仕方ない、トドメはもらうぞシュナイダー」


 俺は腰の剣を抜いて、刃を下に構えると――

 ――うずくまるオークめがけて、剣を突き立てて飛び降りた。


 俺の一撃はオークの首に深く、深く刺さりこみ、息の根を止めるに至った。



  *


 オークを倒した。


「……勝ったな」

「はい。シュナイダー、カッコ良かったです」


 あ、そこシュナイダーなんだ。ローラちゃんブレませんねぇ? 少しはオジサンのこと褒めてくれてもいいんだよ?


「あ、ルーカスさんもカッコ良かったですよ」


 うん、本当にそんなついでのように言われるとは思わなかった。



 でもまぁ、初めてオークを倒したのだ。

 【人形使い】のスキルを使ったとはいえ、1人で。

 いや、むしろ【人形使い】のスキルは俺自身のスキルなのだからそれを使うことになんの問題も無い。

 俺は、この歳にして、ついに……ようやく、一人前の冒険者になった。


 そう考えると、とても感慨深いものがある。


 まぁ奇襲でタマ潰したから魔法も使ってこなかったくらいだけど。

 魔法ってある程度集中しないと使えないからね。

 さてオークの討伐証明部位ってどこだったっけかな。尻尾と耳だったっけ? 頭持っていったら間違いないだろ。


「ああああああッ!!」

「うおっ! なんだ、どうしたローラ、またオークが出たか!?」

「違います、そんなことよりとても大変なことが起きました!」


 慌てて木を降りてくるローラ。

 いったいなんだ、オークより大変なこと? まさか、オーガでも出たってのか!?


「シュナイダーが血まみれになっちゃってます!」

「……は? なんだって?」

「ですから、シュナイダーが血まみれに!」


 そりゃ、ゴブリンも切り裂いてオークも、となれば血まみれにもなるだろう。なんでローラはこんなに騒いでるんだ? 俺は首をかしげる。

 もしかしてアレか。シュナイダーが怪我した、みたいな?


「……えーっと、大丈夫だ。それは返り血だからシュナイダーは傷ひとつ負っちゃいないぞ」

「何言ってんですか分かってますよそんなこと! ですから、血まみれなんですってば! 早く洗わなきゃ、ああああもー落ちないですよコレ! どうしてくれるんですかルーカスさん、シュナイダーが茶色染みシュナイダーになっちゃいますよ!」


 ああ、そうか。言われてみればシュナイダーはぬいぐるみ。

 その皮膚は布で、中身は綿なのだ。そんな布にたっぷりと血がしみ込んでいる。

 血の汚れは落ちにくい。それは、前世でも今世でも共通のお洗濯の問題だった。


「というわけで早く帰りましょうルーカスさん。血の汚れは時間との勝負です」

「え、ちょっとまって。オークの死体運びたいんだけど」

「そんなのギルドで頼んでください!」


 そう言って、ローラは血まみれのシュナイダーを抱えて町に向かって走って行った。

 ……えーっと。とりあえず、討伐証明部位だけ採取して俺もギルドに向かおうか。


 さすがに一人で運ぶにはオークは重すぎる。最初からオークを狩ると分かっていたら荷車でも持ってきたものを……って、無理か。

 でもまぁ、ローラに運ぶのを手伝ってもらうわけにもいかないか。


 ちなみにオーク肉は割と美味い。味はまんま豚肉。

 一人前の冒険者はこれを一人で狩って肉屋に卸せるものなので、そこそこ安価に流通している食肉である。……こいつ、雑食だから人も食うんだよね。日本人の記憶が戻る前は気にならなかったんだけど……この世界の弱肉強食ってことで割り切ろう。


 うーん、それにしても倒し方もまずかったな。血の匂いで動物が寄ってきそうだ……

 ミゲルが回収するまでにオークの素材がダメにならないことを祈ろう。



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