036
――そうか、シュナイダーなら、ゾンビどもの足元を潜って抜けられる。
俺は即座にローラの言いたいことを理解し、頷いた。
シュナイダーをメリーさん、ゾンビ達の足元を潜らせ、ワグバードの元へ向かわせる。
脚の間を潜り抜けたシュナイダーの視界を借りると、そこには魔力の黒い球を頭上に集めているワグバードが居た。
俺はそのままシュナイダーでワグバードを殴りに行く――も、その手に捕まってしまった。おい、さっきまでそんな俊敏に動く要素何処にも見せなかったじゃねぇか! くそ!
「――詠唱保留。我をスケルトンと同じと思うなよ! 骨体強化魔法くらい、使えるに決まっておろう!」
肉体じゃなく骨体なのか、まぁ肉ないもんな。と些細な事に気を盗られつつも俺はローラに合図を送り、糸を繋ぎかえてもらう。ここがキメ時だ。
ぎり、とシュナイダーの首を絞めるように持ち上げるワグバード。
「ククク、この大きさ……中身は動物の死骸か? それとも赤子か! 並行魔法展開……サンダークラッシュ!!」
おぞましい事を言いやがり、バリバリとシュナイダーに電撃を放つワグバード。
「ククク、残念だったな! これで筋肉は破壊した。あとは骨を砕いてしまえば……骨……骨が、無い、筋肉も? なんだと!? 待て、これはどういう事だ! これはただのぬいぐるみではないか!?」
シュナイダーを掴んだまま、手足や胴体をぽふぽふと確認する。だが、いくら見たところでシュナイダーはただのぬいぐるみなのである。
「このようなぬいぐるみ、こうしてくれる――ぐぬ!? なんと頑丈な! この!」
ワグバードが腹いせといわんばかりにシュナイダーの腕を掴んで引きちぎろうとしていたが、ぐにいと伸ばされるものの、ある程度以上はぴたりと動かない。引きちぎれない。
更にワグバードは何度もサンダークラッシュとやらでシュナイダーに電気を流すが――ぬいぐるみに電気を流したところで、何の効果もない! 焦げるかもしれないけど!
「ルーカスさん! メリーさんのまで全部入れ替えました、あと1分!」
そして、ローラの合図。継ぎかえが完了した。俺はニヤリと笑う。
ギリギリ、いやさすがはローラの【裁縫】の粋を集めたシュナイダーだ。余裕で間に合った。ワグバードは、まだシュナイダーと戯れていた。
「ああ、そういや目ン玉が無かったな、ワグバード!」
「何ぃ!? どういうことだ!」
「オメェの目は、見た目通りの節穴だったってことだよ!」
俺はシュナイダーに全力――ローラが素早く継ぎかえてくれた糸、両手足合わせて20本分の力を注ぎこむ。
光りそうなほどに力が凝縮したシュナイダーは、ワグバードの手による拘束を軽く弾いた。
「がっ!? どうなっている! 骨も、肉も無い、ただのぬいぐるみがぁああ!?」
狼狽するワグバード。その骨の腕の上を走り抜け、シュナイダーはその拳をワグバードの頭にむけて振り抜いた。
本来であればぽふっとしたぬいぐるみの、可愛いパンチであっただろう。しかし。
「ぐぁあああアアアあアァあああアアア゛ア゛ア゛ア゛!!」
俺の、【人形使い】の全力をつぎ込んだシュナイダーのパンチは、ハンマーを振り下ろしたかのような威力で、ワグバードの頭蓋骨を半壊させた。
こめかみを中心にクレーターのようにひびが入り、砕け、ぴしり、ぱき、と亀裂が大きくなる。ぽろり、と骨の破片が落ちていく。
ぬいぐるみなのにこのパンチ力……やべぇな。
「ア゛ア゛ア゛ア゛……我、の、頭、あ、が、べ、ぼ……ッ」
壊れたスピーカーのような、ぶつ切りの声。
ゾンビ達がばたばたと倒れ、動かなくなっていく。ワグバードもよろけ、倒れた。
やはり、ここのゾンビはワグバードの力で動かしていたということだろう……恐らく、町の中に出ていたゾンビたちも。
「なぜ、なぜ、だ。なぜ、死体、でも、ない、ただの、ぬいぐるみ、がっ」
「まったく、人の話を聞かねぇやつだ。……俺のスキルだよ」
「貴様、我を、謀った、か!?」
「勝手に勘違いしただけだろうが!」
そんなワグバードの目の前に、俺は改めてシュナイダーと、ついでにローラにまた糸を付け直してもらい、カカシを立たせる。
「最後にもう一度だけ言ってやろう……俺が操ってるのはテメェと違って死体じゃねぇ。ぬいぐるみとカカシだぁあああ!」
「グギャ、ァアアゲあアァああゴアアア゛ア゛ア゛オ゛ア゛ア゛エ゛ア゛!!」
シュナイダーとカカシの、左右からのパンチによって、残っていた半分も粉砕。
耳をつんざくような断末魔。まるで、魂に響いてくるような。
ワグバードは、ぽしゅんと黒い煙を一回噴き出す。
『いやだ、消えたくない――!』
その黒い煙から声がした。
「おや。まだ喋れるのか……ほんと、どうやって喋ってんだか」
『我は――我は、そうだ、貴様の身体を不死の身体にしてやる――だから――貴様の力で――』
「だから、俺が操ってんのは……はぁ、もういい、消えろ」
まったく、死んで頭蓋骨しかなくなった分、頭が固くなったに違いない。いや、もう頭すらないのか。俺は手をしっしっと振って、黒い煙をはらう。
『なぜだ――! 不老不死に――なれる、のだぞ――?』
「お断りだ。……俺はこう、最近ガタもきてるが、この身体が結構気に入ってるんでね」
『――死が、怖くはないのか――いやだ、我は、我は――』
煙は、霧散した。
「まったく、最後まで未練たらたらだったな。流石リッチになるだけのことはあるってか」
「ルーカスさん!」
「おうローラ。見ての通り、俺達は全員無事だぞ」
ローラが笑顔で俺に抱き着いてくる。おおっと、シュナイダーじゃなくて俺にくるとは。はは、まぁパーティーメンバーだもんな。
「早くミルスさんを探しましょう」
「おう、そうだな。……町中のゾンビも大人しくなってると良いんだが……」
「ここみたく倒れてたら……後処理が大変そうですね」
「あー……。まったくだ」
しかし……死が怖くないのか、ねぇ。
ワグバードにぶちこんだ全力の一撃。あの一撃を外したら、逆にシュナイダーの腕がちぎれて吹っ飛んでいただろう。そうなったらあとでローラになんて責められたことか。
俺としては、そっちの方が怖かったね。




