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004



 顔を洗って、体を濡れタオルで拭いた後、俺はギルドへ向かうことにした。

 昨日大イノシシを退治して稼いだ金があれば2、3日休んでもいいのだが、日本人でサラリーマンだった記憶のせいかなんか出なければと思ってしまったのだ。


 ……我ながら社畜精神が染みついてるなぁ。いや、この場合ギルドだからギル畜か。


 とはいえもう時刻は昼だ。あ、うだつの上がらない冒険者の俺は時計なんて高級品は持ってないよ。時間は、2時間毎に鐘がなるのと、お天道様の位置から推測するもんだ。


 俺は大通りを歩いてギルドに向かいつつ、町の様子を眺めた。

 昨日はしっかり見てなかったが、床は石畳で舗装されてるし馬車も走ってる。

 馬車、といっても馬以外が引いてる場合もあるけど。牛とか羊とか大鳥とか。

 建物は中世ヨーロッパ? みたいな感じだ。行ったことないけど。


 魔法のある世界では科学が発展しない、みたいな話を聞いたことあるけど、こうしてみると眉唾モノだな。俺みたいな転生者が他にもいてポンプとかそういうのを広めたのかもしれない。


 と、ドンッと足元に何かぶつかった。


「きゃっ」

「おっと」


 見ると、子供が尻餅をついていた。


「すまねぇ、大丈夫かお嬢ちゃん」

「ふぇ、えぅ……」


 手を差し伸べたが、その眼がうるんでいる。ヤバい、嫌な予感がする。

 まってくれ。俺が悪かったから!


「びぇええええええ!!」

「うぉっ! わ、悪かったって!」


 まさに爆弾。大音量の鳴き声が大通りに響き渡る。

 泣く子と地頭には勝てない、ということわざがあるが、この破壊力はすさまじい。周囲の人も何事かとこちらに注目してくる。


「な、おじちゃんが悪かった。泣き止んでくれ」

「びぇええええええええええ!!!」


 だめだ、止まらない。

 あたりを気まずく眺めてみる。……うん、なんかこうね、それほど悪いことしたわけじゃないと思うのに罪悪感がひどくなる。これだから子供の泣き声ってのは厄介なんだ。

 と、ふと下を見ると、猫のぬいぐるみが落ちていた。

 ボタンの目がついたそいつは、飲んだくれたおっさんのようにぐったりと横たわっている。


 そこで、ふと昨日の飲み会で俺のスキル【人形使い】について話していたことが頭をよぎった。


『泣いてる子供をあやすのに使えるだろ』


 そういったのはあの4人のうち誰だったか。だが俺はそこに活路を見出した。

 俺はポーチの中に入っている裁縫セット、その中から糸を取り出した。


「ええっと、糸をぬいぐるみの首にでも結んで……これでどうだっ」


 ぴょこんと、猫のぬいぐるみが起き上がった。

 同時に子供の泣き声もぴたりと止まる。


「えっ……?」


 おおっ! 効果覿面(てきめん)だ!


