012
「また3週間後にね、シュナイダー様、ローラさん……と、ルーカス様」
「はい、また3週間後に。ケイトお嬢様」
というわけで、ケイトお嬢様の好感度順が分かるような挨拶と共にシーフォールで一旦別れる。……いやいいけどね。俺馬車の中ではほとんど目ぇつぶって周囲の監視してたし。一見寝てるようにも見えるとかで話しかけにくかっただろうし。
一応ローラもフォローしてくれていたけど、やっぱりシュナイダーとローラに軍配が上がるのは仕方ないというかなんというか。でもやっぱり最初は俺目当てだったはずなのにと思うと何処かモヤモヤしてしまう。でもでも……やめよう、いい歳のオッサンがいじける内容としてはみっともない気がする。
「とりあえず、この町の冒険者ギルド行くか」
「そうですね」
こちらの冒険者ギルドに顔を出し、依頼についてチェックしてもらえばあとは自由時間だ。依頼を受けるもよし、観光するもよし、広場で大道芸してもいいな。
「あ、こっちですよルーカスさん」
この町出身のローラに案内してもらい、冒険者ギルドへ向かう。
カカシが荷車をひき、俺達は荷物と一緒に運ばれていく。カカシが荷車をひく姿が珍しいのだろう、自然と視線が集まってくる。むしろ見慣れていたら逆にビックリだ。
……空気がほんのり潮の香りがする気もする。
そういえばこの町、シーフォールには海があるらしい。町には港が、そして近くには砂浜もあるらしい。人気の別荘地なんだとか。ケイトお嬢様もその関係でこのシーフォールにやってきたとか。
そして、執事さんやローラに聞いた話だと、地元でしか使われていないのだが醤油があるんだそうな。
醤油。そう、醤油だ。
こいつは元日本人として逃せない情報だ。刺身を醤油で食べる、これぞ日本人って魂が叫んでいる。そこに熱燗でもあれば言うことはないんだけども、なんならビールでも可。ここのところ酒飲んでなかったし是非刺身で一杯やりたいね。
そうこう考えているうちに、迷うことなく冒険者ギルドにたどり着いた。
荷車を馬車の駐車場に置き、荷物だけ背負ってギルドへ入る。
「こんにちはー。お久しぶりです、チルダさん」
「あ、ローラちゃん! お久しぶり! よかった、ご無事だったんですね」
ローラと顔見知りのギルド員が、カウンターから出てきてローラの手を握りぶんぶんと上下に振る。
……美人受付嬢、いい。この人目当てにこの町を拠点にしてしまう人もいるのではなかろうか? ん? あ、左手薬指に指輪発見。既婚かぁ。
「ローラちゃんの行ったドラヴールでスタンピードが発生したって聞いて、無事収まったとは聞いたんですがいち冒険者の安否なんて分からないし、心配だったんですよ」
「ご心配おかけしまして。この通り無事ですよ」
「よかったぁ……本当によかったです」
ぎゅっとローラをハグするギルド員さん。心温まる光景だ。
と、ギルド員さんと俺の目が合う。ちっす。
「あ、その、そちらの方は? お父さん、ではないですよね……?」
「パーティーメンバーのルーカスさんです。今、私とルーカスさんでコンビ組んで冒険者やってるんですよ」
「ほほう。ということはそちらのオジサンも【裁縫】関連のスキルを? それとも布とかの問屋さんだったり?」
「いえ、ルーカスさんは――ん? 【裁縫】関係といえなくもないスキルのような……」
うん、【人形使い】はそこらへん微妙だよね!
「あー、ルーカスっていうしがない冒険者だ。【人形使い】ってスキル持ちでな、ローラと組んで――ま、見せた方が早いか」
自己紹介の途中で俺はシュナイダーを袋から出して立たせ、ぺこりとお辞儀させた。
そしてシャドーボクシング。
「こんな感じで人形を動かせるスキルなんだ」
「おおー、シュナイダーが動いてます! なるほど、大道芸人兼冒険者なんですね」
それだとメインが大道芸人ってことになっちゃうな?
