018
「はいルーカスさん、次これね」
「ちょ、ちょっとまってくれ。少し休ませて……」
「もうちょっと! あともうちょっとだけ!」
かれこれ何回目の「あともうちょっと」なのだろう。もうあれから半日は経った。外ももう暗い。
ミルスはスパルタだった。小さい体のくせして俺のことを遠慮なしにこき使う。
というか「もうちょっとだけ」とは言ってるけど、もうちょっとだけしたら休ませてくれるとか終わるとか、そういう具体的なところは一切言っていなかった気がする。ずるい。
ローラ? ああ、あいつはとっくに帰ったよ。大体1時間くらいで「あ、そうだ私妹迎えにいかないと! それじゃあこれで」って帰ってったよ。
でもオジサン知ってるよ、ローラの妹のクララちゃん、今日は家でお母さんのお手伝いしてるって。今朝ちらっと話したの覚えてるよ。
つまりパーティーメンバーの俺を置いて逃げたのだ……くぅ! 気軽にOKした俺が悪いんだけどさぁ!?
「ええい、俺は疲れた! いい加減半日は実験に付き合ってるぞ!? 帰らせろ!」
「いいじゃん今日はもうアタシんちに泊まっていきなよ。ご飯出すからさ」
「……」
「だからあと本体疲労時の力加減の減衰について調べときたいの! じゃないと明日調べるときにまた疲れてもらうまでスキル使ってもらう必要があるから! ほらがんばって!」
くそう、しかも確かに実験として有用すぎる。冒険者としては疲れるまで行動してその上でさらに動かなければいけないということもあるだろうし、疲れたときに力が弱まるのかどうかとか、知っておいて損はない。
俺は疲れた体に鞭打ってシュナイダーを動かした。
昼飯も出してもらって美味かったので、晩御飯も期待できるだろうというのがせめてもの救いだ。
そうして、結局2日くらいかかって調べた結果、かなりのことが分かった。
・動かせる『人形』について。
手足があり、胴体と頭があり、顔があること。中身があり、紙のように薄くないこと。というのが条件のようだ。
確かに失敗作の『式神』や『やっこだこ』はこれに反していた。
あれ? でもカカシに足……とも思ったけど、カカシは1本足とはいえ足があったなそう言えば。手足は片方あればギリギリセーフらしい。
・動かしている最中に頭がもげると動かせなくなる。
これは、動かしている最中の人形(割りばしみたいな木で作ったやつ)に対して腕や足をもいでどうなるかの実験で分かったが、動かすときに必要な手足でも、動かしている最中にもげる分には大丈夫だった。ただし、頭はもげたらアウト。
というか、視界を共有しているときにもぐ実験は止めてほしい、ガチで。
・顔が共有する視覚のポイントである。
目を閉じたときに共有できる視界、こいつは人形の顔だった。言われてみればシュナイダーにもクッキーズにもカカシにも顔があった。
ちなみに顔かどうかというのは俺がそう認識していれば良いようで、ベルトの位置に顔を置いた場合、ちゃんとそこからの資格になったのだ。
あ、それでも頭が破壊されると力が抜けて動かなくなるよ。どこぞの愛と勇気だけが友達のヒーローみたいだと思ったのはここだけの秘密な。
・顔を破壊されると、視覚共有ができなくなる。
あくまで頭が必要なようで、顔が無くても動かせる。ただし、視覚は共有できなくなる。
……さっき手足をもぐ実験をしたと言ったが、これぬいぐるみの目玉だったらどうなの? ということで視覚共有中に目玉をもぐ実験もあったんだよね。二度とやりたくない。
・人形とつながるための糸の最大長さは測定不能。
現状、あるだけ試してみたらばっちり動かせた。しかも長さによる出力の違いとかもなかった。これはすごい。
・糸が途中で分かれていたらどうなるか。
これについては、1体ずつしか動かせないことが分かった。視界も動かしているやつのものだけだ。
