035
指先から力が溢れてくる気がした。
いや、実際に溢れているのだろう。なにせ俺の指から指へ一旦糸を経由して力が流れ込んでいるのだから。……しかしこの力の出所、どうなってんだろう。俺の指が異空間にでも繋がっててそこからパワーを得ているんだろうか。
まぁスキルや魔法なんて摩訶不思議なものの原理をいちいち考えても仕方ない。
ともかく、指10本分のパワー。1本で普通に動ける『人形』が10倍のパワーで動くとしたら。その力は単純に考えて10倍である。まさに前世で見た龍の玉なアニメにあった界〇拳って技。そう、界○拳10倍状態だ。
握力が40kgだったとして、400kgになるわけだ。
うん、もはや怪物だね。
俺は改めてヒュドラを見る。9つの頭――1つはシュナイダーが喉元に剣を突き刺したので残り8つだ。その頭のひとつが俺に向かって噛みついてくる。
だが今の俺は動けないカエルフィギュアじゃない。動く等身大アクションフィギュアだ。完全版ルーカス1/1、パワー10倍エディションを舐めるなよ。
俺はみなぎるパワーを込め、大地を踏みしめて、その頭を殴り飛ばした。
ばごん、めぎょり、と音がしてヒュドラの頭が殴った方向へ飛んで行った。――っと、首がぴーんと張って、その長さを限界としてそのまま頭がぐったりと落ちる。
玩具の鉄砲を思い出した。コルクの弾が糸で繋がってるやつ。まさにこんな感じだ。
……殴った右手を見ると、傷一つついていなかった。体も強化されているみたいだ。
「くくくっ……なんだ、ヒュドラ、大したことないじゃねぇか」
ヒュドラは、俺に向かって毒液を吐いてくる。っと、これは俺に有効だろう。なにせ俺は生身の人間なんだから。
しかし俺は慌てずに跳んで――木の高さを超えて跳躍して、それを回避する。
軽業師みたいな体の動かし方は、シュナイダーで学んだ。できれば糸で上に引っ張りたいところだが、脚力でのジャンプでこれだけ跳べれば十分すぎる。
こうなってしまえば、気を付けるべきは毒だけだ。
俺は、地面に倒れているシュナイダーを見つけた。そういえば手の糸がシュナイダーに繋がっていたことを思い出した。今そのパワーは俺が使ってる。わ、忘れてたんじゃなくて、それどころじゃなかっただけだから。うん。
誰に言い訳するというわけでもなく、俺はシュナイダー2体にパワーを戻す。
で、シュナイダーに回した分は足指の方で補填。むしろ俺のパワーが6本分増えた。
一旦ヒュドラから距離をとり、戦闘用シュナイダーの爪カバーを外す。解き放たれた野生……これがシュナイダーの本来の姿よ! あ、シュナイダー改は俺の肩に掴まって視界をカバーしてもらう。少し重いが今の界王○16倍な俺なら誤差だ。16だぞ16。2の4乗だぞ。
落ちていた剣――カカシが使っていた、ミルスの作った剣――を拾い、構える。
「さて、行こうぜ相棒」
そうして俺は、ヒュドラに向かって駆けだす。
距離をとった間にあちらも回復し、また頭が9つに戻ったが――そんなの関係ない。回復するやつの対処法なんぞ、前世から決まっている。
回復しきれなくなるまでぶっ飛ばせばいいのだ!
剣を振るってヒュドラの頭を切り落とす。どちらかといえば、叩き落とすといった表現の方が近いだろうか。16倍の腕力で、強引に。ミルスの剣が頑丈でなければ逆に剣が折れていただろう。
首から毒の血がぶしゃっと溢れてくるが、シュナイダーが間に入りコートで受ける。バカめ、返り血対策なんぞゴブリンやオークでたんまりやらされたわ! シュナイダーが血まみれになるとローラがうるさいからな!
「ひゃっはぁその長い首を固結びにしてやるぜ!」
ヒュドラの頭を掴んでぐりんと振り回す。頭を2つ捕まえて、強化された腕力で結ぼうとすると、ごきりと骨が折れる音がした。
と、そんな俺の後ろから別の頭が俺に毒液を吹っ掛ける。これはしゃがんで避け、さらに噛みついてくる頭を転がって躱していく。アクションヒーローにでもなったみたいで気分がいい。
「シュナイダー、GO!」
そこにシュナイダーが爪を突き立て、目を潰した。「ギュギャァアアアアア……!」と悲鳴を上げるヒュドラ。返り血がシュナイダーに少しかかる……うん、爪攻撃は仕方ないよね。まぁ、あとでローラに洗濯してもらおう。
シュナイダーはぬいぐるみなので、当然ながら毒は効かない。そんなシュナイダーに気をとられた頭を俺が殴り飛ばす。
ローラとドロシーにさんざんやらされた殺陣のようだ。あれはシュナイダーとカカシだったが、今は俺とシュナイダー。ただそれだけの違いだ。俺はシュナイダーといつまでもこの人形劇を踊り続けられる。
まぁ、おまけでヒュドラが茶々をいれてくるが。人形劇してて子供が乱入してくるようなモンだろ。
「ははっ、なんだこりゃ楽しくなってきやがった」
ヒュドラの毒が頭に回ったのかもしれない。いや、そんな効果があるかは知らないけど、俺の顔は自然と笑っていた。
そう。これは人形劇。ヒュドラというちょっと勝手に動く舞台装置が混じっただけのアドリブ劇だ、おっと!
