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(ちょっと汚い話です。お食事中の方は注意)
「ちなみに技術顧問ってことは先生だからね。あっちには3カ月くらいいて仕事を教える予定だよ」
とのことなので、前のシーフォールへの出稼ぎよりさらに長い期間、デスパドーレに滞在することになるようだ。
別に俺達だけ一度帰ってもいいとは言っていたが、折角だし俺達も3カ月滞在するつもりで支度している。何事も経験というか、一度帰ってまた迎えに行くのが面倒というか。
野良アンデッド退治とかで討伐系の仕事はあるらしいので、その様子見してから決めても遅くはない。
「デスパドーレは農業で人件費がかからない分、食料品とかすごく安いんだって。現地消費なら輸送費もかからないから人が殆ど働かないでも生きていけるレベルで。ある意味天国みたいなところらしいよ」
「マジかよ」
そんなところに3カ月もいたら、貯金もがっぽがっぽ増えてまた家が増築できちゃうのではないか。いやできるに違いない。そんな期待もこもっている。
というわけで、俺達は乗合馬車に乗ってデスパレードに向かうことになった。
「……ギルドもケチ臭いよな、馬車貸してくれればいいのに」
「護衛の分込みで交通費出してくれるだけマシじゃない?」
今回の馬車は貴族向けの高級な馬車とはちがって結構ガタガタ揺れる。それでもバネつかって振動吸収してたりとかするらしいのだが、そもそも道があまり良くないのだろうか。
あだっ、舌噛んだ。……大人しく黙ってるか。
……ガタガタガタゴト。
がったんがったん。
ゴロゴロばんっ(唐突に跳ねた音)ゴトゴト。
……暇だ。
これならいっそ俺が御者をしてカカシに馬車ひかせた方が良かったかもしれない。どちらにしても暇なら、幌馬車の中でガタガタ揺れる木の座席ではなく、外の見える御者台の方が代わり映えして良いだろうに。
……というか、やべ。酔った。吐きそう。
「す、すまん。後ろ、いいか」
「ん、どうぞ」
後ろの方に座っていた商人の男が快く場所を開けてくれる。
ありがとう。俺はたぶん青ざめた顔色で笑顔を作り――そしてオロロロロロ。馬車の後ろから外へ向かって盛大に吐いた。
汚いかもしれんが、エチケット袋なぞ無い。俺の朝飯は道にばらまかれ、そして大地に還り、やがて花が咲く(かもしれない)のだ。
「冒険者さん、馬車は初めてかい」
「……ああ。本物はよく揺れるな……」
「なんだそりゃ。偽物になら乗ったことがあるみたいな言い方だね」
「前はたまたま貴族の馬車に乗せてもらえてな。ありゃ揺れないからこいつとは全くの別モン……うぉっぷ、オロロロロ」
小粋なトークも締まらない。俺は2回目の肥料散布を済ませて、ようやく人心地付いた。……それでも、ふらふらりと頭が揺れるようで気持ち悪いし吐けない吐き気が心地悪い。
「こっちが本物じゃなくて、貴族様のが本物の馬車ってやつなんじゃないかね」
「いんや、いつだって今俺達がいるその所こそが本物なのさ……」
「馬車の話じゃなかったらもっとカッコいいセリフなんだけどねぇそれも。ほれ、水を奢ってやろう。喉洗っとかんと痛くなるぞ」
「おお、ありがたや、ありがたや……」
ぽいん、と親切な商人さんが小さな水の玉が空中に浮かばせる。俺はそれにちゅぅと口付けて吸い、ガラガラと喉を洗いつつごくんと飲み込んだ。ぷはぁ、生き返ったぜ。
「ついでに酔い止めは要るかい?」
「……酔う前に欲しかったな」
「それだと高く売れないじゃないか。ま、普段と同じ値段だから気持ち的な話だがね」
俺は財布から小銭を出して商人さんから酔い止めを買うと、早速一つ飲んだ。水もおまけしてくれた、仏かよこの人……あ、なるほど。こういう効果を狙ってるわけね。
と、そこにニコニコしてるミルスがやってきて、俺の背中をさすってくれる。