まぁ、ローラ自身が戦闘向けじゃないことはローラ出身地のギルドとしてはご存じなわけで、そんなローラとたった二人のパーティーとなると非戦闘系って考えられるのか。
まぁ実際、俺も長年薬草採取とかの非戦闘系依頼メインでやってたけど。
「なるほど、それでローラさんがメンテナンスを担当してるわけですね」
「まぁ、大体その通りです」
「あーその、一応、往路の護衛依頼でここまできたから、チェック頼む」
「はい、承ります」
とりあえず用事を済ませてしまおうと依頼票を渡す。
そしてギルド員さんはカウンターの向こうで2、3回ハンコを押したり機械っぽい物に通したりして、すぐに戻ってきた。微妙な顔で。
「……あー、そのー、ローラちゃん、この人って」
「ん? ルーカスさんが何か?」
「……ドラヴールで50年ぶりに発生したスタンピードで大活躍なされたというあのルーカスさん?」
「そのルーカスさんです」
「大丈夫? ローラちゃん何か騙されてない?」
「騙されてないです」
一体、俺が何を騙すと言うのだろうか。
「なんでローラちゃんそんな人と固定パーティー組んでるの!?」
「英雄になる前から組んでますからね」
「先見の明ありすぎ――って、ああ、分かった。シュナイダーを動かしてくれたからでしょ」
「その通りです!」
自慢げに胸を張るローラだが、それ呆れられてない?
ローラがいいって言うならまぁいいんだけどさ。
「えーっと、ルーカスさん」
「ん?」
ギルド員さんが俺に声をかけてくる。
「ローラちゃんいい子なんで、大切にしてあげてくださいね?」
「お、おう」
「あとお父さんっ子だったから以外と――」
「ちょっとチルダさん! そんなことよりも依頼、何か良いのありませんか!? 滞在期間3週間あるんですよ」
とりあえず、洗礼? 的なものは済んだようだ。
そしてそのままの流れで依頼を探すことになった。で、そこにあったのが、
「クラーケン退治?」
「はい、クラーケンですね」
「クラーケンってぇと、デカいイカ?」
「はい。デカいイカです。ドラヴールでいうオークくらいの存在ですかね、焼くと美味しいですよ。あ、ルーカスさんイカ食べたことありますか?」
心なしかテンションの高いローラ。クラーケン、オークくらいの存在ってことは……船を飲み込むほどデカい、とかいうことはなさそうだな。
「大きさは人くらいのサイズなので出くわしたら危ないです。前は逃げるか遠くから弓矢を射かけるしかできませんでしたが、ルーカスさんならクラーケンとの近接戦闘も! これは美味しい相手ですよ、オークと同じく二重の意味で」
「そんなにぽんぽん出てくるようなもんなのか?」
砂浜とかもあるというのに危なくないのだろうか。人を襲うなら危険度で言えばサメみたいなもんだろうに。
と、思ったら砂浜の方にはちゃんとネットを張ってクラーケンの進入を止めているらしい。小さいときにすり抜けて大きくなった、というヤツもいないように定期的に水中含めて見回りもしているんだとか。
「じゃあ俺らもクラーケンに会えないんじゃないか?」
「岩場の方は結構いたりするんですよ。シーズンだと1日に1匹と遭遇するレベルですね。今は少し外れてますが」
「つまり俺らの狙い目はそっちか」
「はい。あ、水着を用意しないとですね?」
水着。ふむ、水着か。
俺ことルーカスが生まれ育った町では特に必要なかったからそもそも買ったことないな。
「……ローラは持ってるのか? 水着」
「まぁ、シーフォール育ちですから」
「俺も水着買わなきゃな」
「あ、作ってあげますよ。布だけ選べばクッキーズ作るより簡単ですし。あとで採寸しますね」
さすが【裁縫】スキル持ち。水着は宿の部屋で採寸して5分でできた。