015
閑話:ローラとシーフォールのナンパ男
シーフォールの冒険者ギルドで、ルーカスがクラーケンの納品を行っている間、ローラは一人ギルドの酒場でシュナイダーを抱えて待っていた。
「あれ、ローラ? おーい、ローラじゃないか」
「えっ? ……あー」
声を掛けられて振り向けば、そこにはローラがこの町に住んでいた時の男冒険者の先輩がいた。なんとか顔と名前を思い出す。
「ブライトさん。久しぶりですね」
「やっぱりローラか。こっちに帰ってきてたのか?」
「ええ、ちょっと半月前くらいに」
見知らぬ仲という訳でもなく、ローラはルーカスを待っている間暇でもあったので、世間話に付き合うことにした。
「半月、ってなると結構前だな。挨拶しに来てくれりゃよかったのに」
「あはは、すみません。すっかり忘れてました。ブライトさんは何してるんですか?」
「俺か? 相変わらずクラーケン退治をしてるよ」
「へぇー」
ローラは心底どうでもよさそうに答えた。実際、どうでもよかった。
「……あ、槍新調しました?」
「おう! そしてなんとこいつでこの一週間、2匹もクラーケン狩ったんだぜ!」
まだ新しい槍を手に、自慢げに胸を張るブライト。
……前までのローラであれば、一週間に2匹といえば凄いと感じたかもしれないが、今は「そーなんだー」といった感動の無い感想しか思い浮かばない。
なにせルーカスとローラはここのところ1日1クラーケン、さらには貝や海藻も採っている。ギルドでお勧めされた狩り場で海藻をせっせと集めていると毎回クラーケンが寄ってくるので、安定して狩れるようになったのだ。
そんな自分たちと比べるのも酷かなとも思うのだが、ついでいうと、成果は人数割りである。たしか以前は5人パーティーだった気がするブライトに比べ、ローラたちは2人組。考えれば考えるだけますます差が広がる。
「どうだローラ。またクラーケン退治の仕事、一緒にやらないか?」
「あ、結構です」
当然、ローラはにこやかにお断りした。
「ローラは弱いから尻込みするのは仕方ないよな。でも俺が守ってやるから安心しろよ」
「結構です、間に合ってるので」
「そのぬいぐるみが居るからってか? ぬいぐるみは動かないだろうに」
鼻で笑うブライトに、ローラは少しむっとする。
「それで、クラーケン狩りいつ行く?」
「いや、お断りしましたよね?」
「そうだっけ? いいじゃん。どうせ安い裁縫の仕事してるんだろ? クラーケンの方が実入りがいいって絶対! な!」
「……」
笑顔は浮かべているローラだが、相手をするのが面倒になってきた。
ルーカスさんまだ来ないのかな、とカウンターの方を見ると、なにやら微妙な顔してこちらをうかがうルーカスがいた。割り込んでいいのか悩んでいるような表情で、手持ち無沙汰にカカシを入れた袋の口を開けたり閉めたりしている。
「……」
「……」
たっぷり3秒ほど目を合わせると、ようやく割り込むべきであると気付いたのかルーカスは「んっ、んん」と咳をして寄ってきた。
「おーい、ローラ。清算終わったぞー」
「……あ、それじゃあ連れが来たのでこれでー」
「まぁまぁ待ってよ。なんならその連れも一緒でいいからさ……って、誰? このオッサン」
ローラの行く手を塞ぐように、ルーカスとの間に立ちふさがったブライトだったが、その向こう先に居たルーカスに意表を突かれてしまったらしい。
「うちのパーティーメンバーに何か用か?」
「パーティーメンバー? このオッサンが? ローラと?」
「はい。そうですよブライトさん。こちら、ルーカスさんです。ささ、行きましょうルーカスさん」
強引に話を切り上げ、ブライトの隣をすり抜けてルーカスと腕を組むローラ。
革の胸当てを付けているとはいえ、胸が当たるほどに密着する組み方だったので、ルーカスは思わずびくっと震えてしまった。
「お、おい。随分仲良さげじゃないか?」
「そりゃ、私とルーカスさんは二人組ですからね。泊まりがけの依頼をこなすこともありますし、仲良くもなりますよ」
「ふ、二人組!? 泊まりがけ!?」
動揺しているブライトが、ルーカスを見る。
平然としているフリをするのに忙しいルーカスだったが、ブライトからの視線に対してはとりあえず意味深にニヤリと笑っておいた。
「あー、何だローラ。昔の彼氏か?」
「違います! もう、変なこと言わないでくださいよ、前に一緒に依頼を受けたことがあるだけですからね。ルーカスさんとパーティー組むまで彼氏とかいませんでしたから!」
その言い方にはブライトだけでなくルーカスも驚いた。まるでルーカスが彼氏のようではないかと。(一応、ルーカスと組んだ後に彼氏がいるかを言及していないだけなので嘘ではない)
そしてここまできてようやくルーカスは『彼氏の振りをしてナンパ男を追い払って欲しい』という要望に気が付いた。割り込んだ時点で薄々勘付いてはいたのだが、やっぱり自信が持てなかったのだ。
ルーカスは驚きつつもそれをしっかりと隠して演技する。
「えーっと、俺の女に手を出すな――とか言っておいた方がいいのか?」
「それ私に聞かないで直接言えたらカッコよかったんですけど、まぁ、ルーカスさんなので良しとします。ではそういうことなので」
「ちょ、ちょっとまてよ!」
さっさとギルドの外に向かおうとしたローラとルーカスを呼び止めるブライト。
「俺よりそんなオッサンの方がいいってのか!?」
「私、年上の人が好みなので」
「どう見たって親子くらいの差があるじゃねぇか!」
「それが何か? 貴族様とかにはよくある話じゃないですか」
「金か? 金に靡いたのか? それとも何か弱みを――」
「そんなんじゃないです。ルーカスさんは私が求めていたモノをくれたんですよ。……ね? ルーカスさん」
そう言って、ローラはうっとりと幸せそうな笑顔をルーカスに向ける。
思わずドキッとするルーカス。そして放心するブライト。
この隙をローラは見逃さなかった。
「行きましょうルーカスさん」
「お、おう」
そう言ってローラはルーカスを引っ張り、今度こそギルドを後にした。
ギルドから出てからしばらく歩く。腕は組んだままだ。
「……もうそろそろ離してもいいんじゃないか?」
「だめです。追いかけて来るかもしれないので念のため宿まではこのままで」
笑顔でそう言うローラに、「まぁいいけどよ」とルーカスは空いてる手でぽりぽりと頭を掻く。
「でもなんつーか、その、後々に色々と面倒くさいことになりそうじゃないか?」
「ルーカスさんがもっとはっきりきっぱり追い払ってくれれば良かったんですよ。それに、もうそろそろドラヴールに帰るんだしいいじゃないですか」
「……ならいい、のかな?」
「あくまで出稼ぎですからね。私たちの家はドラヴールにあるんですし」
「んー……それもそうだな」
稼げる目途もあったのでこっちに移住する気持ちがほんのり芽生えてたルーカスだったが、なんか色々と面倒になったのでローラに同意した。
「そういや、ミルス達に土産も買わないとな」
「それなら今から行きましょう。クラーケン退治の報酬もありますし」
「……干物とかなら帰る直前の方がいいんじゃないか?」
「大丈夫ですよ、ばっちり日持ちします。逆に日持ちしないものはお土産にできませんから」
と、そんなわけでその後土産を買いに行ったのだが――その間、きっちり腕は組みっぱなしだったそうな。