032
通りすがりにゾンビを跳ね飛ばしつつ、俺達はギルドに向かった。
ギルドにつくと、バリケードが作られていた。群がっているゾンビもいた。
「ちょ、入れないじゃないの! どーすんのよルーカスさんっ」
「逆に考えろ、狙い通り人がいる証拠だ! まずはこいつらを蹴散らすぞ!」
金剛力士カカシを突っ込ませ、その拳でゾンビたちを殴り飛ばす。
「ひゅぅ。私のカカシは強いわね! アンデッドなんて目じゃないわ……ふふふ、そうよ、カカシがアンデッドに負ける訳ないじゃない! これはつまりこの町、デスパドーレより私のカカシの方が強いって事よ! カカシの勝利ぃ!」
ゾンビを殴り飛ばす金剛力士カカシを見て、ハイテンションになるドロシー。
ボロボロのゾンビたちはあっという間に排除できた。とはいえ、ここまで来るのにもゾンビだらけだったわけだし、一時的なものだろう。
「おーい! 外のゾンビどもをどかした! 大丈夫か!」
「救助が来たのか!?」
俺が声をかけると中から声が上がった。
「すまんが救助じゃない、俺も避難してきた冒険者だ! 俺達も入れてくれ!」
「チクショウ、助は来ないのか!? まぁいい、入ってくれ!」
バリケードの一部が中から退かされ、俺達は冒険者ギルドに入った。
「救助か!?」
「いや違う。彼らも避難者だ。だが冒険者で、戦力になる」
「そ、そうか……」
ギルドの中には、それなりに多くの人がいた。やはり皆、目印になりそうなここに集まってきたのだろう。
「この世の終わりだ……! 死者を冒涜していたバチがあたったんだ!」
「あ、あ、あいつら、俺の、俺の所有物のくせに、俺に、俺にぃ!」
「もう安心よ、これだけの人がいるのだから……安心、のはずよ……」
「こんなこと、こんなことはあり得ない、あり得ない、あり得ないぃぃ……!」
「私は記者だ、世界に真実を伝える義務があるっ! 絶対生き延びてやるっ」
そして割と混迷していた。
「5人か。……無事でなにより。他に生存者を拾ってはいないか?」
「ん? あー、他には見てなかったな。ここに来るのに精いっぱいで」
「そうか。はぁ、この町は一体どうなってしまったんだろうか……?」
頭をぼりぼりと掻くオッサン。多分ギルドの偉い人だろう。そして金剛力士カカシとメリーさんも人数に入っているが、これは仕方ない。それほど完成度が高い人形なのだ。
ドロシーが自慢げにふんすと鼻を鳴らしているが、訂正しておこう――
「皆さん! 現状、ギルドの中は安全です! 今から非常食を配るので、並んでください! とりあえず、1人1食分ですよ!」
――と、ギルド員さんが非常食を配りだした。今来たところだけど、俺達も並んだ方が良いかなこれは。
……
5人分でいいよね? じゃ、貰ってくる。
*
いや、勿論俺は3人分で抑えたよ。金剛力士カカシとメリーさんは飯を食べられないからな。
で、俺はギルドのお偉いさんらしき人――改め、実際、副ギルド長らしいおっさんに情報を聞きにきていた。
「しかし、これだけのゾンビ。一体どこから湧いてきたんだ? 明らかに多いだろ」
「恐らくスケルトン加工中のゾンビが脱走したんじゃないかと見ている」
町中で使うアンデッドは、大半がスケルトンだ。これはその方が清潔で使い勝手がいいし、メンテナンスも楽だという理由による。
それで、ギルドの方で買い取ったゾンビも、状態が良いものを除いた大半はスケルトン加工を行う加工場へ回されるらしい。加工場で、全部すっかり骨になったら改めてスケルトンとしてこの町の労働力になるという寸法だ。
「ということは……えーっと、どうするんだ?」
「町を脱出すれば、安全だろう。野良ゾンビに襲われることはあるだろうが通常のレベルだと思う……後ろには気を付ける必要があるがな」
「なるほど」
「というわけで、非常食の備蓄と相談してもう2日ほどここで籠城しつつ生存者を集める予定だ。その後、皆で協力して町を脱出する――というのがこれからの計画になる」
日頃からゾンビやスケルトンに囲まれてるこのデスパドーレならではの落ち着きっぷり――いや、避難してきた人の大半はこんな風に落ち着いてないようだから、冒険者ギルドの人達が特別落ち着いているというべきか。
まぁ、この町でも一般人はゾンビは加工されたものしか触れてないし、加工前――いや、加工中の腐った臭いゾンビなんて見る機会も無かっただろう。
「となると、俺達のツレもその2日の前に連れてこねぇとな」
「他にも生存者が居るのか?」
「ああ……多分、生きてるはず……と、思いたい。恐らく町長邸に居ると思う。昨日パーティーがあってそれに出てったからな」
「パーティー? 『技術顧問ありがとうパーティー』か」
「そうそれ。俺達のツレはその技術顧問からな」
「私もギルド長と共に呼ばれていたが、昨日は忙しくて行けなかったのだよな……出席したギルド長も帰ってきていない。君たちのツレと一緒に居る可能性は高いな」
