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#Sideミルス
いよいよワグバード町長主催、『技術顧問ありがとうパーティー』の開催日になった。
先日の庶民的なパーティーでは皆気軽な格好で酒盛りしたが、今日のはさすがにしっかりしないとダメだろう。と、ミルスは気合いを入れた。
「招待状は持ったか? ハンカチは? 鼻紙は?」
「持った持った。そう何度も確認しなくても大丈夫だよ」
今日の服装はシックな紺色のドレス。先日ルーカスに似合うと褒められたやつだ。
着るのはメリーさんに手伝ってもらった。メリーさんはすっかりメイドごっこを堪能しており、今やごっこが取れてもおかしくない程度にメイドの真似事ができるようになっていた。
「あんまり確認しすぎると、確認のために外に出してそのまま置き忘れたりしそうだよ」
「ああ……そ、そうだな。そういうことも、あるな」
「というか、そんなに心配ならやっぱりルーカスさんも付いてきてくれればいいのに」
「……むむむ」
複雑な表情で悩むルーカス。先日試着だけはしたので、今からでもその気になれば途中服屋に寄って着替えれば済む話である。
『面倒』と『心配』で天秤がだいぶ揺れ動いているが、そこで『心配』に倒れないあたりがミルスとルーカスの関係を表していた。
もっとも、夜会に出るというだけであり、道中も町長の迎えが来るわけだし、そもそもこの町の治安はとても良い。それこそ夜中に女子供が一人で散歩できるくらいに。それを考えれば、だいぶ心配されているとも言えなくもなかった。
「……あんまり飲みすぎるなよ?」
「分かってるよ。んじゃ、いってきまーす」
町長の迎えの馬車――スケルトンホースの引く――に軽い足取りで乗り込むミルス。
ルーカスたちは、それを見送り、見えなくなったところで館の中に戻っていった。
*
寄り道をすることもなくパーティー会場である町長邸に到着。馬車に乗ったまま庭を抜け、玄関まで行く。
そしてスケルトンの従者にエスコートされて馬車を降りると、メイドが案内に付く。
「鍛冶技術顧問ミルス様、到着なされました」
「おおぅ……」
玄関を開けると、そこには豪華絢爛を形にしたようなパーティー会場があった。
本日の主役であるミルスは、最も遅い時間になるよう呼ばれたようだ。既に他の招待客は集まっていた。
メイドさんの案内で会場の中央に連れて行かれるミルス。そこにはワグバード町長が煌びやかな宝石をこれでもかと身にまとって待っていた。
「皆の者! 本日の主賓が到着したぞ! 盛大な拍手を!」
ワグバード町長が手を挙げると、わぁっ! と拍手が鳴り響く。
「ど、どーもどーも。恐縮です」
「ふふふ、どうかね! 本日は技術顧問殿のためだけにこれだけの夜会を開かせてもらったわけだが!」
「なんていうか、その、畏れ多いというか。いやぁ、あはは」
自慢げな顔(骨で表情筋はないが)のワグバードに、愛想笑いで返すミルス。
余りに過剰すぎて、ちょっと引くほどである。
「では引き続き夜会を楽しんでくれたまえ! 技術顧問殿に乾杯!」
乾杯! と、一同が杯を掲げて、ミルスへの注目が解かれた。
が、ここからさらに主賓、ミルスの元に挨拶に来るわけで、ミルスはその応対に追われることになった。
せっかくのおいしそうな料理を尻眼に、やはりこうなったかとミルスは思う。こんなこともあろうかとあらかじめ軽く食べておいてよかった。主賓がロクに食べ物に手を出せないとか、いったい誰のためのパーティーなのやら、とも。
色々と緊張する挨拶が済み、ようやく一息つくミルス。
もはやぐったり疲れており、帰りたくてたまらない。
「ふははは! いやぁパーティーは楽しいのう! ……おや、お疲れの用だな!」
「え、ええまあ」
「それでは別室で休むと良い! そうだ、今日は泊まっていけ! おい!」
有無を言わさずメイドを呼ぶワグバード町長。既にミルスが泊まっていく準備も万全のようであった。
帰りたいなぁ、と思ったが、折角の好意なのでお言葉に甘えて行くことにする――
*
――と、ここまでがミルスの記憶がはっきり残っているところである。
