028
さて、そんなわけでスタンピードがやってきた。
大群で押し寄せるモンスター共に、迎え撃つ要塞都市。果たしてその激突の結果は――
「矢、わりとどこに撃っても当たりますね」
「そうだなぁ」
――と、俺とローラはのんびりと外壁の上から弓矢を撃っていた。10本撃ったら次の奴と交代して休憩。そのローテーションに組み込まれていた。
状況としては死屍累々、屍山血河。ただしモンスターに限る。
そしてそのモンスターも6割がゴブリンで3割がコボルト、1割がオークだ。
一応反撃もある。ピンポン玉くらいの火の玉がぴょんぴょん飛んでくる……が、壁の上まで届く前に落ちる。壁に当たっても石でできた壁が少し温まる程度だ。たまにオークのが来ると「うぉ」ってなるけど。壁が優秀すぎる。楽だこりゃ。
たぶん壁に全力で体当たりしてるコボルト達が一番ダメージ与えてるんじゃないかと思うんだが、びくともしないぜ。さすが壁。俺らのヒーロー、壁。
……そんなわけで、当初ものすごく緊張していたのだが、半日経過した今ではだいぶ心は落ち着いている。
「雑魚ばっかりだな」
「そうですね、私でも倒せるレベルですし」
「おいおい、気ぃ抜くなよ。これが4日は続くって話だぞ」
「そういうルーカスさんこそ。あ、ご飯の屋台出てますよ。買ってきますね」
「おー、ってオーク肉の串焼きかぁ。この状況で肉って……まぁいいか」
うん、むせ返るような血のニオイ、に実際むせていたのも数時間前のこと。とっくに鼻はマヒしている。新鮮なお肉が壁の外に転がりまくっているが、まぁそれはそれと心に棚もできている。そんなことよりお腹が空いたよ。
「問題は、下だよな」
「そうですね。だいぶ積み重なってます。そろそろ一回片付けたいところですが――」
「ああ。問題はどうやって片付けるか、って話だよな」
絶えず押し寄せるゴブリンをはじめとするモンスター達に、こちらはひたすら弓で攻撃するばかり。片付ける暇なんてありゃしない。門を開けようもんならそこから入ってこられちまうだろうしな。
「実際どうするんだろうな」
「それは……まぁ、誰か偉い人が考えているんじゃないでしょうか?」
「だといいけど。おっ、丁度いいところに。おーいミゲルー」
丁度、冒険者ギルド員――ミゲルがそこにいたので呼んでみた。
ミゲルは名前を呼びつつ手を振る俺に気付き、手を振りかえしてこちらにやってくる。
「うわっ、ルーカスさんこんな状況でよく肉食えますね」
「えっ今更? そんなことより、この死体ってどうするんだ? 戦闘中だけど、片す方法とかあるのか?」
「あー、それですか。一応油ぶっかけて焼くことになってます。【飛行】スキル持ちのが油壺持ってってどばっとぶっかけて、あとはファイアボールぽいっと投げて着火ですよ。火をつけるのは夜になります。明かりも兼ねてますから」
なるほど。むしろモンスターの自爆で燃え上がりそうだ。
「矢玉とかの在庫は十分なのか?」
「ええ。一応余裕はありますよ。かき集めた分で9日分ですからね。今なお鍛冶屋には追加で作り続けてもらっていまして、それで15日分は余裕で超えるでしょう。食料は1カ月は持ちますし、今のペースならそこは大丈夫ですよ」
「そうかそうか。そりゃよかった」
今のペースなら、っていうところに不安を感じなくもないが。
っと、そろそろ日も暮れる。
「……これ、日が暮れても襲い掛かってくるんだよな?」
「そうですね。ルーカスさん達は一旦休憩に入って夜勤組と交代した方がいいでしょう」
「そうさせてもらおう。というか人形の出番が全然ないなこりゃ」
「あはは、まぁルーカスさんの【人形使い】は中距離で近接ができるっていう特色ですからね。予想外に強いモンスターが出たら足止めに向かってもらうって感じで用意してもらったところありますし」
