006
「あふぅううう、しゅないだぁしゅごぉい……」
「うぇへへへへ、かかし、かかしぃ。愛してるよぉかかしぃ♪」
シュナイダー&カカシ相手にハグされてだらしない顔をするローラ&ドロシー。
相変わらず外では絶対にしてはいけない顔だろうコレ。
俺は視界共有しないよう目をガッと見開き、二人に賭けの負け分を支払っていた。目が痛いが、これこそが俺の負けの代償である……
「いやぁー、血走った目でだらしない顔の少女達を眺めるルーカスさん……なんかこう……くるね! くるものがあるね!」
「何言ってんだミルス、こちとら目が痛くてそれどころじゃないんだ。うっかり瞬きして視界に二人のトロ顔がどアップに拡がったらどうしてくれる」
「別に目ぇ閉じてもいいじゃない。ローラもドロシーも二人ともそれ承知で頼んでるんだしさー」
確かに二人とも俺の【人形使い】でシュナイダーやカカシと視覚共有できることをとっくにご存じである。だが、だからといって俺がそれを悪用して二人に甘えられる光景を見ていいというわけには……あー、視界がぼやけてきた――
――って、ああああちょっとまって俺目を閉じてないのになんでローラとドロシーの顔がドアップになってきてんのちょっとタンマやっべうおおお!?
「あれ、どうしたの急にしぱしぱ瞬きしちゃって」
「……急に視界がジャックされてな、その、両目開いてたのに……どうやら目を閉じなくても目が見えなくなると視界共有しちまう、のかな?」
「ほほう! それは気になる情報だね! もしかしたら実戦で役に立つかもしれないしよぉく調べないといけないと思うんだよね。あ、そういえばアタシの勝ち分だけど」
「わかったわかった。視覚共有まわりの実験な」
っていうか、よく思い出したらもう実戦で使ってたかもしれん。
ヒュドラ・バジリスクと戦ったとき、俺は両目とも開いていたのにシュナイダーの見てるものが見えたんだよな。『石化の視線』で麻痺して目が閉じれなかったのに……別に涙目になってねぇし? 涙で前が見えなかったわけじゃねぇし。俺英雄だし。勝ったし。はいこの話おしまい!
「実際、俺自身の特性を知るのは助かるしな……それが支払いになるってんなら喜んで」
「いぇーいルーカスさん分かってるぅ! 愛してるよダーリン!」
「そーいうの勘違いするから他でしない方がいいぞー?」
というわけで適度にパチパチと瞬きをしてサブリミナル効果的にローラとドロシーの締まらない顔を脳裏に焼き付けてしまった。……逆にある程度しっかり見た方が良かったのかもしれないレベルだ。うがぁぁぁ。
「……しかしまさかアミダクジですらイカサマされるとは思わなかった」
「あんなの線をちょいっと足したり消したりすればいいんだから簡単だよ」
どういう手を用いたのかさっぱり分からんが、気が付いたら線が増えたり消えたりしていた。「え? 最初からこうだったよ?」と言われてしまえばそれまでだ。うむ、全く分からんかった。
「まー、この程度のイカサマを見抜けないようじゃルーカスさんはギャンブルしたらダメだろうね」
「……そんなにダメなの?」
「イカサマしないって信用してる相手と賭けるならいいけど、流しのギャンブラーと勝負とか絶対カモにされるからやっちゃだめだよ?」
「お、おう」
顔をガッと掴まれ、目をじっと見られたうえで真剣に言われてしまった。
気を付けよう、本気で。
まぁ、宝クジがダメなのはわかった。なら他の手だ。
「他にもアイディアがあるんだが、聞いてくれるか?」
「何、まだあるの? ルーカスさんってば結構商才があるのかもね」
宝クジがダメなら他の手。それこそ前世日本で知った商売のアレコレは俺の知識の中にある。……あんまり詳しいわけじゃないけど。
「まずこれは……なんかこう、親会員から置物を売って子会員になってだな、置物の売り上げの一部を親に還元するようにするんだ。すると、子会員を増やせば増やすほど親会員は儲かるようになるという仕組みで――」
