027
スタンピード。
単純に言ってしまえばそれはモンスターの異常繁殖。溢れたモンスターは人類を襲いに津波の如く町や村に押し寄せてくる。
普段は仲の悪いモンスター達でもこの時ばかりは種族の垣根を越えて協力し、人間の町をめがけてくる。なぜ協力するのかは不明だが、まぁ俺は学者ではなく冒険者だ。とにかくそういうもんだと認識して対処しなけりゃならん。
まぁそんなわけで色々準備をしていたわけだが――
ついに、その日はやってきた。
「緊急警報発令! 緊急警報発令!」
「スタンピードが来るぞ! 戦える奴は準備しろォ! 冒険者はギルドへ行けぇ!」
「ガキどもは足手まといだ、家で留守番してな」
「ひゃあ! 50年ぶりのスタンピードじゃぁ! 血がたぎるのぉ!」
「……じ、じーさん戦えんのかよ?」
「緊急依頼とか初めてなんたけど……うわっ、震えてきた。逃げちゃダメ?」
普段は町中に時刻を告げる鐘が、ガランガランガランと鳴らされ続ける。明らかに異常事態と誰もが分かるように、5分間も鳴らすらしい。
俺達がその鐘の音を聞いたのは、ちょうどミルスの家で昼飯を食べた直後だった。鐘の音が1回、2回――10回を超えたあたりで、緊急事態だと把握し、行動に移す。
「ルーカスさん! 緊急事態の鐘です!」
「おう。いくぞローラ!」
ささっと荷物をカカシに持たせる。中身は、この日のために作り貯めていたローラのぬいぐるみ、ドロシー製の投下用カカシ、そしてミルスの武具だ。
「ルーカスさん、気を付けてね。アタシはこの店で待ってるよ!」
「おう、帰ってきたらとびっきり美味いもん食わしてくれよ」
「私のカカシが大活躍する土産話、期待してるわ!」
「まぁ、それはそこそこな。うん」
ミルスとドロシーを鍛冶屋に残し、俺とローラはギルドへ向かう。あらかじめどこに配置、とかは聞いてはいるので形式だけみたいなもんだが、こういうパニックになりそうなときこそ形式ってのは大事だ。
「いよいよですね。大丈夫でしょうか……」
「大丈夫だろ。50年前だってこの町はスタンピードをしのいだんだろ? まぁ、よほどのことが無い限りは大丈夫だろ」
カカシに運ばれつつギルドへ着く。
「ルーカス、今着いた!」
「ローラです!」
「うぉし! ルーカス、ローラ、確認した! 配置は外壁上!」
「「了解!」」
そして、ギルドで立派な髭のオッサン――まぁ滅多に見ることの無いギルド長なんだが――に指示をもらい、今度は外壁上へ。
うん、あまりにあっさり過ぎた。やっぱりいらんかったかもしれん。
まぁ丁度ミルスの鍛冶屋と予定されていたポジションとの間にギルドがあったし、別にタイムロスしたわけでもないからいいか。
そうして俺達は、ようやく戦闘配置――森に面している外壁上へたどり着いた。
すでに何人もの冒険者が待機している。弓や杖を装備してる奴らが多い。
外壁のフチに足をのせ、森を見る。壁から1km先が森だが……うん、オッサンの視力じゃあまりよく見えないな。でもなんかざわついてるってのは分かる。俺は適当なヤツに話しかけた。
「おーい、ここの見張りの奴は?」
「ん? ああルーカスか。見張りは『遠見』だ。あそこにいるぞ」
『遠見』というのは【遠見】スキルを持ってるヤツの二つ名だ。あまりにもまんますぎて本名を知る奴はあんまりいない。俺も知らん。
ちなみに一番遠くまで見えるヤツが『遠見』と呼ばれて、他は『遠見序列2位』とか『遠見No.3』とか適当に呼ばれている。あと今の『遠見』は俺より少しだけ若い。
俺は、ローラと一旦別れて、自前の弓をピンピンと軽く弾いて調子を見ている『遠見』に声をかけた。
「おい『遠見』の。スタンピードはどんな感じだって?」
「お? ルーカス。お前まだ冒険者だったのか。てっきり大道芸人になってたかとばかり思ってたぜ。元気そうで何よりだ……って、そのカカシが抱えてるのはやっぱり人形か」
「いやなに、ここからモンスター相手に人形劇を披露してくれってギルドからの頼みでね」
「ははっ、なんだよそりゃ。モンスターを笑顔にして帰ってもらう作戦か何かか? そりゃゴキゲンだな」
朗らかに笑う『遠見』。上手いこと言いやがるぜ、それでスタンピードが帰ってくれるなら俺も嬉しいんだがな。
「で、そんなことよりスタンピードは?」
「おお、そうだな。あと30分くらいで森から顔出すくらいだと思うぞ」
そしたらまずは遠距離攻撃を当てて、壁に近づくまでになるべく削り――ということらしい。
「罠とかはゴブリンが引っかかりまくっててあんまり効果はない感じだな」
「50年前の資料かなんか残ってなかったのか? つか、少し考えりゃ罠が効かなそうなことくらい分かりそうなもんだが」
「それでもやらないよりはゴブリンが減ってマシになるだろ。本当に少しだけだけど」
まぁやらないよりはマシなのだろう。
「ルーカス、手が空いてるなら矢やポーションを壁の上まで運ぶ手伝いでもしてきたらどうだ? すでに用意されてる分もあるけど、たぶん何本あっても足りないと思うし」
「あー、そうだな。というかホント、どんだけの大群が来るもんなのか……」
「50年前は4日間押し寄せてきて壁の前が死体で坂になったっていう話だぞ」
マジかよ。どんだけくるんだよ。
って待てよ? 死体で壁の前が坂に、ってことは……それ、徒歩でモンスターが入ってくるってことじゃねぇか? うわぁ。壁の中にモンスターが入り込んでくるじゃねぇかそれ。
そんなことになったら……うーん、どうしたらいいんだ? 逃げずに戦う? 一旦後退して戦う? ……誰がその判断を出すんだろうか。なるべくそいつの近くに居た方がよさそうだが。
「……後始末の方も大変そうだな」
「一応当時よりは壁も増築して高くなってるはずなんだけどな。ま、死体の処分はそれはそれでスキル持ちが活躍するんだろ。【解体】とか【撤去】とかそんな感じの」
「そうか、そういうスキルもあるのか。OK、参考になった。ありがとよ」
「ああ」
俺は話を切り上げてローラのところに戻ろうとする。
「そうだルーカス。ちょっといいか?」
……と、『遠見』が俺の背に声をかけてきた。
「この戦いが終わったらまた人形劇見せてくれよ。シュナイゼルっつったっけ? あの猫、俺結構好きなんだよな。愛嬌のある顔してるっていうか、アホっぽいのが」
「シュナイダーな。俺の相方の前で間違えるなよ、大変なことになるぜ」
「はは。まぁ楽しみにしてるよ。いちファンとしてな。んじゃ、お互い死なないように気を付けようぜ」
……死亡フラグじゃねぇよな? 嫌だぞ俺の人形劇がフラグになるとか。
俺は今度こそ『遠見』との話を切り上げてローラの元に戻った。