006
「というわけでな。俺が自分でダサい使えないと思ってたスキルを、クララちゃんのおかげで見直すことができたんだ」
「そ、そうだったんですか。すみません、人攫いとか言っちゃって」
ぬいぐるみのダンスを見て落ち着いたところで、クララちゃんの姉――ローラは、ようやく俺の話を聞いてくれた。
危なかった。美味しいもの奢ってあげると言って連れまわしたのは事実だったので、ちゃんと悪意が無かったと分かってもらえなければ留置所にぶち込まれていてもおかしくなかったぜ。
「クララ、道から飛び出すときはちゃんと横を確認しなさいって言ったでしょ! それと、知らない人についてっちゃだめってお母さんにも言われてるでしょ!」
「うう、ご、ごめんなさい……」
「いやいや、いくらすぐ済むと思ったからって道端に放置しておいたローラも悪いだろ」
「うぐっ……そ、そうね。今日は私も悪かったわ。だからこれでお説教はおしまいよ」
ぱぁああ、と笑顔になるクララちゃん。うん、顔に出やすい。
「あー、その、すまなかったな。こっちも勝手に連れまわしちゃって」
「いえ、ルーカスさんが泣いてるクララをあやしてくれたってのは分かりましたし。ありがとうございました」
「ルーカスおじちゃん、ありがとー!」
「……その、むしろ何かお詫びをしたいんですが……」
「え? いいよそんな――」
――と、言いかけて、そういえば指名依頼を出してぬいぐるみを作ってもらうつもりだったことを思い出した。
「――その、猫のぬいぐるみはローラが作ったって聞いたんだが」
「はい。シュナイダーは私が作りました」
その名前にはこだわりがあるのかね。
「……うん、シュナイダー。それで、同じのをひとつ、作ってくれないか? その、材料費と手間賃は出すからさ。指名依頼ってことにしてもいい」
「えっと、その、つまり……」
怪訝な目で俺を見るローラ。
「……私の古着や下着を使って作ってほしい、ということでしょうか?」
「いやいやいや、そこまで同じにしなくていいから!」
「あ、そうですか。安心しました」
そう言って胸をぽふっと手を叩く。
「えっと、つまりルーカスさん専用シュナイダーを作ればいい、ってことですか?」
「そうなるな」
さしあたって、懐はシュナイダーのおかげで暖かい。地味にさっきローラを落ち着かせるために踊らせたのでも投げ銭がもらえたからな。
「分かりました! せっかくなので、ルーカスさんの人形劇に映えるようにカスタムしてもいいですか?」
「え、カスタムとか頼んでもいいのか?」
「はい! 材料費、出してくれるんですよね? ならその、着せてみたい服とかありましてですね……」
……ふむ。カスタムか。……それならいっそ、もっと大胆に――
「戦闘用、とかって作れるか?」
気付けば俺は、そんなことを口にしていた。
「はい? 戦闘用、ですか?」
「ああ。俺はこの通り冒険者でね、せっかくなら戦いにも使えるような人形が欲しい」
「えっ、大道芸人じゃなかったんですか!」
「違うよ! どっからどう見ても冒険者だろ! ……だろ?」
「あ、言われてみればそうですね。でも、戦闘用ですか……それはつまり、シュナイダーを動かして、使って、戦う、ってことですか」
言われてみると、そういうことになるな。我ながらぬいぐるみを武器にするってのはなんともおかしさを感じるところだ。
「作ったものを戦わせるのは嫌っていうなら、別にいいんだが」
「いえ! むしろやらせてください、シュナイダーはハンターな猫なんです。だからモンスターだって狩れちゃうんですよ! そもそもシュナイダーは私が小さいときにお母さんから聞いた物語に出ててきた猫の冒険者で――」
「あー……そ、その話、長くなるか?」
「何言ってんですか、一晩だって語れますよ? 寝物語なのに全然寝てくれないって、お母さんは私にシュナイダーの話をしなくなったくらいですから」