「こりゃいい見世物だ! 観客がいないからおひねり貰えないのが残念だなぁ!」
ヒュドラの頭がまた復活してる。体に付けた傷もすっかり治っている。いいね、丈夫な舞台装置だ。思いっきり乱暴にして使い潰してやろうじゃないか、なぁシュナイダー。
俺はシュナイダーと、こつんと拳をぶつけて、ヒュドラを見る。
赤く暗く光る瞳が俺を見つめ返す。『石化の視線』か? だからもう効いてないって言ってんだ、ろ――
と、俺の心臓が止まったのが分かった。直後、自力で動かす。やべぇこいつ、心臓麻痺までさせられるのかよ。即死攻撃じゃねぇか。俺じゃなかったら死んでたぞ。
うん、問題ないな。全く問題ない。俺は人形使い。心臓が正常に動いているように動かすなんてことだってできないわけがない。
ヒュドラは少し動揺しているようだ。切り札だったのだろう、だが、俺が動けることも予想はしていたと言ったところか。
っと、少し頭がふらっと来た。ヤバい、こっちも疲れてるな。
……『石化の視線』で麻痺してたから分からなかったけど、これ、実は相当体に負担かかってんじゃないか?
「これ以上何も出ないでくれると、こちらも嬉しいんだがね」
再びヒュドラの頭が襲い掛かってくる。前世のアニメで見たことがある誘導ミサイルのように複雑な軌道。どの頭もこんがらがらずに器用なもんだ。ま、俺も人形使ってて糸を絡ませないからお互い様か。
俺はシュナイダーを抱えてジグザグに走り、頭を避ける。ヒュドラと戦闘していてだいぶ最初のところから離れてしまったか。
ん? そういえば俺なんでヒュドラと正面切って戦ってるんだ。別に逃げてもいいんじゃないか?
時間稼ぎはすでに十分すぎるし、そもそも体勢を立て直して戦えばいいじゃないか。
と、噛みついてきた頭を剣を握った手で殴りつけ、考える。
最初は死ぬかと思ったのに、もうすっかり余裕が出ている。目の前にオーガが横切ったので、掴んでヒュドラに投げつけてやった。
「あー、そういえばスタンピードだったな。忘れてた」
最初にチームでヒュドラを倒しに来てから、まだ半日も経ってない。
なのに、体感では半月以上も戦っているような気さえしてくる。ヒュドラとの戦いが濃密過ぎて色々と忘れてた。
モンスターに囲まれる。
ゴブリンやオーク、オーガまでわんさかと湧いていて、いやむしろオーガが半数以上?
なるほど、この機会を逃したらここに来るのは相当に大変だろう。ヒュドラと戦えるかどうかも分からない。ならば、ここで決着をつけるしかない。
というか、決着をつけられるならつけてしまって構わないだろう。
「シュナイダー。悪いな、ちょっとパワーを返してくれ」
俺はヒュドラの返り血にまみれたシュナイダーを地面に寝かせ、20本分全部の力を自分に注いだ。そして、ヒュドラのしっぽを掴み、思いっきり振り回す。
スタンピードのモンスター達を、ヒュドラで薙ぎ払う。周りの木も一緒に。
これで、邪魔が入らない広場ができた。
ヒュドラは回復しようとしているが、どうにもうまく頭が働かないようだ。うん、今までしっぽを掴まれてぐるぐる振り回されたことなんてなかったんだろう、普通はない。
MP的なものが限界、という可能性もあるな。だいぶ潰しまくったし。
「さて。それじゃ……回復される前に全部の頭を潰すか。そうしたらもう復活しない、ってのも、お約束だろ?」
あれだ。全部の頭を重ねて落とせば同時だよ。復活したら復活したでもう一回やればいいだけだし?
もはやヒュドラの頭を潰すエキスパートと化した俺は、ためらうことなくヒュドラにトドメを刺した。