「よーし、いけっ猫介!」


 俺はさらに子供の目の前でぬいぐるみをぺこりとお辞儀させた。つられて頭を下げる子供。スキルってのは不思議なもんだ、本当にぬいぐるみが動いてやがる。

 回れ、と思えば回るし、歩け、と思えば歩く。踊れ、と思えば――あ、これは具体的にどう体動かすかを考えなきゃ動かないか。コサックダンスなんてどうだ――お、いけた。


「すごーい! シュナイダーが動いてるー!」

「あ、そんなカッコいい名前だったんだ。この猫」

「うんっ! お姉ちゃんが作ってくれたんだよー。あ、わたしはクララっていうの!」

「そうかそうか。俺はルーカスってんだ」


 そう言いつつ、猫のぬいぐるみ……シュナイダーをぺこりとお辞儀させる。

 こちらこそよろしく、と言わんばかりにまたお辞儀を返すクララちゃん。もうすっかり泣き止んでいた。

 やっぱり子供は笑顔の方がいいな、うんうん。


「ねぇねぇ、さっきの踊ってたの、もっかいやって!」

「うん? うーん、だがな、芸ってのはタダでそう何度も見せるもんじゃないんだ」

「えぇ……でもお金もってない……」

「だけど、今日はクララちゃんの笑顔がお代ってことでいいぜ!」


 と、少し勿体付けたが、俺は再びシュナイダーのコサックダンスを披露した。

 クララちゃんは目を輝かせてシュナイダーを見つめた。


「すごいすごーい!」

「ほっ、はっ、どぉりゃっ」


 コケそうになるのをちょっと糸で引っ張って支えてズルしつつも、たっぷりと踊りまくった。いや、うん。ロボットとか動かしてるみたいで俺も楽しくなっちまってな。


「そりゃ、こいつでラストだっ!」


 ぽーん! とシュナイダーを俺の身長より高く跳ねさせた。

 思っていた以上に飛び、糸がピンと張って戻ってくる。

 そうしてくるくる回転しながら、シュナイダーは俺の腕の中にすぽっと納まった。


「わー!」「いいぞー!」「ひゅー!」


 突然の歓声にびくっと驚く。クララちゃんしか見ていなかったが、気が付けば、人に囲まれていた。

 とりあえず俺はシュナイダーを地面に下して、ぺこりとお辞儀をさせる。拍手が鳴った。


「あ、あー、どーもどーも。ども」


 何か入れ物でもあればおひねりがもらえたに違いない。というか足元にいくらか小銭が投げ込まれた。

 ……もらっていいんだよねこれ? と、俺はシュナイダーに小銭を拾わせようとしたが、ぬいぐるみの腕には指が無いのでつかめなかった。どうにか銅貨をはさんで持ち上げたがポロリと落ちて、ちゃりーん……と鳴ったところでまた笑いが上がる。なんだこれ。箸が落ちてもおかしい年頃かよお前ら。


 今からでも遅くない。俺はポーチから空の皮袋を取り出し、口を広げて地面に置く。

 俺が足元の銅貨を拾ってその中に入れると、それが呼び水になったようで小銭がぽいぽい投げ入れられて、たちまちちょっとした稼ぎになってしまった。

 ……なんてこった、こりゃ本気で大道芸人に転職すべきだろうか。


「またやってくれよな、なかなか楽しかったぜ」

「お、おお。ありがとう」


 そうか。日本に比べて圧倒的に娯楽が少ないこの世界、こんなぬいぐるみのダンスでも喜ばれるもんなんだな。日本でやってたら「人形劇なんてダセ―よな、帰ってゲームやろうぜ」ってなっただろう。紙パックのジュースやお米券がもらえる可能性も無きにしも非ずだが。


 ともかく、やりきった。クララちゃんももう笑顔だし、俺はシュナイダーをぽんぽんと軽くはたいて土埃を落とし、クララちゃんのもとに返してやる。むぎゅっとシュナイダーを抱きしめるクララちゃん。


 ふぅ。なんかよく分からんが、やりきったぜ。俺は特に汗をかいたわけでもないけど手で額をぬぐった。


 ――と、その時不思議な光景が目に浮かんだ。

 目を閉じているのに暗くならなかったのだ。そして、目の前にドアップのクララちゃんの顔が映った。


「のわっ!?」


 俺は思わずびくんっと後ずさった。別段なにもおかしくない光景。しいて言えば、シュナイダーがクララちゃんにむぎゅーっと抱き潰されてる。……俺は、もう一度目を閉じる。

 ……目の前にクララちゃんの顔が浮かんできた。

 開ける。シュナイダーが抱きしめられていいこいいこされてる。

 閉じる。いいこいいこするクララちゃんが目の前に。


 ……あれ。これ、もしかしてシュナイダーの見てるものが俺にも見えてる?


「クララちゃん、ちょっといいか?」

「うん、何?」

「シュナイダーを俺の方に向けてみてくれ」

「うん? わかった」


 そして俺は片目をつぶる。……そこにはくたびれた風貌の、赤毛のオッサンが居た。

 やべぇ、俺だ。俺が居る。


「うん、ありがとう。っと、シュナイダーにつけてた糸を外しとくぞ」

「うんっ」


 俺はシュナイダーの首から糸を外した。……うん。

 これ、【人形使い】って意外と使えるスキルなんじゃなかろうか。


 たとえばそう。物陰から様子を探る場合。

 鏡を使って様子を見る、という手もあるが、それを人形の目を使ってやるのだ。

 これなら、狭い穴の向こうなんかも見れるんじゃないか? 人形を歩かせて。


 塀の向こうにだって、人形に糸を付けて投げ入れてやればその先を見ることができる。

 棒に人形を括り付けて高く持ち上げれば、高い場所から遠くまでよく見ることができる。

 ヤバい! すごいぞこれは、斥候にはもってこいじゃないか。


 まさか【人形使い】にこんな隠し能力があったとは……

 ……おままごとの延長だなんてバカにして、すまんかった。【人形使い】。




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