014
そして、それは3日目のことだった。
いい加減イワノリ採取も飽きて普通に釣りだけ楽しみつつ、一応囮としてシュナイダーを岩場で散歩させていた時の事だった。
しゅるん、と、白っぽい触手が岩場を散歩していたシュナイダーを絡め取る。
「! ルーカスさん!」
「やっと来たかクラーケン!」
待たせやがって。俺は釣り竿を放り投げ、シュナイダーと俺を結ぶ糸をさっと引っ張る。
手が傷つかないよう、厚手の革手袋もばっちり完備だ。
ビィン、とシュナイダーと俺を結ぶ糸が一直線に張り詰める。
俺が片目を閉じると、そこにはシュナイダーを襲う巨大なイカ野郎が居た。間違いない、クラーケンだろう。シュナイダーの目から見ると尚更でかい気がする。
手に付けたイワノリ採取用のクマデでガッガッとクラーケンを殴りつつ、ローラもクラーケンめがけて容赦なく弓矢を射かける。
シュナイダーに刺さるかも? いいや大丈夫、なにせシュナイダーは不死身だから。弓矢が刺さった程度ならすぐローラが直す、いや治すから。
びぃん、と張り詰めた糸を少しずつ手繰る。ちょっとだけ強化なので筋肉痛の反動は少ないはず。だがクラーケンもさしたるもので、俺が手繰っても引っ張りかえされる。結果、俺が手繰った分だけ水際に近づく形で拮抗していた。
そして、ぴん、と糸が、いや、糸の繊維が切れた気がした。
「る、ルーカスさん!」
「分かってる!」
それは俺の気のせいだけじゃなかった。ローラも敏感にそれを感じ取ったようだ。
少しだけ手を緩める。これ以上引っ張ったら糸がヤバイ。
「どうしますか、このままじゃシュナイダーがさらわれちゃいます!」
言いつつ服を脱ぐローラ……
「って何してんの!?」
「え? そりゃ、シュナイダーを救い出す準備に決まってるじゃないですか」
ってそうだ、下に水着着てたんだっけ。あーもう、ビキニタイプの水着って下着と何が違うんだよ。こんな時にお色気サービスとか、オジサン目が合わせられないよ。意外と大き、いやなんでもない。
だが、おかげで少し頭が冷えた。顔は少し熱いが。
「よし、一旦逃がそう。今回のを教訓として、次は糸をもっと丈夫なのに差し替えようか」
「な!? な、何言ってるんですかルーカスさん? まさかシュナイダーを見捨てるって言ってますかそれ……? シュナイダーがクラーケンの餌食になっちゃいますよ!」
プルプルと青い顔で言うローラ。違う、そうじゃない。
「良く考えたら、別に水中でクラーケン倒してもいいんじゃないか? って思ってな」
「え?」
そもそもシュナイダーはぬいぐるみだから食べられない。食べられないと分かったら解放されるだろうから、多少齧られるかもしれないが回収は可能だろう。……糸が残っていれば。そこは運だな。
「だって、クラーケンは絡み付いて水中に引きずり込むだけなんだろ。……シュナイダーの柔らかボディにゃクララちゃんに抱きしめられてるのと大して変わんなくねぇ? 場所が水中になるだけで」
「……確かに」
俺は糸から手を放した。
その瞬間、しゅるるるる、と勢いよく海へ引きずり込まれていくシュナイダーと糸。
……あ、止まった。どうやら海底にたどり着いたらしい。幸い途中で岩に引っかけたりすることもなく、糸が足りなくなることもなかった。(一応ローラに継ぎ足しの準備をしてもらっていたので多少は足りなくなっても何とかなった)
「さてと」
俺は目を閉じる。シュナイダーに食らいつこうと口を開けてるクラーケンがドアップになったところで、俺はシュナイダーの手についたクマデを改めてぶっ刺した。
反撃に怒り、シュナイダーを絞め殺そうとしてくるクラーケン。だが、悲しいかな。シュナイダーをいくら絞めたところで何のダメージもない。せいぜいシュナイダーの体内(綿)に残っていた泡が、スポンジを水の中で握った時のようにごぼっと上がる程度だ。
それがクラーケンには肺の中に残っていた空気を絞り出したかのように見えたのかもしれない。暴れるシュナイダーに必死に絡み付いてくる。根競べと言わんばかりに。
でもなー。こっちはなーんも苦しくないからな。
当然この根競べは俺達の圧勝。むしろ弱って逃げようとしたクラーケンをシュナイダーががっしり抱え込むように捕まえて、トドメといわんばかりに密着ファイヤーボールを食らわせてやった。水中でファイヤボールって案外いけるもんだね、1秒も持たずに消火したけど。
実際これがトドメになりクラーケンは動かなくなったので、今度こそ(糸が切れないように慎重にしつつ)クラーケンを釣り上げてやった。
「とったどー! ハッハー、イカ野郎をタコ殴りにしてやったぜ!」
「シュナイダぁー! お帰りー!」
俺の渾身ジョークを無視してローラはシュナイダーに駆け寄ると、ぺりぺりとクラーケンを引きはがし、シュナイダーを正面から抱きしめた。
……まって、水着。視界。うぉおお潮風め堪えろ俺の目ぇええ!
あっ肌色の谷間が――
*
その後、無事服を着なおしたローラと一緒にギルドにクラーケンを運び入れた。
ローラ馴染みの受付嬢ことチルダさんが俺の狩ったクラーケンを見て感心したように声をあげる。
「おお、やるじゃないですかルーカスさん。どうやって狩ったんですか?」
「ふふふ、いいだろう。特別に教えてやろうじゃないか」
本来こういう飯のタネは人に話さないのだが、どうせ【人形使い】ありきで他の人には真似できないやり方なのだ。言っても問題ない。
「というわけで、水中でクラーケンをタコ殴りに」
「なるほど、【人形使い】を有効活用してますねー」
俺のジョークそんなつまらないかな。オジサン、自信なくしちゃうぞ?
「でもそれなら、海の中の貝とか海藻とかも採りに行けるんじゃないですか? イワノリより高いやつとか普通にありますよ」
「……え? そうなの?」
「アワビとかウニとか、水の中で行動できるなら採り放題じゃないですか。しかもクラーケンとかに襲われても命の危険が一切ない、素敵ですね」
そうか、この世界だとクラーケンとかいるから海女さんみたいなのもできないのか。それこそ、水中で生活できるようなスキル持ちでクラーケンとかと戦えるような存在じゃないと。
ついでに養殖してるようなところでなければ漁業権とかの問題もないようだ。……養殖とか普通にしてるんだね。すげぇや。
「どうですか、ルーカスさんは凄いでしょう?」
「あーはいすごいすごい。これだけでシーフォールじゃ食べるのに困らないわね! というわけで、指名依頼ってほどでもないんですがおススメの採取依頼がありますよ? 余った分は自分で食べてもおいしい代物です」
「受けようか。なぁローラ」
「そうですね。ふふふん」
翌日からはなぜか得意げなローラと一緒におススメの採取依頼をこなしつつ、クラーケンも狩りつつ、ついでに海の幸も堪能(ただし刺身は無し)した。
醤油も少し手に入れることができて万々歳である。まぁ、大豆じゃなくて魚が原料だっていうから魚醤っぽいけど。
……シュナイダーに潜水用の錘付けて海に投げ落とすのって微妙な罪悪感があったりなかったり。ま、慣れたけど。
しっかしこれ、案外この町で生活するのも悪くないかもしれない……な?




