027
そんなこんなでデスパドーレにきて早2ヵ月が経過した。
つまり俺達も冒険者として討伐依頼なんかをこなしたりしてたわけだ。
で、今討伐で狩ってるメインターゲットはスケルトンとゾンビである。
……野良ゾンビは腐ってて臭いわ、外傷がグロいわ、特に人間のやつは重傷人を相手にしてるみたいで気が引けるわで、控えめに言って最悪な敵だった。
一方スケルトンは野良でも比較的臭くなく、すがすがしいまでに骨なので逆にグロくなく、モロに動く死体という感じで気が引けることもない、割と戦いやすい敵だった。
だから当初はスケルトンだけ狙おうと思ってたんだが、いかんせんゾンビの方が数が多いというか、ゾンビの方が活動的で見つけやすいというか、まぁそんなこんなでゾンビも狩ることに決まった。
(尚、肉付きのスケルトンだか骨が出たゾンビだか区別の難しいのは全部ゾンビとする)
まぁそれでもこのあたりのはゾンビ同士が共食いで肉部分が無くなるのでほぼスケルトンのゾンビが多かったりもするが……
故に、一週間くらいでゾンビも狩ることになった。
そして最初はゾンビの討伐のたびに鼻を詰まんでいたものだが、人間の身体は案外慣れるもので、次第に平然と鼻栓もなくゾンビを狩れるようになった。
防水布で包んでしまえば運んでてもそんな臭くないしな。
……防水布はギルドからのレンタルだぞ。ゾンビ運搬用途に限り無料で貸してくれるんだ。買い取りできる程安くはなかったし、ゾンビにまみれた布をいちいち洗濯しなくていいのはありがたい。
安かったら防水シュナイダーも作れたのにとローラがぼやいていた。
まぁ、シュナイダーでゾンビ相手に立ち回るのはいまだにローラから許可が出ないけどな。シュナイダーはスケルトン用ハンマー係だ。
というわけで俺とローラはすっかりこの町の冒険者稼業に馴染み、今では馬車の荷台に野良スケルトン(討伐済み)や野良ゾンビ(討伐済み)を乗せて町の中を行くのも慣れたもの。
ついでにメリーさんも馬車の荷台でアンデッドが復活しないか見張ってくれている。
ちなみにメリーさんはメイド服を着ていた。
なぜかって? ローラが着せ替え人形にして遊んだ結果だったんだが、メリーさんがこれを気に入ったのだ。
そしてこれが俺にも都合が良かった。
俺の近くにいないと動けないメリーさん。どうして近くにいるのかと聞かれると、いちいち俺のスキルから説明しなきゃならなくて面倒だ。だがこれがメイドさんが主人の近くにいるのであれば、なんもおかしくない。おかしくないからまず聞かれない。説明も不要。聞かれても「メイドだからな」で済む。
というわけで、メリーさんの服装になんだかんだメイド服が定着してしまった。
……メイドさんプレイというのもなかなか悪くないと思っているのは、俺だけの秘密だ。
「よぉルーカスさん。仕事帰りかい」
「おう。見てくれ、大漁だぜ」
「ほほう。こいつはいいスケルトンだ。いいね、卸したら買わせてもらおうかな……ちょっと安くならないかね?」
「ははっ、そいつはギルドに言ってくれ。俺達はただの仕入れ業者だからな」
荷台の上で防水布に包んだゾンビについてはギルド経由で加工処理されてから民間に卸される。
どういう処理をしてるのか知らないし、直接販売なんてできようはずもない。ギルドの独占市場と言ってもいいのだが、ちゃんと安定した価格で買い取ってくれるのはありがたいな。それも、売る側も労力に見合うと言える値段で。
まぁそんなこんなで、俺達はすっかりデスパドーレの冒険者生活に馴染んでいた。
*
「いやぁー、最初思ってた以上に快適だなこの町は」
「そうですね。死者の町というから緊張してた頃が馬鹿みたいです」
今日は休日と定めた俺とローラ、ついでにメリーさんは、街角のオープンカフェにやってきていた。
デスパドーレの物価は安く、ドラヴールなら敬遠する『カフェでお茶』なんかもお手頃価格で楽しめるのだ。
デスパドーレ産の紅茶に、デスパドーレ産の砂糖を小さじ2杯。
ほんのりとした甘みを付けた紅茶の香りを楽しみつつ、くいっと一口。
……ああ、なんて優雅な休日なんだ。
