013
俺達はシュナイダーを連れて討伐依頼に出向くことにした。
返り血対策としてはコートになったらしい。敵を切り裂いたら血飛沫をコートでガードしてくれとのことだ。無茶だろ。
「……本当ならもっと水に強い生地でシュナイダーを作り直したかったんですが」
と、提案したローラ自身もこれだと効果が完全じゃないということで、不満げだ。
ちなみに撥水加工された生地だが、この世界の撥水加工は大体魔法である。そして効果が永続のものはとてもお高い。
ローラの試算では金貨3枚(日本円としたら300万円くらい)で可能だとのことだが、銀貨を払ってヒィヒィ言ってる俺の財布にそんな金があるはずもない。つまり、予算の限界だった。
「武器をケチる冒険者は長生きできませんよ?」
「かといって金貨3枚ってのはさすがに高すぎるだろ……ぬいぐるみだぞ? どこの貴族様がぬいぐるみに金貨3枚もかけるってんだ」
「かける人はかけますよ、ぬいぐるみって子供向けとはいえ嗜好品ですから。それに、魔法の武器ってそんなもんじゃないですか」
「金をかけるところがおかしいってんだよ」
武器のメンテナンスが簡単になるっていうのは確かに大事だけど、せめて切れ味とかそういう攻撃力に直結するようなところで金をかけたいもんだ。
確かに魔法の剣とかで価値の大半が柄にはめ込まれた宝石にあるとかいうのもあるけど、あれはその宝石が重要な役割を果たしているからなんだぞこんちくしょう。
「なぁ、もういいだろ。とりあえず俺らのパーティーの初仕事なんだから、もっと前向きに行こうぜ?」
「はぁ……包帯でも巻いておきますか。小さい血飛沫くらいはこれでなんとか防げるでしょうし」
「歴戦の負傷兵みたいだな」
その包帯に返り血がついたら余計リアルになるだろうが、とりあえずローラの好きにさせる。
シュナイダーを袋に入れて持ち歩くのはやめた。砂袋も入ってて重いし、そもそも人形使いのスキルで本人(本ぬいぐるみ)が歩けるんだから歩かせた方がいい。
シュナイダーは専用の靴も装備してるのだ。ローラ、凝りすぎ。
そんなこんなで依頼のあった村までやってきた。
依頼票によると、ここで小型のモンスターが畑を荒らして困っているから退治してくれと言う話だ。害獣駆除とさほど変わらない。
「小型のモンスターってことは、まぁゴブリンかコボルトだろうな」
「定番ですね」
村は2重の木の柵によって囲まれていた。
外側の柵は簡易的なものだが、内側の柵なら中から槍なり魔法なりを使えばオークくらい撃退できそうだ。そして、村の中には当然村人がいたわけだが――
「エルフか」
「ええ、エルフの村ですね」
エルフ。ファンタジーの定番といっていい種族だ。
ちなみに人類種としては、人間、獣人、エルフ、ドワーフがいる。
戦闘力の高い獣人、魔力の高いエルフ、工作が得意なドワーフ、そして平均的な人間。
大体こういう区分で覚えておけば間違いない。……尚、エルフだからと言って長寿ということは無いし、金髪ってわけでもないし、胸のサイズも個人差がある。
初めてエルフを見た、と思ったが、それは前世の記憶が戻ってからの話であって、そういえば普通に獣人やドワーフとも過去会ったことがあったようだ。
今世ではそういう人種がいるのは当たり前のことなので、これと言って感動が無かったようだ。
逆に言うと今俺は結構感動している。だってエルフだよ? まぁ、耳がとがってるくらいで見た目も普通の人とそんな変わりないんだけどさ。
「どうしたんですかルーカスさん? 早く村長に会いに行きましょうよ」
「あー、うん、ちょっと感慨にふけってた」
「? 早く来ないと置いてきますよ。さ、いきましょシュナイダー」
と、ローラはシュナイダーに向かって笑顔で言う。って、そいつ動かしてるの俺だからね?