今のところ、オーガすら出てないもんな。
「このまま何事もなく終わってくれればいいな」
「そうですね。では、お休みください」
「それにしてもこんだけのモンスターがどこにいたんだろな。……もしの話になるが、何かしらのモンスターが召喚でもしてたりだったらキリねぇぞ」
「召喚ですか。それは新しい視点ですね。そういうスキルを持ったモンスターが居たとしたら……確かにあり得ない話ではないですね。明るい時間に誰かに発生源を偵察してもらうというのも検討した方がいいかもしれません」
まぁきっとそれも【飛行】スキル持ちのやつの仕事になるんだろうな。まったく、【飛行】は強スキルだぜ。
とにかく俺とローラは一旦休ませてもらうことにした。一旦壁から降りて、近くの宿屋に退避だ。おっと、カカシやシュナイダーも忘れずにな。
*
で、その夜。
「起きてくださいルーカスさん!」
「んぁ?」
隣の部屋で寝ていたはずのローラに叩き起こされ、俺は目を覚ました。
「……おいおい、年頃の娘がこんな夜中に男の部屋に来るとか……」
と、頭をぼりぼり掻きつつ体を起こす俺。
というか、外から何やら喧噪が聞こえる。どうやらローラはこの喧噪で先に起きたらしい……むしろこの騒ぎで起きなかったとか、慣れない弓矢で疲れ過ぎてたか? 歳のせいかもしれない。ぐぬぬ。
「この騒ぎはなんだ?」
「キングバットが出ました!」
キングバット。……巨大な蝙蝠のモンスターで――夜行性の飛行型モンスター。
「ってうわぁ最悪じゃねぇか」
「はい! しかもキングバットに掴まって、コボルトが町中に入り込んだそうです!」
キン、と頭が一瞬で冷えた。
【飛行】スキルは強い。だが、空を飛ぶのは人間の特権ではない。
むしろモンスターの方が空を飛べる奴は多いのだ。
さらに、コボルトほど軽いモンスターであれば――キングバッドに掴まって壁を越えてくることも、可能であろう。
「くそっ、大丈夫なのか!?」
「幸い町中のコボルトはみんなで袋叩きにしたのでなんとか、って言ってました」
と、どうやら外の喧騒はそれが原因らしい。一応は何とかなったとのこと。
うん? じゃあ俺なんで起こされたの?
「ですが、その、矢や油壺がかなり被害を受けたらしくて……」
「うん」
「……遠距離攻撃なしで前線を作り上げる必要がある、とのことです」
「それって控えめに言って死ねって言ってる?」
門を開けたら入ってくる。壁は普通に飛び降りれば死ぬ高さだし、縄梯子とか使っても格好の的だろう。
「それで縄梯子を使って戦力を外に送り込むということになりそうなんですが」
「モンスターどもがそれを見過ごしてくれるわけないよな?」
「はい。なので、縄梯子を守る策がある者は、至急来るように――とのことです」
ふむふむ。
「……え? で、なんで俺起こされたの?」
「えっ、分からないんですかルーカスさん」
「ちょっと待って、今寝起きで頭働かないんだよ……案があるなら素直に教えてくれ」
ふぅ、仕方ないですね。とローラはため息をつく。
「ようは戦力が下りる間、縄梯子を守りきれればいいわけです。そのために、あらかじめ戦力を外に落としておいたらどうでしょうか」
「……ふむ。壁の外に、戦力を落とすわけか」
「はい。人形なら、特にシュナイダーなら無傷でいけますよね?」
なるほど。いけるなそりゃ。
「というわけで、シュナイダーの見せ場ですよ! こりゃ寝てる場合じゃないってやつなんです、分かりますかルーカスさん!」
「OK分かった。……そんなら行こうか。人形使いのスキルの出番とあっちゃぁ見逃せないからな」
「はい!」
俺は、カカシにシュナイダーの入った袋を抱えさせて、ローラと共に宿を出る。
そしてこの案は、何か所かで同時に行われる縄梯子防衛作戦のひとつとして見事に採用された。




