017
俺とローラは、シーフォールのお土産と土産話を携えて、ミルスとドロシーの元へやってきた。(ちなみに呪いの人形は家(予定地)の物置に置いてきた。デカくて邪魔だったし)
久しぶりの鍛冶屋ミルス。その佇まいは、以前と変わらず俺達の前にある。当然だが。
「いやぁ、ここは変わらないな……」
「何言ってるんですか。むしろ1ヵ月でそんな変わってたら逆に驚きですよ」
「それもそうか。俺んちじゃあるまいし」
「ルーカスさんの家は……はい」
「……おう」
なんと1日で倒壊したもんね。ちくしょう。
微妙な沈黙はさておき、今は昼間。普通に営業時間なので、俺達は普通に鍛冶屋の入り口から入る――と、そこにはカウンターでぐーすか居眠りしているドロシーの姿があった。気持ちよさそうにヨダレ垂らしてる。
「おいミルスー。店番寝てるぞー」
「ひゃ!? ね、寝てない! 寝てないよ!」
俺が店の奥に声をかけると、その声でドロシーは起きた。寝てたじゃねぇか。顔とカウンターがヨダレまみれだぞ。
「なーに、また寝てたのドロシー。そんなんじゃお小遣いはあげられないなー」
「お、起きてたし。自然を感じてボーっとしてただけだし。って、あ、ルーカスさん、ローラ! 久しぶり!」
ドロシーは元気に挨拶した。顔とカウンターについたヨダレをごしごし拭きつつじゃなかったら本当に起きていたと騙されるかもしれない良い声だこと。さては常習犯だな。
と、ミルスもひょいっと奥から顔を出してきた。
「よう、元気してたか?」
「お久しぶりです」
「おかえり二人とも。シーフォールはどうだった?」
ほんにゃりとした笑みを浮かべるミルスを見て、「ああ、帰ってきたなー」という気持ちになる。……うん。なんでだろう。ミルスはお母さん枠なんだろうか。合法ロリなのに。
とりあえずお土産の干物とか調味料とかを渡す。ドロシーには海で拾った貝殻だ。
「とりあえず稼げたよ。ばっちり稼げたから前にミルスに紹介してもらった大工に小さな家を建ててもらうことになった」
「おおっ、おめでとうルーカスさん! これでやっとテント生活から脱出だねぇ」
「といっても、まだまだ当座をしのぐ寝るだけの場所ってだけだな。理想の家とは程遠いぜ」
コンテナハウスというか、モジュール工法というか。とりあえず増築前提で建ててもらっている。「増築するのが前提ってのは面白いな」って言ってたから、さりげなく知識チートしてしまったのかもしれない。
……増築に増築を重ねても今度は人型にならないようにしないとな!
「まぁなんでも明日にはできるらしい」
「へー。じゃあ折角だし今日は泊まってきなよ。なんならローラもどう? 二人の帰還祝いってことで、晩御飯、腕によりをかけちゃうよ? お土産の干物も使えるかなー」
「……だそうだけど、お世話になっちゃっていいかなローラ」
「いいんじゃないですか? あ、私も手伝います。お料理覚えたいので」
「そうだね、その気持ちは大事だよ」
というわけで、ローラと一緒にご相伴にあずかることになった。
「それにしてもルーカスさん、このお土産センスないんじゃないかしら。貝殻って」
「そうか? ほら、耳に当てたら海の音とかしない?」
「するわけないでしょ何言ってんの」
サザエとかホタテっぽいのとか、こっちじゃ見ないから良いと思ったんだけどな。
「せめて中身が欲しかったなぁ」
「……ああ、それは代わりに食べておいた。美味かったぞ」
「ちなみに今持ってるそれ、ルーカスさんが食べた壺焼きのですね」
「ゴミじゃん! 食べかすじゃん!」
否定はできない。
「あー、その。貝殻は砕いて畑にまくと肥料になるらしいぞ?」
「私、畑が本業なんだからそれくらい知ってるわよ! ちなみにモンスターの骨の方がいい肥料になるんだから。スタンピードの時のが掃いて捨てる程残ってるし、貝殻なんて無価値よ無価値!」
「あ、私からはこれを」
「きゃー! なにこれ可愛い!」
そう言ってローラの渡したお土産は、小さなガラス瓶に海の砂と小さな貝殻を入れてコルクで蓋をした、いわゆる『星の砂』的な小物だった。
「こういうのよ、こういうの。ルーカスさんは見習いなさい」
「……砂と小瓶が追加されただけで貝殻なのは同じじゃないか?」
「全然違うわよ。ルーカスさんにはこのセンスが分からないのかしら」
「シーフォール定番のお土産の一つですからね。『海の砂』って言うんですが。ミルスさんもどうぞ」