でもうまく使えば視界を切り替えて、とかいう風にできそうだな。クッキーズの活躍に期待が持てる。
・スキル発動中の糸は少しだけ丈夫になっている。
当社比1.5倍になるらしい。
元の糸が弱いので気休め、と思ったのだが……次の項目で結構有用なことが分かる。
・人形とつながる糸については、鋼糸を編み込んだものでもいい。
鋼糸の強度も1.5倍になるとかで、半端なハサミでは逆に欠けるということが分かった。しなやかさについては多少難はあるが、戦闘を行うことを考えるとハサミでも切れない程度に切れにくいのはありがたい。
ミルス曰く、格子を編み込んだセーターの端から端を人形でつなげて強化すればだいぶ強度が稼げるのでは? とのこと。もっとも作るには金がかかるので見送らせてもらった。
・糸は、指輪越しで結んでもOK
鋼糸を指に括り付けているときに引っ張られたら逆に指がもげるんじゃないかと思って、指輪越しに着けてみた。これは何の問題も無く操れたので、早速指輪を購入。
でも実際に全部の指に着けたらすごいジャラジャラ当たって邪魔なんだけどこれ。無地のシンプルなやつなんだけどなぁ。
・足の指でも動かせる。
ただし、精度はすごく悪い。足で箸を使えるか? いや無理。みたいな感じ。
視界共有だけなら問題なさそうではある。……でも両手両足で20分割したら小さすぎてわけわかんないことになりそうだから適度に抑える必要はありそうだ。
・使う指を増やすほど、動かせる力が強くなる。
シュナイダーで指1本、カカシで2本必要だったのを思い起こせばわかる通り、使う指の数で動かせる量が変わったのだ。これは足の指も換算されていた。
そして人差し指とか小指とかは関係なく一律1本分の力が発揮されるようだ。
・疲労時は疲労時で出力が落ちる。
肉体的な疲労はあまり影響せず、精神的な疲労がこれにあたる。
魔法については全く関係なかく動かせるのは前に調べた通りだが、普通に頭が動かないほど疲れたら人形も動かせなくなった。
ちなみにその後はぶっ倒れてそのまま寝て、朝起きたら朝ごはんが用意されていた。
「どうよアタシってば家庭的でしょ?」とミルスは言っており、実際美味しかった……いやこれ普通に疲れて体がエネルギーを求めていただけじゃね?
あと本体(俺)の指をもいだらどうなるの? とかいう物騒な実験についてはさすがに拒否させてもらった。残念そうな顔をするんじゃない、当然だろうが。
ポーションあるから大丈夫って? 俺の精神が大丈夫じゃないわ!
とまあ、そんな風に濃厚でためになる実験を繰り返し繰り返しやらされた。
1回だけだと確証にならないから! と同じ実験も2、3回はやるのだ。くそう、なんてマメなやつめ。
おそらく、俺以上に俺のスキルに詳しくなったんじゃないかな、ミルス。
「いやぁ、充実した実験だったね!」
「あーだめ。もーだめ、しばらく人形は動かしたくない……」
「それじゃ、これをギルドに提出してきてよ。ほぼユニークスキルなんだよね? これだけの新情報の調査結果、かなりのお金になると思うよ」
「……おお」
そういえばこの世界では、というかこの町限定かもしれないが、自分の持つ技術の情報をできるだけ仲間に開示しておいた方がいいという風潮がある。その方が連携が取れるからだ。敵といえばモンスターなだけに『ギルドの連中は全員仲間』的な空気もある。
で、それに乗っ取れば、スキルについてをギルドに報告しておくのもアリだろう。後進で【人形使い】のスキルを得たヤツのためにもなるし……。
まぁ、いざという時のために切り札として情報を隠しておくのも俺次第ってことか。
「で、そのお金でフルプレートの鎧を買おうね! 中身ないと動かせないからシュナイダーが着れる奴作るよ。ね、いいでしょ? ね、買お?」
「……いくらくらいでできそうなんだ?」
とりあえずミルスから見積もりをもらって、どんくらい情報を提出するか決めとこう。