005
くそうなんてこった。結局、特に有効な手を思いつかないままアパートを出ることになってしまった。
「……というわけで、行くあてがないんだが」
「宿無しの英雄とかパッとしないなぁルーカスさん」
はぁ、とギルドの酒場、カウンター席で水を飲みつつ、ギルド員のミゲルに愚痴をこぼす俺。うーん、お水美味しい。タダなのがいい。
「でもルーカスさんには頼りになるパーティーメンバーがいるじゃないですか。ローラさん、一軒家暮らしですよね? そこにお世話になったらいいのでは?」
「それは……最後の最後の手段にしたいところだ」
「まぁ外聞悪いですもんね」
分かってて言ってるんだからタチ悪いなぁ。
「ミルスさんはダメなんですか?」
「ダメだ。次頼る時はローラに頼る、って言っちまったからな……その約束を破って転がり込むわけにもいかんだろ」
「ルーカスさんの頼りになる相棒はその辺塞ぐのも得意でしたか。……というか、ミルスさんの家に転がり込むの自体はダメじゃないんですか?」
「あー……うん。ダメだが、なんかこう、ローラに頼るよりは頼りやすいな」
自分で言っててもなんかおかしいと思わなくもないが、ミルスはセーフなのだ。
……ミルスも大人の女性で、しかも居候のドロシーと二人暮らしなんだけど。なぜかローラよりはミルスの方がハードルが低いのだ。
「このままではローラの家に転がり込むことに……」
「いいじゃないですか、転がり込んじゃえば。そしてなし崩し的に既成事実を」
「はいアウトー。それだよそれ、俺が一番ダメだと思うのは!」
「ローラさんの何がダメなんです?」
「……どちらかというと、ダメなのは俺かな? ほら、歳がさ」
「あー。倍以上離れてますもんね」
そうなのだ。俺が40越えてるのに対し、ローラはその半分も行っていない。
「むしろ母親が俺より年下だそうだ」
「へぇー。まぁ貴族だったらよくありそうな話じゃないですか、親子みたいに歳の離れた夫婦とか」
「俺は貴族じゃないんだが?」
「英雄ですしセーフセーフ。ほら、『英雄色を好む』とか言うじゃないですか」
「それ完全にアウトなやつじゃねーか」
というかそのことわざ、この世界にもあるんだね。英雄になるくらい血の気の多い人間の考えることは世界が違えど大体似通ってくるということなんだろう。
……俺は違うぞ、紳士だからな。
「ところでお酒飲まないんですか? ギルドの売り上げに貢献してくださいよ英雄様」
「酒を飲む金があるなら宿をどうにかしたいからな……」
「はぁ。そうですか。……そんなルーカスさんに朗報です!」
どん! とミゲルがカウンターにズタ袋を置いた。
「なんだこれ?」
「これはですね、テントと寝袋です!」
「……ほう?」
俺は座りなおして話を聞く体制になり、ミゲルに先を促す。
「実は先日のスタンピードで、万一のために避難グッズを大量に仕入れていたんです」
「なるほど。備えは大事だもんな」
「はい。ですが結局不要になったのはルーカスさんもご存じの通りです」
「まぁ、非常時の備えは使わないのが一番だしな」
「おっしゃる通りで」
ですが、とミゲルは続ける。
「倉庫を圧迫するんですよねー……」
「あー。なるほどな」
「なので最近増えた新人さんにも売ってるんです。というわけでお安くするのでルーカスさんもおひとついかがです?」
「……これで町の外でも行って野宿しろと?」
「いえいえ! ルーカスさんには町の中、誰に憚ることもなくテントを張れるところがあるじゃないですか」
ほう。言われてみれば、確かに俺の土地は上に家がないだけで俺の、俺だけの土地である。であれば、その上にあるのが家であろうがテントであろうがさほど変わらないということか。
「ふふふ、折角の土地なんですから有効活用しないと」
「確かにな。いいだろう、買ってやる」
「まいどあり! あ、それと」
「ああ察した。非常食の備蓄も買ってほしいんだろ?」
「おお、さすがルーカスさん分かってらっしゃる! いやぁテントや寝袋は腐らないんですが、非常食は倉庫に入れっぱなしだと食べられなくなっちゃいますからねー」