気が付けば、ふんわり柔らかなベッドの上、ミルスは拘束されていた。腕がある程度以上動かない。足もだ。両手を挙げて寝ている状態で手枷足枷を付けられていた。
「え?」
「む、目覚めたかね! 技術顧問殿!」
声の方向に首を向けると、そこには豪奢に飾り付けられた骨、もといワグバード町長が立っていた。
「まったく、生者は軟弱であるな! 睡眠が必要なのだから!」
「あ、あの。これは一体何が起きてるんでしょうか?」
「む? ああすまないな! 拘束させてもらった! ……革の枷に鎖がお洒落よのう!」
「え? ええ? あの、アタシを拘束したって言いました? ワグバード町長?」
「ああ、我が拘束したわけではないぞ、ちゃんとメイドにやらせた!」
服はドレスそのままなので、脱がされたわけではないようだが。
「何、ちょっと技術顧問殿に頼みたい事があってな!」
「……いや、これ頼み事するって状況じゃないですよね?」
「ふむ、肝が据わっておる! さすが技術顧問殿! ふははははは!」
話が通じているのだろうか、と首を傾げたくなるミルス。
「そんな技術顧問殿には、是非デスパドーレの力になっていただきたくてな!」
「……もうだいぶ力になったと思うのですけれど?」
「ふははははは! そうではない、死んで、我々の仲間になってもらおうという事よ!」
何やら明るい声で物騒な言葉を言うワグバード町長。
「……し、死んで、というと?」
「む? 分からなかったかね? 我のような上級アンデッドになってこの町に永住し、その腕を末永く役立てていただきたいのだよ!」
確認したが、やはり物騒なことだった。
「技術顧問殿の腕前は、希少である故にな! ――特に、3体のスケルトンを1体に組み上げたと聞く。我はこれにアンデッドの新たなる可能性を見た!」
「あー……アレかぁ……」
ミルスがモテなくなってしまった切っ掛けとなる一件のアレである。
でもあのスケルトン、結局うまく動けなかったっけなぁ。とミルスは思う。
「あのようなことを思いついたり、思いついても実行可能なのは技術顧問殿を置いて他に無し! 故に! 技術顧問殿には我々と末永くお付き合いをしたいと考えているのだ!」
「これってプロポーズ、じゃないよねぇ……」
「む? 町長夫人の座がお望みならそのように計らうが?」
「すみません遠慮します」
「であるか」
ばっさりと断るミルス。いくら財力があろうと、この骨の隣に立つ自分の姿は想像できなかった。
「ええっと、その、そもそもアタシ、死にたくないんですけど?」
「だろうな! 生者は大体そう言うものよ! しかし我が操っては技術顧問殿を仲間にする意味がないのでの、是非とも己の意思で同意していただきたい! なんなら順番を入れ替え、上位アンデッドになってから同意でも良いぞ? 報酬の前払いというやつだな!」
「……お断りします」
「そこをなんとか!」
「いやです」
「そこをなんとか!」
あ、これ人の言う事聞かないやつだ。と、ミルスは判断した。
根競べで言えばアンデッドであるワグバード町長が圧倒的に有利である……。
「いやー、でもアタシ、みんなとドラヴールに帰らないといけないんで……」
「そんなことか! 気にするな、技術顧問殿の仲間も皆、我の仲間にしてやろう! さ、これで安心して仲間になってもらえるな?」
「……いやいや。ご遠慮しますって」
「ふむ。技術顧問殿も強情だのう! それでこそ技術者というものぞな!」
何が楽しいのか、カッカッカ、と歯を鳴らして笑うワグバード町長。
「だが、今頃もう技術顧問殿の仲間の方は我が仲間に加わっておるかもしれんぞ?」
「……え?」
「そうさの、その姿を見れば技術顧問殿も羨ましく思い、仲間に入れてくれと懇願するであろう! しばし待たれぃ!」
そう言って、ワグバード町長はローブを翻して部屋から出て行った。
ミルスには、ワグバード町長が何を言っているのか、全然分からなかった。
だが、なにかとてもよくないことが起きている気がする、そんな気がした。
「……でもせめてトイレくらいは行かせてくれるよね? ねぇ。ちょっとだれかー!」
あとそれとは別に、乙女の尊厳的なピンチがすぐそこに差し迫っていた。