010
とにもかくにも、その日のうちに依頼を受ける旨をミゲルに伝えたところ、翌日には依頼人と顔合わせすることになった。
現状、こっちが一方的に知ってる形となるが――
「冴えない男、とか言われたんだけど、実際に会って『やっぱりキャンセルで』とかないよな?」
「大丈夫ですよ。ルーカスさんに話つけた時点でギルドとして不当なキャンセルには違約金とれるようになってるので、多少は補填します」
できれば全額補填して欲しいが、さすがにそこまでは美味くないか。
「あ、でも一応英雄っぽくカッコつけてあげると喜ぶかもしれませんよ?」
「まってくださいミゲルさん、そんなのルーカスさんにできるわけないじゃないですか」
「おいローラ。それ俺の事ダサいって言ってるよね? え、そんな俺ってダメ?」
「……ダサ可愛いからいいんです!」
わけが分からないよ! あと結局ダサいは取れないのかよ!
くそう、俺はカッコいいオジサマを目指しているというのに……!
「まぁ、できるだけ『デキる男』というのを意識してみることにしよう」
「おっ『デキる男』ときましたか。さすがルーカスさんだ、目の付け所がいいですね?」
「そうですね、ルーカスさんはやる時はやってくれる人だから、そっちならできるかと思います」
「だよな! 俺の魅力はいぶし銀的な渋さだぜ!」
「「……?」」
「ミゲルくん、ローラさん、そこで黙らないでくれる? オジサン自信なくしちゃう」
なんだかんだこの二人息ぴったりな気がする。はぁ。
そんな話しているうちに、すぐ待ち合わせた部屋についた。
「っと、この部屋です。しばしお待ちを……冒険者の方をお連れしましたー」
ミゲルがノックして、返事を待ってからドアを開ける。
それについて行く形で俺達も部屋の中に入ると、そこにはすでに依頼人のお嬢様が立ち上がって待っていた。とてとてと俺に向かって駆けよってくる。
「まぁまぁまぁ! あなたが英雄ルーカスさん?」
「ああ。俺がルーカスだ。こんなオジサンでガッカリさせちまったかな?」
「いえいえ! やはり英雄ともなるとオーラが違いますわね、にじみ出てますわ、英雄の気配が!」
先日とは打って変わってべた褒めである。冴えないとか言われたんだけどなー。あれ、もしかして覚えてらっしゃらない? まぁいいか。
「わたくしはケイト――……家名は伏せておきます。ケイトとお呼びくださいまし。余計な問題を抱え込ませたくありませんし。……それとも、英雄とあらばわたくしの家名程度の厄介事、日常茶飯事なのかしら?」
「ははっ、さすがに家名は聞かなきゃ分からんが、ケイト、良い名前だ。まぁこのルーカス、依頼を受けたからには微力を尽くしてケイトお嬢様をお守りすると誓いましょう」
俺は家名の厄介事とやらには一切触れずにお嬢様の目を見つめてそう言った。
ちなみにここからシーフォール、つまり隣町なのだが、その間の街道には精々ゴブリンくらいしか出ない。ごくまれにオークが出るらしいが、それにしてもスタンピード解決の影響で今はほとんど見られないことだろう。つまりこの護衛依頼は楽勝である。
そう思うと思わず頬が緩む。
お嬢様はポッと頬を赤らめつつ、恥ずかしそうに目をそらした。
「ありがとう存じます、ルーカス様。その――」
「――お嬢様、ここからは私から説明させていただきましょう」
「ああ。よろしく頼むよ執事さん」
と、簡単に依頼内容を再確認する。
依頼内容はドラヴール~シーフォールの往路を護衛。(馬車で片道3日)
シーフォールでの滞在期間は3週間。
シーフォールでの行動は、帰路に差し支えなければ制限なし。
(別の依頼を受けることも可とする)
護衛中の食事、寝床は依頼人が用意・負担する。
護衛中、依頼人と会話することも業務に含まれる。
報酬は俺のパーティーに対し、通常の冒険者6人分。
事前に聞いていた内容通りであり、ついでに言うとお嬢様が命を狙われているとかそういう込み入った事情も一切なく、単なるお出かけ。
俺には秘密の家名もギルド側は把握しており、家の事情に問題ない事も確認済みだ。
ここらへんで嘘をつくと二度とギルドで依頼を受けてもらえなかったりする。
この依頼に裏があるとすれば……しいて言えば、英雄の顔が見たかった。くらいのノリの軽い依頼である。こういうの、大歓迎だね。
「出発は明後日の朝。待ち合わせは門の手前で良いでしょう。では改めて護衛依頼、よろしくお願いしますぞルーカス様」
「はい。セバス殿」
俺と執事さんはミゲルの前で握手した。これで依頼受託が確定だ。
「……ちなみに先日、お嬢様のおっしゃった失言につきましては私から謝罪を」
「お気になさらず、気にしてまいせんので」
執事さんはしっかりと俺の顔を覚えていたらしく、小声で謝罪してくれた。
良い大人は、子供の悪口なんて軽く笑って許してしまえるものなのだ。
まぁ、昨日の「冴えない男」が今日は「英雄のオーラ溢れる男」だもんな。華麗な手のひら返しに思わずホットケーキを作ってもらいたくなる。お好み焼きも可。
ちなみに当のケイトお嬢様はといえば、
「これがシュナイダー……! なるほど、凛々しい顔つきをしていますわね」
「分かりますかお嬢様。この目のボタンと耳の角度がポイントでして」
ローラとシュナイダー談義をしていた。うん。ぬいぐるみと戯れるとますます子供らしいお嬢様だ。しっかり護衛しないとな。
*
まぁぶっちゃけ、隣町で稼げるのかを確認してくるいい機会である。
場合によっては護衛依頼のあと、シーフォールに移住することも……土地あるけど……考えられなくもない。
でもまぁローラは家族がこの町にいるしダメだろうな。俺はともかくローラは【裁縫】スキルを生かした仕事がいくらでもあるわけだし。
「そういえば、シーフォールは私が前に居た町ですよ」
「へぇ。そうなのか?」
「はい。なのであっちでの宿とかも良い場所知ってます」
というかローラはシーフォールで生まれ育ったらしい。むしろ最近ドラヴールに来たからむしろ地元はあっちなのだとか。そりゃ頼もしい。
「それじゃ頼りにさせてもらうぞ、ローラ」
「はい、存分に頼ってください。何せ地元ですから!」
こうして俺は、頼りになるパートナーと共に明後日の出発に向けて色々と準備を進めた。
保存食はギルドで買えるからいいとして、他に何か買うものあるかな……いやそもそも食い物も依頼人が用意してくれるとか言ってたっけ? あれ、もしかして用意不要?
「……それとは別に、ちゃんとこちらでも非常事態に備えておくのが嗜みですよ?」
「なるほど。そういうもんか」
「そういうものです」
嗜みなら仕方ない。適度に買っておこう。そしていざという時は「こんなこともあろうかと」って言ってみたいしな! まぁ、いざって時が無いのが一番だけど。
しかし……俺にとっては、初めてのよその町である。わくわくせざるを得ない。
明日は早く寝て、遅刻しないようにしないとな……いや、いっそ待ち合わせ場所で野宿するという手も? さすがにそれはないか。