030
当然のように、3日目を超えてもスタンピードは続く。
夜の襲撃はギルドの方で対策を立てたらしく、被害は最小。【暗視】持ちの弓矢使いがかなり動員されたらしい。
それと、俺の活躍で近接部隊が働けて、矢や油を予定より節約できているようだ。油はともかく、矢の方は使っている分以上に作るペースが上回ったらしく余裕もあると言う話だ。
近接部隊の戦果あってこその話ではあるが、俺の活躍と言われて悪い気はしない。
というわけで、このままいけばまだしばらくは持ちこたえられそうだが――
そうして迎えた4日目。
「やっほールーカスさん! アタシ参上!」
「あ、ルーカスさんだ。同じく私参上!」
ミルスとドロシーが壁の上にやってきていた。無駄にポーズをつけて。
「おいちょっとまて。なんでミルスとドロシーがここに?」
「そりゃ、私が前線で武器のメンテを担当することになったからよ」
「私はそのサポートね。簡易かまどを作ったり壁を作ったりするわよ」
どうやら後方支援が、後方から前線に引っ張り出されてきたらしい。
「だからって、なんでお前らなんだよ。もっと適任がいるだろ」
「ああ、志願したのよ。なんたって、ルーカスさんが大活躍してるらしいじゃない?」
「そうそう。私もその活躍、特にカカシの活躍を間近で見たいし」
茶化すようにそう言う2人。本当の理由は分からんが――覚悟はあるのだろうか。
いや、なかったら志願しないか。
「……だからって、前線だぞ? 危険極まりないだろ」
「分かってるよ。でもね、女でも戦うときゃ戦うのよ!」
「そーそー。それに私だって……村がどうなってるか分かったもんじゃないし、いてもたってもいられなかったのよ」
と、真剣な顔をするドロシー。
「ああ、お前の親父さんなら昨日会ったぞ。近接部隊で大活躍してたわ」
「は? え、ちょっとまって。お父さん生きてるの!? ていうか来てるの!?」
うん、そう。丁度昨日俺の担当してる縄梯子のエリアで盛大に敵を薙ぎ払ってた。ぴょこっと出てきたオーガも魔法で作った石の槍で胸を貫き一撃で倒してた。
「なんか、村は土壁で覆って全員こっちに逃げてきたらしいぞ?」
「……言ってよ! そういう大事なことはちゃんと私にも教えてよお父さぁん! ってあぁぁどうすんのよ私そんなこととは知らず前線でみんなの仇をとる気満々で来ちゃったじゃないの!」
どうやらドロシーがここに来た理由は、全くの無意味になってしまったようだ。
「あっはっは。どんまい! ま、生き残ろう!」
「生き残ってやるわよちくしょおお!! ごめんミルスぅ、私が早とちりしたばかりに」
「いいってことよ。アタシはまぁ前線で活躍してるルーカスさんが見たかったってのも本音だしね!」
「……なんという包容力……お母さんって呼んでもいい?」
「いやさすがにこの大きさの娘ができるはちょっと……」
ミルスとドロシー。仲がよさそうで何よりだ。
「あー、まぁそのなんだ。とりあえずまだ死者は出てないけど、気を抜くんじゃないぞ?」
「うう。ルーカスさぁん、カカシで抱きしめて……」
「お、おう。仕方ねぇな」
俺は少しボロボロになったカカシでドロシーを抱きしめてやった。
「……生きる! 絶対生きてこれもっかいやる! いいでしょルーカスさん!?」
やる気が出てくれたようで何よりだ。
*
4日目もどうにか突破した。
50年前は4日間で終わったらしいが、現状、勢いが衰える様子はない……一体いつまで続くのだろうか。
そろそろ冒険者達も疲れが見えている。キングバットによる夜襲があるのもその元凶のひとつだ。対策はとっていても漏れはあるので、見回りに人員が割かれている。
もっとも、ギルドの方はあらかじめ長引くケースを想定していたところもあるらしい。むしろ、50年以上前のスタンピードの記録とかも参考にしてるんだろう。
なにせオークが増え、オーガもちらほら出てきたあたりで「ようやくオーガが出てきたか……遅かったな」とか言ってたもんよ。なにかあるなら情報はしっかりこっちにも開示してほしいところだ。
