016
コボルト。二足歩行する犬、といった風貌の魔物である。
彼らは群れで行動する。その際、オスもメスもひっくるめてまとめて皆で行動する。
その方が、何かあった時にすぐ逃げ出しやすいからだ。
「ばう」
「ばう、うわぅ」
あっちからクイモノのニオイがする。前に乱暴者が掘った穴の向こうだ。
会話にすればそのような内容だろう。
そして彼らは素早く全員でクイモノを探しに、木の壁に開いた穴を潜り抜ける。
そこには敵が2匹居た。
くんくんと鼻を鳴らしてニオイを嗅げば、はっきり分かる。ニンゲンだ。
ただニンゲンには『動くニンゲン』と『動かないニンゲン』がいる。
動くニンゲンは脅威だが、木でできている動かないニンゲンは放っておいて構わないのだ。
が、その2匹のニンゲンはコボルト達を見てがちゃりと体を動かした。
――動いたということは、敵だ。
コボルト達がそう認識するや否や、リーダーが小さく「がう」と吠える。
呼応して、何匹ものコボルトが食らいつく。2匹の敵の喉、腕、脇腹、足首――肉に牙を深々とめり込ませたそれは、明らかに致命傷を負わせたはずだった。
しかし、そのニンゲンはまだ動いていた。普通、ここまで食らいつけばあとは肉になる。食べられるだけの獲れたての肉になる、はずだったのに。
なんて頑丈な奴、とリーダーに動揺が走る。もう一度だ、と、「がう」と小さく吠える。噛み続けていたコボルトに加え、さらに何匹ものコボルトがそのニンゲンに噛みつきに行った。リーダーも、自ら噛みつきに行く。
がぶり。がじり、と、牙を食い込ませると――その感触は、まるで骨しかないような、木のニオイしかしないような、そんな奇妙なニンゲンだった。
木でできたニンゲン? 動いたのに、と、不思議に思ったリーダーが、引け、と吠えようとしたが、牙が離れない。
強敵とみて、力を入れて噛みすぎたか。
慌て牙を放そうとコボルトとして発達した手足でニンゲンにつかみかかる。
その直後、足場が崩れた。
崖崩れ? こんな平らなところで――!?
――どさっ、ごきっ
立ったコボルト2,3匹分の高さを落下して地面にたたきつけられる。
衝撃で牙は外れたが、気付けば周囲は壁になっている。
いや、これは穴。穴に落ちたのだ。運が悪い。こんな穴があったなんて。
そこそこ痛かったし、当たり所が悪かった数匹は首の骨を折って死んでいた。なんということだ。クイモノに食らいただけなのに。
ここは引くべき。そう判断したリーダーが撤退のために「くぁう」と鳴こうとしたところで、上から数匹のコボルトが降ってきた。
穴の外に居た、残りのコボルト達だ。
――さらに、それと合わせて、マントをつけたコボルトのような何かも落ちてきた。背中に木でできたニンゲンを背中に括り付けたそいつ。そいつは、立ち上がるや否やコボルト達にその爪を剥いた。
しかも、そいつに後ろから襲いかかっても木でできたニンゲンが、鉄でできた平たい手を振り回す。こいつも、木でできているのに動くニンゲンだった。
ざしゅ、ざしゅ、と切り裂かれていくコボルト達。
コボルトと一緒に落ちてきた木でできた動くニンゲン達も、腕を振り回してコボルト達に襲いかかってくる。
「くぁう!」
撤退。そう判断したものの、壁に囲まれていて逃げ道がない。
壁をよじ登ろうとしたが、上の方が手前にナナメになっていて、駆け上がれない。何匹かが協力して上に手をかけても、子コボルトのような、木でできたニンゲンを背中に括り付けたヤツに落とされる。
気が付けば、先に落ちてきたコボルトみたいなやつが、背中のニンゲンをこちらに向けていた。そのニンゲンの手は平たい鉄でできていて――
ざくりと、リーダーの体に、頭に、その手を突き刺した。
* * *
「うわぁ。見事にハマりましたね、ルーカスさん」
「ああ。罠は大成功だな」
コボルト達を誘い込み、罠にかける。単純に言ってしまえばそれだけのこと。
