024
#Sideローラ
無事デスパドーレについたミルス一行。道中の護衛であるルーカスとローラは本来宿をとって滞在するべきではあるのだが、デスパドーレ町長の好意により一つの屋敷を借りて、一行まとめて滞在できることとなった。
で、そんなわけで借り受けた屋敷なのだが、客間含む寝室の数だけで6個もあった。
「……最初のボロボロの時点でルーカスさんの家より上だったけど、これはますます勝てないね!」
「言うな! それは俺に効く!」
嬉々としてルーカスをからかうドロシーに、苦笑するローラとミルス。……メリーは文字通り人形の如く無表情なのでよくわからない。
しかもこの屋敷には風呂場や台所、鍛冶場まで付いており、その気になれば少し改装するだけで店が開けてしまいそうなくらいだった。気に入ったら永住してくれて構わない、と言う町長の本気っぷりが窺える。
「これはルーカスさん家が負けても仕方ないね。アタシん家より凄いし」
「だよな! 比較する時点で間違ってるんだ」
「そうですね、私の家も圧倒的に負けてます。ドロシーの実家もですよね?」
「む、確かにローラの言うとおりね。ごめんルーカスさん、少し言い過ぎたわ」
「いやそこで謝られると逆にマジっぽくてキツイから笑い話のままにしてくれよ……」
「……負けてるのは事実だしそこは認めよ?」
「そうなんだけどもぉ!」
オーバーリアクション気味なルーカスに、あはは、と笑いがこぼれた。
「それはさておき、さっさと自分の部屋を決めちまおう! せっかくこんないい家に泊まれるんだしな」
「あれ、ルーカスさんも泊まるの? 外聞がどうのとかで別に宿とる可能性を見てた」
「……ここまできて俺だけ仲間外れは寂しいだろ」
いい歳したオッサンのくせにそんな可愛いことをポツリと言って「部屋は分かれてるし個別に鍵もかけられるみたいだしアパートみたいなもんだよ、うん」と自分に言い聞かせるように言い訳するルーカス。ローラ的には1.3シュナイダーくらいを記録した。
「あはは、まぁ『旅の恥はかき捨て』って言葉もあるしね。永住するならともかく、気にすることは無いんじゃないかな。ルーカスさん最初に決めていいよ?」
「いやここは借り主であるミルスが最初に決めるべきだろ」
「そんなら、アタシはルーカスさんの隣にしよっかな。はい、ルーカスさん決めて?」
ミルスの一言に、すっとローラが手を挙げた。
「ん? どったの?」
「……私はその反対隣にします!」
「ほう」
「あ、じゃあ私真ん中のこっちの部屋にしよっかなー。日当たりよさそうだし」
ドロシーが自分の部屋を決めた。
サイコロの6の目のような配置の部屋であるため、各々の意見を通すと自動的にルーカスの部屋も決まる。あとは、右隣か左隣かをミルスとローラが決めるだけになった。
「……ドアは内開きだからいいとして、ベッドの配置がこう……うん、じゃ、アタシこっちね」
「え、あ、は、はい」
なぜドアの開き方とベッドの配置を気にしたのか分からないが、とにかくルーカスを囲むように部屋の配置が決まった。
「なんか結局選べなかった気もするが、まぁいいか! よーし、これから3カ月住む部屋だ、しっかり確認するぞー!」
なんだかんだしっかり住める拠点が嬉しいのだろう、ルーカスは喜び勇んで部屋に入っていった。ちなみにルーカスが部屋に入るよりも先にメリーさんが転移して入っており、「い、一番乗りが……」とうなだれていたのはここだけの話だ。
もっとも、部屋の中はスケルトン達が掃除していたので埃一つ落ちていない綺麗なものだったことを付け加えておく。
*
さて、そんなこんなでデスパドーレで初めての夜。ルーカスの隣の部屋になったローラは、寝間着姿にスリッパという格好でそーっと部屋を出た。
暗い廊下をキョロキョロと見渡し、誰もいないことを確認してそそくさとルーカスの部屋の前に移動し、コンコンと小さくノックした。
「んー……?」
「あ、あの、ルーカスさん。少し良いでしょうか?」
「ローラか? 今開ける」
がちゃりと、鍵もかかっていなかった扉が開けられて少し眠そうなルーカスが顔を出した。
「寝てましたか?」
「いや、これから寝るところだった。どうしたローラ?」
「あー、その、ですね……は、入ってもいいですか?」
「ん? いいけど。……あ、そこでスリッパ脱いでくれな、俺の部屋は土足厳禁ということにしたから」
「あ、はい。そうなんですね」
「折角ここまで綺麗になってたしな。裸足ってのも良いもんだぞ、水虫にならないし」
「……」
