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007







 金儲けは難しい。そう実感した俺は、地道に大道芸で稼ぐことにした。


「やっぱり、俺にしかできない事っつったら、この人形劇だよな」


 しかも俺の頭の中には前世の娯楽、アニメや特撮などの演出がこれでもかと入っており、人形劇の演目に困ることはさっぱりない。どんどん新しい話を繰り出していっても数年は全然余裕なレベルでネタがあるし、王道パターンからの派生とかお客さんのおひねりによってバトルの優劣が変わる演出といった飽きさせない手法もあるのだ。


「さーさー寄ってらっしゃい見てらっしゃい。英雄ルーカスのシュナイダー人形劇だよー。面白さは英雄保証付きだよー」


 さらに今の俺はこの町の英雄として名前がノリにノっている。こいつは爆発的人気を博すのも自明の理。いわゆるひとつの確定的に明らかってやつだ。


 そんなわけで、おひねりは袋いっぱいのウハウハ状態。三日連続の大儲けだ。これなら案外さっさと家を建てられるんじゃないかと思わず顔がにやける。

 ホント、もっと早くこうしていれば普通に稼げたんじゃないのとか、いっそホントに大道芸人になるのもいいなとか、そう考えていた時だった。


「ルーカスさん、ちょっといいか」

「あれ、ピエロ長老……に、玉乗り先輩。ジャグリング先輩、ナイフ投げ先輩まで。どうしたんで?」


 そこには先輩大道芸人の方々が集まっていた。

 この町で長年大道芸人として頑張ってきた彼らに対し、あくまで俺は新入り。敬意をこめて先輩方と呼ばせていただいていた。

 尚、殆どは俺の方が年上だったりするが、ピエロ長老は俺がガキの頃から大道芸人をやってる大先輩だ。この広場を仕切る大親方と言っても過言ではない。


「……こんなことをルーカスさんに言うのは、すごく心苦しいんだが……」

「なんすかピエロ長老、何でも言ってくださいよ」

「単刀直入に言おう。……この広場を荒らすのは止めてくれないか」

「へ?」


 ピエロ長老は、俺に向かってスッと頭を下げる。赤いモジャモジャカツラがするっと地面に落ちて白く化粧された禿げ頭が俺の目の前に現れた。

 ……あまりに綺麗なおじぎに、体の動かし方を熟知したピエロ長老はおじぎ一つとっても洗練された動きだ、などと一瞬思ってしまった。


「ちょ、ちょっとやめてくださいピエロ長老!」

「いいや! ワシにゃこの広場で大道芸を披露する仲間に対して責任がある! ルーカスさん、あんたがこの広場を荒らすのを止めると言ってくれるまでこの頭は上げらんねぇ!」


 荒らす、というのはどういうことだろう。と、言われて思い至った。

 俺はあまりにも荒稼ぎしすぎたのではなかろうか。


「わ、わかりました! わかりましたから頭をあげてくださいよ長老! 俺だってみんなの生活を脅かす気はねぇから!」

「ああ……すまねぇな、ルーカスさん」


 地面に落ちた赤いカツラを拾い、すぽっと被るピエロ長老。

 後ろに控えていた先輩方も、俺の回答にどこか安堵した表情を浮かべていた。


「……そっか、俺は、稼ぎすぎましたか」


 広場に来る人間という、ある意味限られたパイを切り分けたとき、俺はそれを一人だけ大きく切り取ってしまったということだろう。そのせいで、大道芸人としてずっと生活していた先輩方のパイが小さなものになってしまう事実を失念して。


「ああ……いや、本当はルーカスさんが悪いんじゃねぇんだ。ワシらが先輩らしくお前より面白い芸を見せられれば、それで何の問題もなかったはずなんだが……」

「俺ぁ玉乗りしかできねぇが……さすがに今の3個重ねた玉に乗るので限界なんだ」

「俺もジャグリングを頑張ってるが、今の火のついた松明以上になにをジャグリングすればいいか分からねぇ……! 猫か? 猫をジャグリングすればいいのか?」

「ウチももう目隠ししてるってのにこれ以上ギリギリを狙って投げたら、相方の身体に確実に刺さるな。普通に事故る」


 卓越した技量で、圧巻される芸を見せる先輩方。しかし、彼らの芸は『一芸』を極めたものであり、突き詰めても玉乗り先輩が突然ジャグリングを始めたりはしないのだ。幾ら凄い芸でも、他にもっと新鮮で面白そうなものがあれば見に行ってしまう。