「その分、買い叩かせてもらうぞ。こっちの懐具合も察してくれ」
「え? ルーカスさん英雄なのにお金持ってないんですか?」
「お前な……非常食を買うのやめようかなー」
「ああすみませんすみません。大の大人がこんなことでへそ曲げないでくださいよ、まいどありー!」
というわけで、ギルドで野営用のテントと寝袋、あと非常食を格安で譲ってもらえた。
結果、ルーカス邸跡地で野宿しつつ生活することでなんとかローラの家に転がり込むことは阻止。ローラに悪い噂が立つこともなく、俺も自分の土地を有効活用できてWinWinというやつである。
テントから離れるときは物置小屋に片付ければいいし。……うん、物置小屋で寝泊まりすればいいんじゃね? と思わなくもないが、物置小屋はシュナイダー達で満杯なのだ。
あれだ、ペットを大事にしすぎて自分の食事をおろそかにする飼い主みたいだな。
しかし宿はこれでいいとしても、金がない問題は解決したわけではないのだ……
生活費は広場で人形劇でもやって稼げるが、なにかこうドカンと一発稼げないものか。
そして俺は閃いた。
「そうだ、こういう時こそ前世の知識だ! 知識チートだ!」
というわけで、前世の知識の中から金儲けに直結する知恵を探しだし、俺は早速ローラを呼んでミルスの家に向かった。
*
風呂を借りてさっぱりした俺は、当然の如く混じっているドロシー含む3人の前で素晴らしいアイディアを披露することになった。
「宝クジをしようと思う」
「宝クジ……ですか?」
ローラが首をかしげる。まぁいきなり概念をすっとばして名前だけ言ってもだめだよな。
「えーっと。ルーカスさん、それはどういう金儲けなの?」
「よくぞ聞いてくれたミルス。これは、通し番号を書いたチケットを売るんだ」
「ふむふむ」
「そして、通し番号のうち1件だけ選ぶ」
「ほうほう」
「そんで、見事的中したヤツには賞金を与える。つまり宝を手に入れるクジ。略して宝クジだ。コイツを売れば、楽してウハウハ間違いなし!」
「はいアウトー」
ミルスがぺしっと俺にツッコミを入れた。
「アウト……どういうことだミルス? いったいこの完璧なアイディアのどこに問題が」
「ルーカスさん。それ、宝クジ規制法に引っかかるよね?」
宝クジ規制法……だと?
「いやー、ルーカスさんが宝クジとか言い出して何事かと思ったけど犯罪の片棒は担げないよ」
「ちょっと待ってくれ。その、宝クジって違法なのか?」
「……え、まさか宝クジ規制法知らないでそれ言ってたの?」
「うん」
そりゃ逆にスゴイね、とミルスは感心したように言う。
「宝クジって、番号とか選ぶのって販売側じゃない? だから結果を弄りやすいし、違法なわけ」
「なんだと……いやでも俺はそんなことしないぞ。なんなら大勢の目の前でクジ引いてもいい」
「その程度、なんとでもごまかせるからね。たとえば番号を書いた紙を引くとかあったけど、端っこ折って目印つけといた、っていうのとかあったらしいよ」
そんな単純な方法が……
「で、でもそんならみんな注意してるだろうし、バレるんじゃないか?」
「んー。そうだルーカスさん。ちょっとアタシ達3人相手にクジ勝負でもしてみる? ルールは簡単。何種類かクジをやって、それぞれ勝者を決めるの。たとえば……」
ミルスが部屋の片隅にあったガラクタの山からツボと串を持ってくる。
「このツボの中に4本の棒を入れて、1本だけ先が赤くなってのを引いた人が勝ち、みたいな。どう?」
「ほほう。……でも話の流れからするとイカサマもするんじゃないのか?」
「そのイカサマをルーカスさんが見つけられたらその試合はルーカスさんの勝ちでいいよ。ローラとドロシーはアタシが色々教えてあげる」
「へぇ、面白そうですね。……折角だから少し賭けの真似事もしてみますか?」
「じゃあちょうどいいコインを作るよ! ……作った!」
ドロシーがささっと土魔法でコインを作り、皆に配る。
ふふん、ここまでお膳立てされて引き下がれるかってんだ。
「まぁー、簡単なお遊びだけど。どう?」
「いいだろう。受けて立つぜ」
いざ、勝負だ!
そしてあっという間に素寒貧にされましたとさ。