「……ご主人様、紅茶のお代わり……は?」
「それが言いたかっただけだろメリーさん、まだ一口しか飲んでねぇよ」
メイドさんプレイを楽しんでいるなぁメリーさん。
尚、あくまでごっこ遊びなので、給料も発生しなければ料金も発生しない。
「いやぁ、はじめはどうかと思ったけど食費とか安いし良い町だなぁ」
「そうですね、住めば都といいますか……」
ちなみにこうしてオープンカフェでのんびりしている人は非常に多い。金があまりかからないのも理由の一つだが、人手が必要な忙しい仕事はアンデッドに指示を出しておけば基本的に放置。たまにちゃんとうまくできてるか見回るくらいで、誰も忙しくないのだ。(ただし労働力のアンデッドは除く)
そしてアンデッドは食費もかからないし、反抗もしないとくれば、労働力として理想的すぎるのだ。
「アンデッドさまさまってやつだな」
「ですね」
ローラはのんびりと刺繍をしながら返事する。
そういや何縫ってんだ? と覗き込む……ほう、シュナイダーの刺繍か。やはりローラ。
「【裁縫】スキルでばばーっと作るんじゃないのか?」
「分かってないですねルーカスさん。【裁縫】スキルは早く縫うだけじゃないんですよ。それに、こうしてじっくり丁寧に作るのがいいんじゃないですか」
「……それもそうか。せっかくのんびりできるんだもんな」
「はい。あ、このハンカチ、完成したらルーカスさんにあげますね」
シュナイダーの刺繍入りハンカチ……オッサンが使うには大分かわいい気がするが、今更か。
「これの次はシュナイダーシャツ作りますから、着てくださいね」
「せめてワンポイント程度にしてくれよ?」
「……まぁ刺繍しすぎても着心地に影響しますからね」
背中に龍の刺繍入れるスカジャンみたいなのだったらまぁ着心地には影響ないだろうけど、シャツだからな。襟元とか胸元にワンポイントくらいでいいよ、消耗品だし。
「つーかよ、食事が美味過ぎてホント帰れるのか心配になってきたよ俺は」
「ぁー。確かにそれは……」
ここに来たときに門番さんに言われた事だったのだが、洒落にならないレベルで野菜が美味かった。そんな野菜を食べて育った家畜の肉が美味いのも言うまでもない。それでいて値段はドラヴールと同程度かもっと安いかである。
この付近に出るモンスターはアンデッドばかりなので家畜肉しか出回っていないが、十分すぎる美味しさだった。
そしてそれを調理するのは、技術顧問の仕事も慣れて随分余裕が出てきたミルスだ。
この余裕というのは時間的な余裕を意味する。――つまり、凝った料理が出てくるのだ。
美味しい食材に凝り性の料理人。この組み合わせによる成果物は、なんというか、約束された美味さであった。
しかも鍋かき回すのに借りてきたスケルトン使ったりして、空いた時間でさらにもうひと手間とか。ミルスもすっかりデスパドーレに馴染んでいるのであった。
……ドロシー? ああ。あいつはそんなミルスのご飯食べたら泣きながら「うぇぇぇん! この美味しい野菜作ったスケルトンにも負けないカカシ作るぅうう!」って叫んで引きこもって、もはや木彫りの彫刻と言わんばかりの大作を作ってるよ。
なんつーか、金剛力士像みたいなリアルさ。しかもメリーさんを参考にして作ったので、関節も動く代物を作る予定らしい。2か月たった今でもまだ完成していない。
1分の1アクションフィギュア、金剛力士像……完成したら凄い戦力になりそうだが、細部にこだわり過ぎているので修復が難しくなりそうだ。
このまま、穏やかな日々が続いて行くのであれば……うーん、移住しても良い気がしてきた。
なんといってもちゃんとした部屋があるというのが良い。ドラヴールに戻ってもテント生活だもんな……
い、いや! 違う! ここで稼いでドラヴールに新ルーカス邸を立てる、それこそが俺の目的だった!
くっ……俺め、すっかりこのデスパドーレの腑抜けた空気に染まってしまっていたらしい。
「なんというか……平穏すぎて逆に怖い所だな、ここは」
「……あー、そうですね?」
ローラは危機感を含んだ俺の一言に、刺繍をしながら上の空で答えた。