「おー、可愛いね」
ミルスも喜んでいる。ぐぬぬ、お土産勝負は完全に負けだな。いや、勝負とかしてないけど。
「そうだ、武器や防具の点検もしてく? もちろんお代は頂くけど」
「お願いします。やっぱり海だと金属が錆びやすいですからね」
「俺も頼むか。2、3日はゆっくり休みたいから急がなくてもいいぞ」
「じゃ、点検は明日にしようか。今日はアタシ、料理に集中するよ」
「あ、なんなら私が見るけど?」
ドロシーが手を挙げた。
「何だ、ドロシーはただ飯ぐらいの居候じゃなかったのか?」
「失礼な! 店番してたでしょうが」
「寝てたけどな。で、腕の方は?」
「あー、まぁ一応家事手伝いと鍛冶手伝いをしてもらってて……見習い見習いってとこ。お客さんの装備を任せられるほどじゃないかな」
見習いのさらに手前、ってことか。
「じゃあ、お客じゃないならいいでしょ。というわけで、私なら無料で見てあげるわよ?」
「ほほう? なら、そんなに急いで見てもらう必要のない装備を任せようか。ローラはどうする?」
「では私もこの弓矢を。防具はミルスさんに見てもらいますね」
ああ、そういえば弓矢、結局クラーケン相手でも全然使わなかったもんな。海中でシュナイダーが仕留めたら、あとは引き上げるだけだったし。むしろシュナイダーのメンテで裁縫道具の方が出番多かったな。
「ま、それならいいか。ドロシー、そっちは任せた」
「はーい! 任された!」
というわけで俺は糸巻きを仕込んだポーチ、防具をミルスに預け、短剣をドロシーに預けた。あ、シュナイダーの装備もミルスだな。
「……剣って、冒険者にとってかなり大切なものじゃないのかなぁ。いや、分かるけどね。ルーカスさんの場合はカカシとシュナイダーを使う訳だし」
「そうですね、シュナイダーとカカシがルーカスさんのメイン武器ですし」
「カカシとシュナイダー」
「シュナイダーとカカシ」
にこにこと笑顔で火花を散らすローラとドロシー。……どっちが先でもいいじゃないかそんなの。え、大事なの? 分からん。
まぁそんなわけで、その日は俺達が無事帰ってきたお祝いということでミルスの手料理を存分にいただき、ついでにミルスとお酒の飲み比べもした。
合法ロリでもやっぱりドワーフは酒に強いということを身を持って知ったよ。
元々泊まると予定していたわけだが、俺が目を覚ますともう朝になっていた。
ちゅんちゅんと小鳥の鳴く爽やかな朝。ミルスが運んでくれたのか、俺は以前もお世話になった客間のベッドで寝ていた。
だが、俺の身体の上に誰かが乗っていた。
「……え?」
布団の中、俺の他にもうひとり分のふくらみがあった。
――全く記憶がない。
俺は焦る頭で、まず自分がちゃんと服を着ていることを確認した。良し、着てる。酒に酔った勢いでの過ちは犯していない、はずだ。少し乱れてるのは着たまま寝たからだ。
誰だ? 一体誰が俺の布団にもぐりこんでるんだ?
候補は3人。
一番可能性があるのはミルスか、酔ったまま布団に運んで一緒に寝ちゃったパターン。これが一番マシなケース。単なる笑い話で済むだろう。
二番目はローラ。パーティーメンバーとして面倒見てくれた上でつい一緒に寝ちゃったパターン。まぁパーティーメンバーだからな、そんなこともあるさ。で済む……と思う。
三番目はドロシー。これはイタズラ目的で入り込んだに違いない。そしてそのまま寝ちゃったか。よし、これも笑い話で済む……な! きっと!
俺は意を決して、布団をめくり上げる。するとそこには、
力なく俺に覆いかぶさる、女の死体があった。
「のわぁあああーーーーー!? ……って、おま、呪いの人形か!」
無表情な瞳で俺を見つめる、どこか見覚えのある顔。そう、呪いの人形だった。
「そういや、ギルド長が朝に部屋に入り込んでるとか言ってたな……まさか布団にまで入り込んでくるとは。……ああ心臓に悪い。びっくりした」
前の持ち主が手放した理由もなんか分かるぞこれは……だがこの位ならまだ可愛いもんだ、分かってたら次からはどうってことは無い、と、思う。別に包丁構えて襲ってくるわけでもないんだし。抱きついてくるだけならまだ可愛いもんだ。
と。俺が安堵のため息をついたところで走ってくる三人分の足音が聞こえた。
「なになに大丈夫ルーカスさん……!?」
「ルーカスさん大丈夫ですか……えっ?」
「朝から何よー……って、え? ダレソレ?」
訂正。やっぱ呪いの人形だよお前は。