素朴な木の家。村の中では一番立派なその家に、村長は住んでいた。
玄関をノックして入ると、そこにいたのは見るからに実力者な初老の男だった。
鍛え上げられた筋肉、鋭い眼光。……おい、魔法が得意な種族なのになんでこんな筋肉してるんだよ。もっとエルフらしいヤツ連れてこい。ナイスバルク。
「よく来てくれた。俺がここの村長だ」
「ルーカスだ」
「ローラです。この子はシュナイダーです」
「……そのぬいぐるみもパーティーメンバーなのか?」
「スルーしてくれていいぞ」
ローラは置いといて早速依頼の話をしよう。
そもそも町の外にある村というのは大半が森を切り拓く開拓村だ。
その村長は引退した有力冒険者が務めるというのが常。そうでなければモンスターが来るたびに村が存亡の危機に立たされることになる。
多少のことであれば、わざわざ依頼せず自分達で処理してしまうものなのだ。
あるいは、後進の教育のために出しているという親切な場合もあるんだが――
「で、小型のモンスターが畑を襲ってると聞いてきたんだが……」
「ああ。いかんせん今回は数が多いのと、他でオークが出たという話もあってな」
――今回は前者のようだ。
なるほど、数、そして別件ね。この依頼、ハズレだったかもしれん。
「オークは任せてくれ、こっちで処理する。任せたいのはコボルト共だな」
「コボルトねぇ」
脅威度としては、ゴブリンと同じくらい。二足歩行の犬だ。一説にはウルフに魔石が生じたものがコボルトになるとか言われている。
単体ではゴブリンより少し劣るかもしれないが、群れたときはゴブリンより厄介になる。オオカミだった時の本能でもあるのか、連携がなかなかに達者なのだ。
「数は多いのか?」
「10匹以上群れている。こちらでも何匹か間引いたが、まだいるって感じだな。オークの方をどうにかしないといけないからこいつらは任せる」
しかし最悪、村長達がオークを撃退する間に間引きを続けてくれるだけでもいいとのこと。
そう言われて少しホッとした。こちとらほとんど討伐依頼の経験がないのに全部任せるとか言われた日には緊張で竦んで依頼失敗まったなしだ。
「ちなみに荒らされてる畑ってのはどこだ?」
「案内しよう。ついてきてくれ」
俺達は村長について行き、二重の柵の間にある畑までやってきた。どうやら芋や薬草を育てているようだが、掘り返された跡がある。
よく見ると、外側の柵には簡易的に補修した跡があった。
「オークが破ったところからコボルトが入ってきた感じでな」
「そういうことか」
「ま、あとはここの畑の責任者と頼む」
そう言うと、村長は「おーい」と誰かを呼んだ。
呼ばれてやってきたのは、どこにでもいるような金髪の村娘だった。耳はもちろんエルフのそれだったが。
「なに、お父さん。……あ、冒険者ね!」
「そうだ。ルーカス、こいつは俺の娘でドロシーという。ここの畑の管理を任せている。それじゃ後は任せたぞ、こっちはオークを狩らないといけないからな」
そう言って、村長は柵の外に向かっていった。
あれ、装備は? いや、エルフなんだから魔法使うんだろうけど……
「始めまして。ドロシーよ」
「ルーカスだ」
「ローラです。この子はシュナイダーです」
「何それ可愛い!」
先程と同じ紹介だったが、ドロシーの食いつきが良かった。
ふふん、と得意げになるローラ。
「シュナイダーは可愛いだけじゃなくて、カッコいいし強いんですよ」
「そうなんだ。ローラが作ったの?」
「はい、私の手縫いです」
「すごいじゃない! しかも歩いてるし……」
若い娘同士、話が合うようだ。何を話しているかさっぱり理解はできないが。
……オジサンとしては依頼の話したいんだけどなぁ。
「あっ、ちなみに私のカカシも可愛いしカッコいいわよ。後で見せてあげる」
「ふむ、カカシですか」
「ええ、カカシ。畑の守護者よ! シュナイダーもきっと気に入ると思うわ」
「ほほう。シュナイダー、仲良くしてあげましょうね」
カカシっていうとあの畑に突っ立ってるカカシだよな。
シュナイダーと仲良く、っていったいどういうことなの……若い子って分からん。