……ミルスのことだ、きっとうまい事生き延びているに違いない。
「町長とかから何か連絡はないのか?」
「分からん。伝書鼠が使えないからな……あるいは、町長に何かがあってこうなっているのかもしれん。パーティーで何かが起きたか……?」
「だとすると――一度、町長邸を見てきた方が良いってことか」
「ああ。計画を練らなければ――」
「きゃああああーーーーーーー!!!」
突然だった。悲鳴が上がった方を見ると、そこにはゾンビがいた。
「くっ!? どうしてここにゾンビが!?」
「おい、頭を落とせ! 早く!」
周囲の冒険者が――恐らく彼らもアンデッド狩りで生計を立ててるのだろう――被害者からゾンビを引きはがし、押さえつけ、慣れた手つきで首を落とす。頭はまだ噛みつこうとしているが、首から上だけならほぼ無害と言っても良い。
身体は首の断面からどろりと血を垂れ流し、少しじたばたして、動かなくなった。心臓の鼓動が無いゾンビの首を落とした状況そのもので、俺達冒険者には見慣れたモノ。
だが、一般人にとってそれは。
「ひ、人殺しぃ!」
「ち、ちがう! 今のはゾンビだっ」
「嘘だ! その男はさっき普通に喋ってた、人だった!」
「そうだ! そいつはさっきまで普通に、普通の男で、ぞ、ゾンビじゃなかったんだ!」
一人分の血の海。悲鳴と、混乱が広がる。しかしゾンビでなかった証言もあるが、ゾンビである証拠は今現在も動く頭がある。
それは、両者の言い分の通り。先ほどまではただの避難者だった男であった。
「どうなってやがる! どうしてここにゾンビがいる!?」
「一体何がどうなって……」
「そういえば、この男、ゾンビに噛まれたって言ってたヤツじゃ……」
そんな混乱の中、さらに声が上がった。
「お、俺は見たんだ! カフェの店員が、ゾンビに襲われてそのまま奴らの仲間入りしたのを!」
その一言をきっかけに、騒動はさらに広がった。
このゾンビは、『噛まれたら、感染する』、と。
それはまさに、前世で見たゾンビパニック映画さながらの光景であった。
「もう嫌だ! こんなところにいられるか! 俺は自分の宿に帰る!」
誰が言ったか、あからさまに死亡フラグなそのセリフ。まさか生でそのセリフを聞く日が来るとは思ってなかったぞ。
「俺は噛まれてない! 噛まれてないぞ!」
「おいこらここぞとばかりに脱ぐんじゃない」
「オラぁ、噛まれてねぇか確かめてやる! ほら脱げっ」
「や、やめてくださいっ」
混沌すぎる。とりあえず俺は女性の服を脱がそうとしていた男の頬に拳をぶち込んでおいた。
「そ、そそそ、そうだ。死ねば、みんな死ねばいいんだ。この町では『死んだらアンデッドになる』んだろ? だから、死ねば助かるぅ!」
「バカ野郎! この現状でちゃんとアンデッドになる保証がどこにある! 死ぬなら一人で死んでろ!」
なんてこった。俺はこの町の、無駄に明るいテンションが嫌いではなかった。
それが今やこの混沌具合――と、ちょっとまて? ここにいるやつらって、もしかして冒険者と商人と……町の人、全然居ないな? ギルド員くらいしか。これは何か関係が?
「落ち着け!!」
と、その時副ギルド長の大声が部屋に響き渡る。……あまりの声に鼓膜が破けるかと思った。……そして、一瞬にしてしんと静まり返った。
「まずは噛まれてないかを確認するんだ! 男性、女性でそれぞれギルド員がチェックする。それでいいな? バラッド、ジェシカ。そことそこの部屋を使え」
「はい。では男性はこちらへどうぞ、並んでください」
「女性はこっちよ。ご協力よろしくお願いするわ」
テキパキと確認の手順を立てる副ギルド長とギルド員たち。なんて冷静で的確な判断なんだ。おかげであっという間に騒ぎは落ち着いた……と、噛まれていた人は他には居なかったようだ。
「さすが副ギルド長様、素晴らしい采配だ」
「む、君はルーカスと言ったか。先ほどは暴漢を殴っていたな、礼を言う。手間が省けた」
「いやいや。……というか、ゾンビに噛まれて感染とか本当にあるのか?」
「無い、はずだが……死ねばゾンビになる可能性があるわけだからな。新種の病気で、噛まれたら死ぬということも考えられる」
……噛まれただけで死ぬとかぞっとしないな。
「こうなると、町長邸へ行くのは厳しいかもしれないな……まず生存者を町の外へ逃がし、体制を整えてから調査隊を派遣するしか……」
「それは困る。俺のツレが町長邸にいるかもしれないんだ。ギルド長もなんだろ?」
「ああ。だが、噛まれるだけでも危険となると……そうそう手は出せないぞ。ゾンビの数が多すぎる。一人で行っても、数人で行っても、誰かしらは噛まれてしまうだろう」
「……噛まれても絶対に平気な戦力があるとしたら?」
「ある、のか?」
あるんだなぁ。噛まれても大丈夫な戦力――そう。俺の、【人形使い】ならね。