「ルーカスさん大丈夫ー? まだ先は長いよー?」
「……大丈夫、たぶん。というか、ミルスは平気なのか?」
「うん、なんか平気」
くそう、すごく羨ましい。
ちなみにローラも平気そうだったし、ドロシーも澄まし顔だ。くそう、一人くらいいてもいいんだぞ、ゲロインとか。
……ん? いやまて、よく見たらドロシーの顔色白というか青くない? よく見たら目線がプルプルと震えてる。あー。酔ってるなこれ。お仲間だから分かる。
「ドロシー、我慢しないでこっちに来てゲロっちまえよ。楽になるぞ」
「は、はぁぁ? わ、私大丈夫、だし。酔ってない、しぃ?」
声が上ずってるし目が限界近いのかヒクヒクしてる。
「我慢は体に悪いぞ?」
「び、美女は、ゲロしないもん……っ」
「大丈夫大丈夫、美女はゲロしても美女だから」
「しない、のっ……!」
隣のローラがドロシーを見つめる。その瞳はどことなく優しい。
「な、なによローラ」
「まだ我慢できる、ってうちに吐いといた方がいいですよ。私、昔それで馬車の中を大参事にしたことがありますから……」
「なん……だと……?」
ここでローラが過去の告白。なんということか、ゲロインはすでにいたのだ。
「限界は急に来ますから。さ、ドロシー?」
「……ううう……し、失礼します……」
そっと道を開けてくれる優しい乗客たち。(単にブチ撒かれては敵わないという理由かもしれないが)
俺も、ドロシーにベストポジションを譲ってやった。
「……見ない、でよ?」
「あ、うん」
涙目のドロシーに、俺はそっと目をそむけた。
ドロシーの肥料散布はしめやかに行われ、その後商人のオッサンがやさしく水を提供してくれた。同時に酔い止めセットを購入したのは言うまでもない。
*
少し楽になった俺は元の席に戻る。……揺れにも少し慣れて、舌を噛まないようこっそり喋るくらいは出来そうな気がしてきた。
「しかし、ローラはこれを克服したのか……?」
「ふふふ。ええ、バッチリ克服しましたよ」
ふふん、と自慢げに鼻を鳴らすローラ。
「こんなのどうやって克服すればいいんだよ」
「よくぞ聞いてくれました。……これです!」
そう言ってローラは左右の手首に巻いたリストバンドを見せつける。
「シュナイダー刺繍入りのリストバンド? お守りか」
「ええ、まぁお守りみたいなものなんですが――これは通称酔い止めバンドと呼ばれる代物なのです」
「酔い止めバンド?」
なにそれ。なんてチートアイテム。
するとローラはぺらっとリストバンドを裏返す。そこには半球型のボタンが付けられており、ローラの手首内側、指3本分くらい下がったところにそのボタンの跡がついていた。
「このボタンが肝心なんですが、手首のここの位置を押さえると、なんやかんやで酔わなくなるんですよ」
「なんやかんやってなんだよ」
「詳しくは忘れましたが、血の流れがどうのとかで……とりあえず、商人ならみんな知ってるおまじないだってお父さんが言ってました。でもこれ、一度も馬車の揺れや乗り物酔いを味わったことのない人には教えちゃダメなおまじないだそうで」
言われてよく見れば、さっきの商人さんも手首にリストバンドを巻いていた。こちらの話を聞いていたのか、見せつけるように手をひらひら振っている。苦笑する俺。
「……なぁローラ、それ俺も欲しいんだけど」
「宿場に着いたら作ってあげますね。今日のところはさっきの商人さんの酔い止めで良いと思いますし」
「ローラぁー、私もー」
「あ、じゃあ折角だからアタシも欲しいな。一人だけないのは仲間外れみたいでいやだし」
「いいですよ、えと、さすがに刺繍までは間に合わないかもですけど」
ついでにドロシーとミルスも欲しがったが、ローラはニコリと微笑んだ。
ローラってば女神かよ……あ、こういう効果。狙ってた?