「ルーカスさん。よろしいですか?」
「ん? どしたよミゲル」
「スタンピードについて会議をするとのことで、ギルド長がお呼びです」
……なんで俺が呼ばれたのかは分からんが、俺は会議に出席することとなった。ついでにローラも。
「ヒュドラが出た」
うん、ヒュドラね。ヒュドラ……初めて聞く名前だ。いや、前世をさかのぼった知識は無くはないよ? 確か超猛毒の多頭蛇で、再生能力持ちみたいな感じだったはずだ。
「おそらく今回のキーモンスターだ。コイツを倒せば、スタンピードは収束する」
知らない単語出てきた。
「ちょっといいか」
「どうしたルーカス」
「ヒュドラがどういうモンスターかっていうのも聞きたいんだが、キーモンスターってなんだよ初耳だぞ」
「……そうだな。そこから説明しておこう」
ギルド長のおっさんがごほん、と咳払いして説明をしてくれる。
「実は、過去の記録ではスタンピードは最大10日間続いた記録がある。が、逆に1日で終息したという記録もあるのだ。――これは、スタンピードに伴いとても強力なモンスターが1体現れる。そいつを討伐できるまでかかった日数と等しいのだ」
「……その強力なモンスターが、キーモンスターってのか?」
「ああ。キーモンスターを倒すや否や、モンスター達は散って行ったという。そのくせ、その後モンスターが増えて騒ぎを起こしたと言うこともなく、スタンピード前の状態に戻ったらしい」
なるほど。名前通りスタンピードの『鍵』となるモンスターってわけだ。
疑問点は多いが、とにかくこいつを倒せば解決ってのが分かりやすくていいね。
俺が納得したのを見て、ギルド長が話を続ける。
「故に、こいつを狩る」
決意をこめて、ギルド長はそう言った。
「今回出たヒュドラだが、通常のヒュドラであれば頭を複数持った大蛇だ。そして、毒を持っている。だが今回偵察によって確認された特異性として――目が合うと体が動かせなくなる『石化の視線』を使ってくることが分かった。実際に石になるわけではなく、麻痺状態になるわけだが……これはおそらくバジリスクの頭が混じってるものと思われる。いわばヒュドラ・バジリスクと呼称すべきモンスターだ。長いのでヒュドラと呼ぶが」
おいおい、キメラじゃねぇか。ヒュドラにバジリスクが混じってるとか色々ヤバいだろ。
というかもうゴーゴンだかメデューサって感じだな。蛇で頭いっぱいで石化って。
「尚、【飛行】持ちが1人やられた。ヒュドラを調べに行った奴がこの『石化の視線』にやられ、餌食になった。このスタンピード初の犠牲者だ……すまない、俺が不甲斐ないばかりに」
「……いや、そもそもスタンピードで今まで犠牲者が出てなかった方がおかしいくらいだ。ギルド長は良くやってるさ」
「そうだな。冒険者はいつ死んでもおかしくない、スカイのやつはそれが今回だっただけだ。あまり落ち込んでくれるなよギルド長」
「ああ。今は、とにかくスタンピードを乗り越えることを考えよう」
気落ちするギルド長と慰める面々。実際、スタンピードでここまで被害が少ないのはギルド長の手腕だろう。過去のスタンピードを教訓に、よほど対策が採られていたと思われる。
夜襲も、2日目以降は十分対応が取れていたわけだしな。
「今後の方針だが、資料からの予測によれば……ここから先はさらにモンスターが強化されていく。この地域では、最悪で今押し寄せてるゴブリンが全部オーガになる可能性もあるな。ゆえに、早いうちにヒュドラを討伐したい」
「なるほど。異論はない」
「俺もないぜ。問題はどうやるか、だが」
と、会議はヒュドラ討伐に向けて進んでいく。俺とローラは会議の末席――席もないので立って話を聞いてるくらいだが――でそれを聞いていた。
なんで俺は呼ばれてるんだろうね。と、そう思った時だった。
「それでだ。ルーカスにはこのヒュドラ討伐を手伝ってもらいたい」
「……うん? なんだって?」
あまりにも唐突にそんなことを言われたもんだから、難聴系主人公のように聞き返してしまった。