005
俺は、【人形使い】の可能性を知った。
うまく使えば、冒険者として成り上がりができるかもしれない。旅の大道芸人なんてのもいいが、冒険者の方がギリギリお堅い職業だ。と、今世の記憶が言っている。
(自分が冒険者でひいき目がないとは言い切れない)
冒険者として成功すれば地位と持ち家とお金と、あと彼女だってできるかもしれない!
……前世では結局「未使用」だったもんな……はぁぁ。
気を取り直そう。とにかく、俺は成功者への切符を手に入れていたわけだ。
あとはこれをうまく使って、使って、使いこなして……具体的には分からんが、成り上がる!
うん、ただ漠然と成り上がるったってイメージがわかないな。目標を立てよう。
とりあえず、あれだ。映画とかで出てくるような渋くてカッコいいオヤジを目指そう。
そうすればきっと彼女だってできるはず。だって渋いオヤジはモテるもんだから。チョイ悪オヤジが流行ったのだって渋くてカッコいいからだ(俺調べ)。
…………
さて、そんなカッコいいオヤジを目指す俺だが、最初にやっておかなければならないことがある。
「クララちゃん。君のおかげでとても大事なことに気が付けた。礼をしたい」
「おれい?」
「そう、お礼だ。ありがとうってな。なにか屋台で甘いモノでも奢ろうか」
「甘いモノ! いいの!?」
「ああ、好きなモンなんでも奢ってやるよ。金ならこの通りだ」
猫のぬいぐるみ、シュナイダーのダンスで稼いだ皮袋いっぱいの小銭を見せる。
イカした男は、お礼で金に糸目をつけないもんだ。まぁ、子供に菓子を奢る程度じゃどれだけ奢ってもタカがしれてるけどな。
早速俺達は屋台に向かう。
そして俺はクララちゃんの要望のままに砂糖たっぷりの棒状の揚げ菓子を2本買った。1本は俺の分だ。
砂糖や油、揚げ調理、ついでに包み紙には植物紙。うーん、これ平民が普通に使えるんだよなぁ……生活が便利なのはいいけど、その分だけ現代知識チートが通用しないということでもあり……
やめよう。現代知識で一儲けとか考えるのはもうやめよう。諦めが肝心だ。
「熱いから気をつけろよ?」
「ありがとうルーカスおじちゃん!」
揚げたての美味しそうな菓子をクララちゃんに渡す。早速はむっと齧るクララちゃん。
「あふ、あふ……あまーい♪」
「そうだな、美味いなコレ……毎日食ってたら太りそうだけど」
「太る……お姉ちゃんにはあげない方がいいかな。お腹まわり気にしてたの」
「お姉ちゃんはよく食うのか」
「うん。だから冒険者やって稼いでるんだよー」
女の冒険者というのは、男よりは数が少ないもののあまり珍しくない。なにせこの世界には魔法、そしてスキルがある。だから、冒険者=男の仕事とは限らないのだ。
それに、冒険者の仕事はモンスター退治のような荒事ばかりでもない。むしろ日雇いのバイトみたいな仕事の方が多いくらいだ。
「そうかそうか。立派なお姉ちゃんなんだな」
「うん! 裁縫がとくいで、シュナイダーもお姉ちゃんが作ってくれたの!」
「ほぉ。そりゃいいな。俺もひとつ作ってもらいたいところだ」
食べかすをポロポロこぼされているシュナイダーを見つつ、さっきこいつを動かした感じを思い出す。初めて動かした記念に、同じのを作ってもらうのもいいな。
冒険者なら、名指し――指名依頼を出せば受けてもらえるだろ。
「……ほら、食べかすがシュナイダーにかかってるぞ。口周りもベトベトだ」
「んむぐ」
俺はクララの口周りをポーチから出したハンカチで拭く。そのタイミングだった。
「クララ!」
「ふあ、お姉ちゃん……!」
クララちゃんを呼ぶ大きく澄んだ声。それを聞いた瞬間、クララちゃんは青い顔してびしっと固まった。そして小声でつぶやく。
「どうしよ……あそこでまってなさいって言われてたんだった……!」
「あー、そりゃ、その、すまなかった。俺も一緒に謝ってやるよ……」
