002
「なんで私を頼ってくれなかったんですか」
冒険者ギルドで久々にローラと顔を合わせたところ、むすっとした顔でそう言われてしまった。
一応、ギルド経由で数日休む旨を伝言はしておいたのだが、それだけではご不満だったようだ。いや、頼れと言われてもね。そのね。オッサンにも見栄ってもんがあってね。
「……そりゃ、確かに私よりミルスさんの方が頼りになりますけど、だからといって私はルーカスさんのパートナーじゃないですか。相棒じゃないですか。2人でひとつじゃないですか」
「お、おう。すまねぇ。でもだからこそローラに借りを作るわけにはいかないだろ?」
「理解できません。遠慮なくバンバン頼り合ってこその仲間じゃないですか!?」
言いつつ、バンバンと木のテーブルを叩くローラ。
「私はそうして信頼が培われるものだと思っていますけどっ」
「いやいや、そりゃ一理はあるかもしれないが全部じゃねぇだろ。実際俺はローラのことは信用してるし信頼もしてるぜ? 主にシュナイダー関連で」
「じゃあどうしてですかっ! そんなにミルスさんが好きなんですかっ!」
「いやぁ、だってその……」
「その?」
「……その、オッサンのはっちゃけの尻拭いを頼むとか、恥ずかしいし」
「っ……!」
俺がローラから目をそらしつつ言うと、ローラは顔を赤くして言葉に詰まった。
「そ、そんな可愛く言うなんてずるいです!」
「は、はぁ!?」
そして40のオッサンに対してあり得ない形容詞でずるいとか言われた。
「ちょっとまて可愛いって何だよ!?」
「今のは0.8シュナイダーはありましたよ! もー! 真面目な話してたのにっ!」
「シュナイダーって可愛いの単位なの!? つーか俺はどちらかといえばカッコいい方だと思うんだが」
「そうですね、スタンピードの時は最大で1.3シュナイダーでした」
どうやらシュナイダーはカッコいいの単位でもあるらしい。
というか最近は英雄と呼ばれている自他ともに認めるカッコいいオッサンである俺のどこに可愛い要素があるのか、それが分からない。まぁ女子の「可愛い」が意味不明なのは前世でも同じだったような気がするけど。
「というかミルスさんには頼っても良いんですか?」
「あー、なんつーか、その、ミルスはそういうお母さん的な感じしないか?」
「……分かりますけど、それミルスさんに言っちゃダメですよ? 殴られます」
「お、おう。俺もそう思うから絶対言わねぇけどよ」
40歳のオッサンが見た目幼女のドワーフをお母さんとか言ったら色々問題ありそうだよね実際。なんていうの? バブみっつったっけ? 母性を感じるってやつ。赤ちゃんになってバブバブ甘えちゃいたくなる感じのこと。
「はぁ……分かりました。今回はこれ以上は言いません。ですが! 次は私のこと頼ってくださいよ! 約束ですからね!」
「お、おう……」
そして有耶無耶のうちに口論は打ち切られた。
……しかしローラよ。オッサンに向かって可愛いって一体何がどう見えてるんだ。
そう思ったが、これを尋ねるのは藪蛇になりそうだったので聞くのは止めておいた。俺はダンディーでカッコいいオッサンなんだ……!