「はーい、ゴブリン講だねーそれ」
ミルスにぺちっとツッコミを入れられた。
くっ、なんということだ。まぁ宝クジですら規制されているというのにネズミ講(マルチ商法)が規制されていないわけがなかったか。
というかゴブリン講なんて名前がついてるんだな、こっちだと。確かにじゃんじゃか増えそうだしイメージ的にはぴったりだ。
「ゴブリン講っていってね、儲けられるのは最初の方の親会員だけで、子会員は搾取されるだけになるんだよ?」
「やっぱダメか。いや、これは自分でもかなりアウトよりなアウトだと思ってたけど」
「ダメじゃん。完全にアウトじゃん。ダメって気付いてたのになんで言ったの?」
「あわよくば行けるかもしれないと思って……」
「……本当はルーカスさんゴブリン講知ってたんじゃないの? こうね、社会には色々規制があるんだよ? 分かる?」
いや知らなかったって。本当本当。ネズミ講なら知ってたけど。
「うーん、ルーカスさん商才というより詐欺師の才能があるんじゃない? ま、生まれた時代が遅くて良かったね、捕まらなくて」
「……ああうん。そだね」
「絶対にやっちゃだめだよー? 良くて鞭打ち、悪くて首切りだから。協力してたらアタシも鍛冶屋の営業許可取り消しだし、罰金も取られるだろうし、良いことないからね」
……危うく死ぬところだった。ミルスがいてくれて良かった、ホント。
というか、営業許可とかやっぱりあるのか。
「ちゃんとした営業許可なくできるのは露店や屋台までだよ。ま、それも決まったところでやらないと叱られるけどね。大道芸も道端で急にやって怒られたって言ってたでしょ」
「ま、ま、おかげで助かったよ。ミルスは法律とか詳しいんだな」
しかしルーカス40年の記憶を紐解いても宝クジ規制法とかゴブリン講とかいう知識はさっぱりなかった。宝クジ規制法とかローラも知らなかったみたいだがよくミルスは知ってたもんだ。
「そりゃー、こんな可愛くても鍛冶屋の店主ですから? 客商売するなら常識レベルでは押さえてるっていうか、知ってないと営業許可が下りないっていうか」
「なるほど。店主の必須科目か」
そうなると、やっぱりミルスは頼りになるということだな。さすが合法ロリドワーフ、伊達に年齢が高いわけじゃ……げふんげふん。いや、年齢で言ったら俺が一番上だけどさ。
「まー、いつでも相談には乗るけど、せめて詐欺っぽいのはよしてね」
「お、おう。分かった」
なんにせよ、そう簡単に一発逆転大儲け、というわけにはいかないらしい。
……またスタンピードが起きて、キーモンスターを俺一人で狩ったりできるなら逆転満塁ホームランってなもんなんだけどなぁ。
あ、そもそもスタンピード起きるならゴブリンやオークを狩るのに困ったりしてないか。
「……まー、スタンピードが起きるのはこの町だけじゃないから? 別のスタンピードが起きそうなところに助っ人にー、ってのもアリだけどー」
「そんな手が!? ああでも、さすがにまた死にかけるのは勘弁したい……オッサンには命がけの冒険はきつすぎる……」
それに、そうそう都合よく俺と相性のいいキーモンスターが現れたりなんてミラクルが何度も起きるとは思えない。ヒュドラ・バジリスクは思い返せば俺と相性がかなり良かった。むしろ良すぎたまである。
「……命かけずに一発逆転大儲けとか、なんかない?」
「あったらもう誰かやってるでしょ。新しく考えてよ、その素晴らしい頭で」
「……となると、やっぱり俺にしかできない事って話だよなぁ」
「あ、ホントにちゃんと考えるんだ?」
……シュナイダーとカカシのハグ会、なんてのが俺の頭をよぎったが、ローラとドロシーしか来ない未来は目の前のだらしない二人を見ていれば容易に想像がついた。