見ると、皮の胸当てを付けた青髪の女の子――いや、高校生くらいか? この世界だと成人だな――が、俺を睨んでいた。
ううむ、保護者に何の断りもなくオヤツを奢ったのはさすがにまずかったか。
俺は、クララちゃんの口を拭いていたハンカチをポーチにしまった。
と、クララちゃんが俺の陰に隠れる。おいおい、逃げてちゃ余計怒られるぞ。
「この人攫い! クララを解放しなさい!」
「え?」
あー。……そうか、対外的に見たら、知らないオジサンが大事な妹を連れて行った、に見えるわけだ。いや、実際間違ってないだけに申し開きができねぇ。薬は嗅がせてないけど。
「言っとくけどね、ウチは貧乏なんだから! 身代金なんて払えないんだからね! あと奴隷にしようったってクララはわがままで言うことなんて聞かないんだから! 知らない人についてっちゃだめって言ったでしょ!?」
さらにまくし立てるクララちゃんのお姉ちゃん。
ヤバい、事案だこれ。俺の『カッコいいオヤジになる計画』が早速頓挫しそうだ。
「ちょっと聞いてるの誘拐犯! 顔覚えたからね、逃げても無駄よ! 私こう見えて手先は器用なんだから、アンタの似顔絵ばっちり書いて指名手配してもらうんだから!」
「……お、おいクララちゃん、一緒に謝ってくれ、頼むよ」
「や、うあぅ、お、おじちゃん。がんばって?」
そう言ってクララちゃんは俺の後ろに隠れる。
……俺は腹をくくった。
「……あー、その、すまない。勝手に連れまわして悪かった。ちょっとお礼がしたかっただけなんだ、悪気はない」
「悪気がない? 薬を嗅がせてたじゃないの、見たわよ! ハンカチを口に押し付けてるの!」
「いやそれは誤解だ! 俺は口周りを拭いてただけだ!」
「じゃあそのポーチの中見せなさいよ」
「ああ、いいとも――」
と、俺はポーチを渡そうとして、ふと思い出した。
そういえば、大イノシシに使えるかもと思って眠り薬入れてたわ。
「……ちょっとまってくれ」
「なによ、早く見せなさいって」
「……正直に言うと、この中に眠り薬が入ってる。けど、それは大イノシシを狩るときに使おうと思ってたのを結局使わなかっただけで、別にやましいものじゃないからな」
「ハッ、語るに落ちたわね。というか、早くクララを解放しなさい!」
「いやいやいや、どう見てもクララちゃん俺に隠れてるだけだし何の拘束もしてないだろ!?」
「じゃあクララが自分の意思で誘拐されたっていうの!?」
「誘拐じゃない! 誘拐じゃないから! ちょっとお礼にオヤツを奢らせてもらっただけなんだって!」
「クララにお礼って……この子になにさせたのよ、変態!」
「何もさせてないから! 本当だ、ちょっとこのぬいぐるみを借りたくらいで……」
「私のシュナイダーで何したっていうのよ!? 綿代わりに詰めてる私の古着や下着が目的だったのね!? このド変態!」
知らねえよ! だ、誰か助けてくれ……
はっ、そ、そうだ。ここは実際に見せるのが早い!
「クララちゃん、またシュナイダーを貸してくれ!」
「う、うん。はい、ルーカスおじちゃん」
「ちょっとクララ! そんな変なオジサンにシュナイダーを渡しちゃだめよ!」
へ、変なオジサン……ぐふぅ、ゴリゴリ心を抉ってくるな。
俺はポーチから改めて糸を取り出し、ぬいぐるみの首に結んだ。
そして――
「見ろっ、これが俺のスキル、【人形使い】だ!」
「見ろって何よ……え、えええー!? しゅ、シュナイダーが、歩いて、えええー!? なんで、どうして!?」
シュナイダーは華麗に踊りだした。先程のコサックダンスにくわえ、ムーンウォーク(歩かせつつ紐で後ろに引っ張っただけだが)までして見せた。
「す、すごぉい……シュナイダーが生きてる……!」
「ね、ねっ、すごいでしょお姉ちゃん! ルーカスおじちゃんっていうんだよー」
俺の影に隠れていたクララちゃんは、いつの間にか正面に回り込んで、姉と一緒にぬいぐるみのダンスを見てはしゃいでいた。