とりあえず、空気をかえよう。
「それじゃあ、そろそろお仕事と行こうじゃないか。金を稼がにゃ今度こそローラに頼ることになっちまうからな」
「そうですね、私は別に頼ってくれていいんですが。何かいい依頼がありますかね?」
仕切り直して依頼表を貼り付けてある掲示板を見にいく。
……薬草採取、薬草採取、荷物の配達、倉庫整理……あと薬草採取。
うん、ロクなのが無いな。
「ロクなのが無いですね。やっぱり出遅れてましたか」
「うぐ、そうだな。めぼしい依頼をゲットしようと思ったら早起きしないとダメか」
しかし多いな薬草採取。スタンピードで色々使い果たしたとかなんだろうか。
あれからもう数日は経っているはずなんだが。
「とりあえず、薬草採取でリハビリといこうか」
「そうですね。ついでにオークやゴブリンが見つかればそれを狩ればいいですし」
そんなわけで俺とローラは薬草採取に向かうことにした。
*
薬草採取のため町の外へ出ると、いかにもな新人冒険者と何回もすれ違う。
そいつらは、その手に薬草を入れた革袋を持っていて。
どうやら結構な数の新人冒険者達が薬草を採りに来ているようであった。
「どうしてこんなに薬草採取してる冒険者が居るんだ? もしかして、若者達の間で冒険者がブームだとでも言うんじゃないよな?」
「あ、それはあり得るかもですね。この間のスタンピードの影響で、町は自分達で守らなければって意識が強まって、結果として兵士や冒険者になる人が増えていたりって話をお隣さんから聞きました」
「お、おう。そういうのもあるのか」
ローラの考察は結構当たっているように思える。
前世日本でもバスケ漫画が流行った時には全国のバスケ部への入部が殺到し、医療ドラマが流行った時には医者志望の学生が増えたそうだ。それに近い空気を感じる。
人は、なんだかんだ身近な情報に影響を受ける生き物なのだ。
「……ってことは、冒険者ギルドにロクな依頼が無かったのもその影響かな」
「まぁ、冒険者が増えたらそうなりますよね。……これからはだいぶ早起きしないといい仕事にはありつけないかもしれません」
「とはいっても、ローラなら裁縫の仕事はくいっぱぐれなさそうだけども」
「そのあたりはスキルの恩恵ですね」
ともかく、町から近い所にある薬草の群生地はかなり競争率の高いことになっていた。おおっと、揉めてるやつらもいる。新人同士か……ううむ、薬草は根こそぎじゃなくて上の葉っぱだけちぎって持って帰るのがマナーだとかそう言う点を知ってるのか気になる。そうしないと折角の群生地が消滅してしまうからだ。
一応ギルドでもそこらへんは一言教えてくれるから大丈夫だろうけど……
「なんにせよ、このあたりの採取ポイントはダメそうだな」
「そうですね。私達はゴブリンが出ても大丈夫なんですし、浅い所は新人に譲ってもっと奥の方に行くべきです。というか、私達はある意味オークが目的なんですから」
「だな」
そう、俺達はオークを倒した時のために荷車も借りて、カカシに引っ張ってもらっているのだ。
というわけで、さらに森の奥の方までやってきた。以前ならゴブリンが普通に出てきていたあたりだが――
「……普通に薬草採取が目的っぽい冒険者がいるな」
「もっと奥いってみますか」
「ああ、一応カカシを――いや、シュナイダーでいいか。先行させておこう」
俺は背負い袋からシュナイダーを取り出し、先行させる。
荷車がなんとか通れる場所を進み、森の奥へ進む俺達。
結局、以前オーガが出てきたあたりまでやってきた。さすがにここら辺までくれば新人冒険者は見ない。
「……さて、そんじゃ探すか。薬草」
「はい、ついでにオークも」
このあたりで薬草採取するのは初めてだが、長年の経験からこういうところに生えやすい、というのは分かっている。さらに、浅い所ではあまり見ない少しレアな薬草なんかも見つけることができた。香辛料にもなる山椒みたいな草だ。
「しっかし、出ないな? オークどころかゴブリンも」
「こんな奥まで来たのって、スタンピードの時にヒュドラ退治しに来たとき以来じゃないですか?」
「だよなぁ。今までの感じだととっくにオークの1、2匹狩れてるはずなのに」
レアな薬草を手に入れることができたから赤字にはならないが、レンタルした荷車が空というのは物寂しいものがある。せめてできる限り多くの薬草とか森の手前じゃ手に入らなそうな素材とかを持って帰るべきか。
……とはいっても、そうそう珍しいアイテムが落ちてるわけもなく。
俺達はゴブリンにも遭遇することなく、平和的に薬草採取だけをして、仕事を終えた。