「ち、ちがうぞ? 俺は水虫じゃない。予防だから。これは水虫予防のため! な!」
そういえばルーカスはアパートでも室内では靴を脱いで生活しているようで、スリッパが置かれていた。そういう習慣を持った国とかもあるらしいが、ここではより本格的にスリッパも脱ぐようだ。
扉のすぐ近くで素足になってルーカスの部屋に入ると、部屋の中はカカシやぬいぐるみが飾られているようで、大変可愛らしい空間になっていた。特にローラ的にはシュナイダーのポイントが高く、良い部屋にアレンジされてるな、とほっこり笑顔になる。
「それで、こんな夜中に何の用だ?」
「えーっと、その……」
ローラは少し緊張して、ゴクリと唾をのんだ。
これから言う一言は、とても恥ずかしい一言。ぐっと勇気を振り絞り、ローラは顔を赤面させつつルーカスに向かって口を開いた。
「……こ、怖くて眠れないので、一緒に寝たいんです……けども……」
少し上ずった声になってしまった。それがまた恥ずかしさを掻き立て、ローラは耳まで真っ赤になる。
「だ、だってほら、あれですよ。デスパドーレですよ? お化けとか出たら怖いじゃないですかっ! ね、だからその、頼りになる存在と一緒に居たいと言いますか、えとっ、ここのベッド2人くらいなら普通に眠れそうですし丁度いいとかっ、そのっ」
聞かれてもいないのに、早口気味に用意していた言い訳を口にする。
……もっとも、本当に怖い訳ではない。お化けが怖くて討伐依頼ができるものか。単にローラは、この機会にルーカスとの距離を縮めてしまおうと、そういう考えであった。
「あー、なるほど。本当はお化けが怖かったのかローラ。可愛いとこあるじゃねぇの」
「~~ッ」
くっく、と小さく笑うルーカス。ローラは可愛いと言われて言葉に詰まってしまった。
「普段は可愛くないとでも?」
「いや、そうだな。ローラは普段からも可愛いか。失敬失敬」
「~~~~ッ!」
たはは、と締まらない笑顔で謝るルーカス。
こういうところだ。ルーカスのこういうところがローラの心をかき混ぜてくる。
「み、みんなにはナイショですよ? ルーカスさんだから言ったんですっ」
「そっかそっか。信頼されてて嬉しいよ。……でもあれだぞ。他はさておき、この部屋はマジで出るぞ?」
「脅かさないでください。ますます一人で寝られなくなってしまいます」
「いやほら、メリーさんが。今は角部屋で寝かせてるけど朝になると自動で来るからなアイツ」
「……そういえばそうでしたね?」
なんかもうすっかり慣れていたが、良く考えたらルーカスは呪いの人形に取り憑かれている心霊現象体現者であった。お化けとか怖いとかいうならまず避けるべき一人目であった。
「というわけで、こいつを貸そう」
そう言って、ルーカスは無造作に部屋の中に座っていた大きなシュナイダー――戦闘用のビッグシュナイダー――をローラにぼふっと渡した。
「え、えと」
「何、遠慮するな。俺達パーティーの共有財産というか仲間のシュナイダーだ。普段は俺が預かってるが、ビッグシュナイダーと一緒にいる権利はローラにだって当然ある。シュナイダーと一緒に寝るなら怖くないだろ?」
「わ、わぁい! シュナイダーと一緒なら怖くないですね!」
「だろ!」
名案だろ! と親指を立ててニカッと笑うルーカスに、若干の苦みを含みつつも笑顔で誤魔化すローラ。なんというか、その、この残念さもルーカスなのだ、と、そう思うしかない。
この場にいる名目をすっかり失ったローラは、シュナイダーを抱えつつそっと部屋を出た。
「……はぁ……」
「なぜそうなるのか。どう思うドロシー?」
「いやー。これはローラの日頃の行いが悪いんじゃない?」
ミルスとドロシーの声に、はっと振り向くと、ルーカスの隣部屋――ミルスの部屋から、2人が顔を出しているのが見えた。……扉の位置を確認してたのは、そういうことか。
「……なにしてるんですか2人して」
「えー、私ひとりじゃ怖くて眠れないからミルスと寝ようかとー」
「ここのベッド2人くらいなら普通に寝られそうだからねー」
ニヨニヨと笑みを浮かべる2人に、かぁっと顔を赤くするローラ。間違いなく聞かれていたようだ。
「アタシ小さいからもう一人くらいいけそうだし、3人でパジャマパーティーでもする?」
「きょ、今日のところは寝ます……」
「はーい、それじゃまた明日ね。あ、応援してるからねローラ!」
「うううー!」
親指を立てて部屋に引っ込む2人に、ローラはぎゅっとシュナイダーを抱きしめる。……ほんのりルーカスのニオイがした。