何この子、どんだけシュナイダー好きなの。
「わ、分かった。そんならとにかく戦闘用のシュナイダーを一丁頼む。とりあえず銀貨3枚分渡しておくから」
「はい! 任せてください! ルーカスさん専用、戦闘用シュナイダーですね! ああ素敵、まさか本当にシュナイダーが生きて動いてモンスターと戦うだなんて!」
戦闘用シュナイダー、って言うとなんかカッコいい。しかも専用機か、ツノ生やしたり赤いカラーリングにしたりしてみたくなるな。
とりあえず、俺は目をキラキラさせてるローラに銀貨3枚分の金を手渡した。
……あ、懐が一気に寒くなった気がする。だが一度決めたことだ、任せよう。
「それじゃ、頼んだぞ」
「はい! お任せあれ!」
そう言ってローラは早速材料を買いに行ったのだろう、走って行った。
クララを置き去りにして。
「……えっと」
「ルーカスおじちゃん。おねーちゃんはね、ああなったら止められないのよ」
「お、おう」
どこか達観したクララちゃんに、オジサン少し動揺しちゃったよ。
ローラ、本当にどんだけシュナイダーが好きなんだか。
「その、クララちゃんは一人で帰るのか? なんなら送ってくけど」
「んー、だいじょぶ! シュナイダーもついてるから!」
そう言ってクララちゃんは猫のぬいぐるみの手をぶんぶん動かす。
「そいつは頼もしいな。家はこの近所か?」
「うんっ!」
「そうか。なら護衛をしっかりがんばれよ、シュナイダー」
俺は猫のぬいぐるみの頭にぽんぽんと手を置いて撫でた。
その後、そういえば連絡方法を決めるのを忘れていたことに気が付いた。
しまった。この世界ケータイとか無いじゃん……しかもそういう連絡先すら聞いてないから日本だったとしてもだめじゃん……
再会することに賭けて、クララちゃんと出会ったあたりをうろうろするとか……ただの不審者だよなぁ。やめやめ。
俺はギルドの酒場で酒を飲んでいた顔見知りに相談してみた。
「というわけなんだけど、どうしたらいいかな」
「普通にギルドに入り浸ってたら顔出すんじゃね? そのローラちゃんってのも冒険者なんだろ」
「でもよ、この時間で、っつーか長年ギルドに入り浸ってる俺が見たことないってことは定期組だろ? いつ連絡が取れるかわかったもんじゃないだろ……」
定期組、というのは、俺達のように単発の依頼をこなすタイプではなく、決まった期間の仕事を受ける――いわば、長期アルバイトをこなす者達のことだ。こいつらはそのまま仕事先で正社員への道も見える。もちろん真面目に働くことが条件だ。
単価が低くて拘束時間が長いため、人気はあまりない。
昔の俺は夢の無い奴らだ、とバカにしていたもんだが、今となってはそっちの堅実な道がどれだけ眩しいか。安定収入っていいよなホント。
あー、カッコつけて銀貨3枚分も渡さなきゃよかった。せめて2枚にしておけば、今頃一杯やれたってのになぁ。
「はぁぁ、なんで連絡先聞いとかなかったんだ俺。クララちゃんを家まで送っておけばよかったわ」
「つーか、依頼で伝言出しておけばいいだろ。そうすりゃ誰か知ってるヤツが依頼受けてその子に教えてくれるし、なんなら本人が気付くかもだろ? ギルド員同士の伝言ってことなら格安で引き受けてもらえるんじゃねぇの」
おお。その手があったか。それは盲点だった。
……いや、そもそも俺はローラに指名依頼を出すつもりだったのに、なんでそのことが頭から抜けていたんだろう。……歳のせいかな、認めたくないものだ。
「あ、そっか。そいつは名案だ、サンキュ」
「いいってことよ。なんならこの一杯を奢ってくれてもいいんだぜ?」
「スマンが懐がスッカラカンなんだ。これからその依頼を出す金を稼ぐための依頼を受けてくるからまた今度な」
「ハハッ、お互い貧乏はつらいねぇ!」
俺は早速ギルドのカウンターに向かった。
さーて、楽そうでそこそこ稼げる依頼は無いかなっと……