動くカカシを囮に、コボルト達を落とし穴へ誘導。思いのほかフタが頑丈で落ちないんじゃないかと不安になったが、その分多くのコボルトを一気に落とすことができた。
地上に残っているコボルトも蹴りこむ。
ちなみに、壁は緩やかに返しをつけておき、駆け上がれないようにしつつ、上がってこようとしたやつはシュナイダー改とそれに括り付けたカカシで蹴落とす。
あとは戦闘用シュナイダーとそれに括り付けたカカシを穴にINして、無双だ。
まぁ無双っていうか泥仕合っぽい様相にはなっちまったけど、落とし穴にブチ込んだコボルト16匹の駆除は完了した。
「今回、なにが一番きつかったかって、カカシの操作だったなぁ。シュナイダーに背負わせて手を振り回すだけ、ってしとかなかったら頭が追い付かないところだった」
下手したら指とつながる糸を自分で切り落としてしまう可能性すらあるところだった。
「そんなことはどうでもいいんです、シュナイダー洗濯するので早く引き上げてください、早く。可及的速やかに!」
「あ、うん」
俺は糸をたぐり寄せ、返り血を浴びたシュナイダーを引っ張り上げる。
……穴の中、コボルト達の血だまりの中で戦闘をし、返り血がつかないはずもなく。
引っ張り上げたところでローラが悲鳴を上げてシュナイダーをひったくり持って行った。
コートなんて役に立たなかったんや。穴の中だもん、仕方ないね。でも噛みつき攻撃はちゃんとカカシで受けたんだぜ?
……あともっと丈夫な糸にしないと戦闘中にプチっていきそうだなぁコレ。でもあまり丈夫にしすぎると今度は指が危ないことになりかねない。なんとかできないもんかな。
「っはぁあ、間近で見られなかったのが残念ー……」
ついでに言うと、ドロシーはコボルトに噛まれまくったカカシの残骸を見て、満足げにしていた。嬉しさで耳がピコピコ動いている……そういう風になるんだその耳。
「あーその、カカシ、思いっきりボロボロにしちまってスマンな」
「え? ああ、いいのいいの。カカシっていうのは、人の代わりを務めるものなんだから人の代わりにボロボロになるのはむしろ本望だよ!」
「あ、うん」
ドロシーはドロシーで、やっぱり何を考えてるか分からない。
多分、若い娘だからとかいう問題とは違うんだろうなぁ、うん……
「ところで、コボルトを一網打尽にしてたけど……正直、報酬出すのがちょっとキツイかもしれないんだよね……多分お父さんが今狩ってるオークを持ち帰って、その討伐報酬が出てからーってことになるんじゃないかなと……だから、私の働きも加味してそこのところ一声」
「……あー、うん。そうだな」
落とし穴作ったのもドロシーだし、そのフタ作ったのもドロシーだ。あとカカシ作ったのも。……あれ? むしろドロシーの方が色々してる気がする。
「わかった。それじゃあコボルト半分、8匹分の報酬と、あと俺用のカカシ作ってくれないか」
「えっ……カカシがいいの?」
うん?
「ああ、報酬はコボルト8匹分とカカシでいいぞ」
「……お、お父さん以外の男の人のためにカカシ作るだなんて、その、は、初めてなんだけど……わかった。ルーカスさんがそう言うなら私、がんばってカカシ作るね!」
ぐっ、と握りこぶしを固めるドロシー。とりあえず交渉成立したようで何よりだが……なぜ顔を赤らめる。
記憶を探っても、エルフにとってカカシが特別な意味を持つとかいう話は聞いたこと無いから、特に変なことは言っていないはずなんだが。
「……特別な意味はないぞ?」
「わ、分かってるわよ! カカシが好きっていう男の人が珍しいだけで、その」
「あ、できれば歩けるように2本足にしてくれると嬉しい」
「うん、ルーカスさんなら2本足のカカシも使いこなせるもんね! 任せて!」
よかった。カカシを贈ることが婚約の意味になるような特殊文化は存在しなかったんだ。
「あ、そだ。コボルト退治したならもう柵もちゃんと直さなきゃ……その後でもいい?」
と、ドロシーは柵に開いた穴を指差した。