003
「どういうことだ?」
かれこれ3日連続、俺達はモンスターに会うことなく、軽い荷車を引いて帰ることになった。
そして4日目の今日も未だにモンスターの姿は見えず、森の奥で薬草採取と相成っていた。お、これ良い奴。採取採取。
「うーん、さすがにこれだけモンスターが狩れないとなると、何か原因がありそうですが」
「そうだな、何か妙なことが……いやまて」
ふと思った。
妙なことならあった。そう、「あった」のだ。スタンピードが。
「俺達が初めてゴブリンを狩った時って、アレもうすでにスタンピードの影響でゴブリンが増えてたんじゃないか……?」
「……あっ。言われてみれば」
今まで俺達はモンスターが増えた状況でしか狩っていなかった。つまり、今この全然モンスターが狩れない現状こそが正常な状態なのだ。
記憶を漁れば、確かに俺は前世のことを思い出す前までにゴブリンを狩った事がある。
それは場所こそ同じあたりだったが、頻度はごくごく稀だった。十代で冒険者になってから40歳になるまでに数回――片手で事足りる程しかなかったのだ。
「……そうか、そういうことか」
「うう、知りませんでした」
これに気付かなかったのは単に俺とローラ、つまりパーティーメンバーの全員が増えた状態しか知らなかったことによる。くっ、なんてこった。俺が英雄だからと慢心していたばっかりに情報収集という冒険者にとっての生命線を怠っていた……!
ともかく、スタンピードの影響が消えた今後は、もっと奥深くまで行かなければゴブリンすら狩れないということ。
オークを狩るにはそこからさらに奥――荷車を運び入れることすら困難な場所まで行かなければならないわけで。
……荷車を借りるのは止めた方がいいだろうか、これ。オーク倒したとして、荷車のあるところまで運ぶわけだろ? しかもその間荷車は放置。ゴブリンや泥棒なんかに盗まれたり壊されたりされたら困る。
「ルーカスさんの【人形使い】で運べませんか?」
「不可能ではないだろうけど、人形が持つかだな……最悪俺が運ぶとなると筋肉痛間違いなしだ」
「2、3日に1回オークを狩れるならルーカスさんの筋肉痛もやむなしでしょうか」
「……もうすこしオッサンの体を労わってくれないかな」
「大丈夫ですよ、私がつきっきりで看病してあげます。相棒じゃないですか」
そう言っていい笑顔で笑うローラ。
ドロシーのマネキンカカシがあるから筋肉痛でも一人でなんとかなるんだが……いやこれ、金欠でローラを頼らなかったのまだ怒ってるんじゃなかろうか。
「まぁ、問題はもうアパートを出ないといけないというやつだな。ミルスのおかげで物置小屋は建ったからそこに荷物は置いておけるが」
「じゃあ次は私の家に居候ですね! 歓迎しますよ、お父さんの部屋とか空いてるので」
尚、ローラの父親は商人で、出稼ぎに行っているらしい。
正確には、以前までは隣の町で生活していたローラ達が父親だけ置いて母親の実家に戻ってきたという感じのようだが――
「ん? これ夫婦喧嘩でもして別居状態とか?」
「いえ、お父さんも仕事が落ち着いたらこっちにくる予定ですよ」
「……そりゃ、俺が転がり込むわけにもいかないよなぁ」
「男手が居ないから頼りにされると思いますけど」
「うん、尚更外聞が悪いよな?」
女3人しかいない家に転がり込む40歳のオッサン。それなんてエロゲと言わざるを得ない。しかも【人形使い】というスキルすら意味深に聞こえてくるあたり、前世の魂はきっと物凄く汚れているに違いない。そしてその汚れはそのまま今の俺にまとわりついているのだ……!
まぁそんなことしないけどね。俺は紳士だし。
「というか、下手したら俺よりローラのお母さんが年下とかないよな?」
「女性の歳を尋ねるのは厳禁ですが、ちょっと上くらいではないかと」
「うん、どっちが?」
「ルーカスさんが」
うわぁ。
この世界では前世日本より平均寿命が短そうな分、成人も早い。つまり結婚も早い傾向がある。特に女性は。
そんなわけで、ローラの母親は俺より年下でも全然不思議じゃないのだ……!
「お父さんはルーカスさんより上だと思います。ルーカスさん40歳ですよね?」
「ああ、今年は誕生日まだだから40歳だ」
「ならさすがにお父さんの方が上です」
よかった。さすがにこれで俺の方が上だったらちょっとへこむ。歳を感じすぎて。
でもホント、下手したらローラと俺が親子でもおかしくない年齢なんだよなぁ。
「……そういえばルーカスさん誕生日っていつですか?」
「そういえば来週だな」
「来週、ですか?」
「ああ。来週だ」
俺がそう言うと、ローラは少し驚いた顔をしていた。
……そうだよ来週で41歳だよ。またひとつ歳を重ねるんだ……
「ええと、それは……おめでとうございます?」
「あ、ああ。ありがとう? まぁこの歳になるとむしろ忌々しいまであるけど」
「男性でもそうなんですか?」
「父親とかならともかく、独身だとどうしてもな……」
喜びよりもむしろ焦りがある。
そう言えば前世だと30歳だか40歳まで童貞だと魔法使いになるっていう話があったけど、今世の俺は実際に魔法が使えるんだよな。まさか前世で未経験だったから転生したのかもしれんな、検証はできないけど。
「えと、な、何か欲しい物とかはありますか?」
「……今は成果が欲しいかなー」
「……そうですね」
って、これじゃ八つ当たりみたいだな。
「いやすまん、そういう質問じゃなかったな。プレゼントとして欲しいものとしては、ローラが何かくれるってんならなんでも……ってのもなんだし、なんか美味いもんでも食わしてくれや」
「わかりました。それじゃあ誕生日当日は腕によりをかけてご馳走作りますね」
むふん、と腕まくりするポーズで言うローラ。多分作るのはミルスと合同になるんだろうけど、楽しみだ。
尚、実際にはまくっていない。森の中だし、戦闘装備だからね。
「ちなみにローラの誕生日っていつだ?」
「私はだいぶ先ですよ。それよりもクララの誕生日の方が来月あたりなので、人形劇をみせてあげてください」
「ああ、クララちゃんな。喜んで」
クララちゃんは色々なキッカケというか、お世話になったようなもんだからな。ローラの妹ってのもあるけど、盛大にお祝いしてやらねば。
「やっぱシュナイダーかねぇ」
「そうですね、シュナイダーは最高ですから。私もじっくり鑑賞させてもらいます!」
「……ローラの誕生日にもシュナイダーで人形劇がいいかな?」
「あ、なんならシュナイダー達で抱きしめて欲しいかなって」
それくらいならお安い御用……かな? 視覚の共有はしないように気を付けよう。ローラを抱きしめ(しかも複数体で)の視覚とか色々危なそうだ。
と、まぁそんな事を話しつつも森の中を探し続けたのだが、結局ゴブリンが1匹しか見つからなかった。
……さっくりと片付けたけど、ゴブリンは可食部が無いに等しい。討伐証明部位だけとって、結局薬草しか積んでいない軽い荷車をひいて、俺達は町に戻った。
ゴブリン1匹の報酬は、薬草並みに安かった。