 ……ん? でもピエロ長老は普通に玉乗りもジャグリングもナイフ投げもできるんだよな。さすが長老と言うべきか。


「そうだ! たとえば玉乗り先輩がジャグリング先輩を担いで、玉乗りしながらのジャグリングとかどうっすか! ナイフ投げ先輩との組み合わせも……」

「もう試しにやってみた。普通にこけたわ。たぶん、習得には結構時間がかかるだろう」

「ナイフ投げとの組み合わせもな。こっちは普通に死にかけた。刃物は危ない」

「ナイフのジャグリングしてるのをサッと奪ってナイフ投げ、は結構いけそうだった。指切ったけど」


 難度の高い技の組み合わせには、当然危険が隣り合わせだ。それは練習でも。

 ……いや、練習でも本物のナイフ使うのはどうかと思うけど。


「しかも、それを身に着けたとしても……ルーカスさん、お前の芸はさらに新しいモンをバンバン提供しちまうだろ?」

「それに慣れた客は、俺達にもドンドン新しい技を要求してくるだろう」

「そのたびに……死にかける。いや、そのうち死ぬな、確実に。特にナイフ」


 そして、ある意味で俺はさらにそれを上回ってしまうのだ。前世の娯楽知識という正真正銘のずる(チート)で。

 故に、俺に対抗するための際限のない研鑽で、他ならない彼ら自身が、彼ら自身を命の危機にさらすのだ。

 ……まぁ練習の時くらいナイフとかは練習用使えとは思うけど。


「その、ワシらもなにもこの広場から追い出そうってわけじゃないんだ。せめて週一で、できるだけ新しい演目を見せないでくれると……助かる」


 情けなさが嫌になる、と言わんばかりに切実な声。再びピエロ長老が、先輩方が頭を下げる。……カツラがぽふっと地面に落ちた。


 生活がかかっている時、仕事の不調が苦しいのは俺も良くわかる。俺も、森でモンスターが狩れなくなったときは同じ気持ちだった。


 だから、俺は全面的にピエロ長老の提案を飲むことにした。そもそも俺は大道芸人ではない、冒険者だ。そんな俺を先輩達は明るく受け入れてくれて広場の一角を使わせてくれたんだ。俺だってピエロ長老や先輩方の芸を見ておひねりを入れたことだってあるし、それを覚えていてくれた。

 そんなピエロ長老の芸が、先輩方の芸が俺のせいで消えてしまうかもしれない。そう考えたら、受け入れるしかないだろうが!


 ……というかカツラはこれ絶対ワザとだろ。笑わせに来てるだろ。え? 素でこれやってるの? くっそどんだけ骨の髄から芸人なんだよピエロ長老ッ!


「でも実際ルーカスさん目当てで広場にくる人も増えたから、儲けがそこまで減ったってわけじゃあないんだ……これはワシらの(ひが)み、そして(おび)えだ。本当に、情けないが……誰もかれもが英雄(ルーカスさん)のように強くはないんだ」

「頭をあげてくださいピエロ長老……おっしゃる通り、週に一度、今までやったような演目をやらせてもらうとします」

「……すまねぇ、すまねぇな、ルーカスさん」


 俺には冒険者って道があるんだ、俺にとって大道芸はいわば横道。そこで本業を苦しめちまうのは、外来種が生態系を荒らすようなもんだ。いや、本業しだいで居なくなるんだから外来種よりもっとタチが悪い何かだ。とにかくいい男のする事じゃない。


 ……まぁ、週一でもこの稼ぎなら生活費としては困らないからいいか、副業としては十二分すぎる。本業の冒険者としても仕事もするわけだし、むしろ週一にした方がこっちも楽ってなもんよ。


 俺は今日の稼ぎをしっかり懐に入れつつ、クールに広場を後にした。







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