011
俺は、修練場を出て、さらにギルドからも出て、家に帰ることにした。
あ、魔法の特訓? MP的なものが尽きたから打ち止めだよ。仕方ないね、気合い入れなきゃ2、3発は打てたと思うんだけど、無駄に気合い入れたせいで今日はもうスッカラカンだ。
でもその後【人形使い】試したらちゃんと動いたから、スキルは別枠っぽいな。……というわけで、今度は【人形使い】の実験をしてみることにした。
実は少し考えていたことがあるんだよね。動かすのは別に、猫のぬいぐるみじゃなくてもいいだろって。
むしろ偵察するとかだったらもっと小さくて目立たない、それこそ使い捨てにできるようなヤツがあればいいんじゃないかなと。
というわけで俺は帰り際に雑貨屋で紙を購入してきた。羊皮紙じゃないぞ、あれは高いからな。実験には向かない。
まずは紙を人の形にして切り抜く。頭を丸くした大の字みたいな感じだ。
名付けて『式神』……陰陽師っぽく、こいつを操ったりできないか試すのだ。
首に糸を括り付け、反対を指に結ぶ。シュナイダーのときはこれでうまく行ったが、はてさて……?
お!
おおお!
全く動かん! ダメだこれ、動く気配すらない。シュナイダーと違ってつながるような感覚すらないときた。もちろん目を閉じたところで視界は真っ暗になるだけ。
ちくしょう、式神とかカッコつけて失敗とか恥ずかしい。
さすがに紙ペラ1枚じゃ手抜きすぎたか。
俺は今度は……正方形を2枚切り出し、折り紙にした。
『やっこだこ』という少し厚みのある人型のやつだ。俺はこれとあと鶴くらいしか折れない。
先程と同じように首に糸を括り付け――いざ実験。
む!
むむむ!
うん、全然ダメ! 動かん!
何がダメなのかさっぱり分からんが、これはダメだという手ごたえの無さ。
紙代を無駄にしたなぁ。ま、安モノだからいいけどさ。
……値段? もしかして値段が……さすがにそれはないか。うーん。
……人形とは、心が宿るものという話を前世で聞いたような気がする。
もしかして、もしかしてだけど『お人形』として遊んだりすればそれは『人形』として認識されて動かせるようになったりするんじゃないだろうか。
あり得る。
だとすればこのペラペラな紙が動かせなくてシュナイダーが動く理由は明白だ。なにせ、シュナイダーはローラが心血を注いで作り上げたぬいぐるみ。魂くらいこもっててもおかしくない。
つまり、この紙の人形も誰かがしっかり『お人形』として使ってやれば動かせるのではなかろうか。
「……って誰が使うんだ?」
ぽつりと呟いてみたが、ここは俺の部屋だ。他に誰もいるはずもない。
仕方ない。これも実験だ。
「えーっと、それじゃあこっちのペラいのをペラ子、やっこだこをヤーさんとして……ついでにシュナイダーを混ぜてやるか……」
俺はシュナイダーの首に糸を括り付け、【人形使い】を発動させる。うん、これこれ。手足に入ってる砂袋でもっさり重いけど、つながってる感覚があるよね。
というわけで、早速俺はシュナイダーを交え、お人形遊びと洒落込むことにした――
――
「い、いや! 近づかないで!」
「ぐへへ、良いではないか良いではないか……」
「そこまでだ、悪党め!」
「何奴!」
「くっくっく、天が呼ぶ地が呼ぶ人が呼ぶ、返り血まみれて真っ赤に変わる、正義の冒険者、シュナイダー参上! とう!」
「ええい、返り討ちにしてくれる!」
(ここまで独り芝居)
「ぐ、ぐわー!(やっこだこ、上下分割)」
「悪は滅びた……大丈夫かいお嬢さん」
「は、はい。ありがとうございますシュナイダー様っ……ああ、お姫様抱っこだなんて恥ずかしい。私、重くないですか?」
「ふっ、君はとても軽いさ。紙のようだ」
「きゃっ、シュナイダー様ったらお上手……私、シュナイダー様になら」
(ここまでも独り芝居)
「君、名前は?」
「ペラ子っていいます……ぽっ」
「ふふ、可愛い名前じゃないか。それじゃあちょっくらシケこもうぜ、ペラ子」
「シュナイダーはそんなこと言わない」
(最後だけローラ)
「ってぇうおぉおおお!? ろ、ローラ!?」
突然の声にびくんとなって振り向くと、そこにはローラがいた。手には俺専用戦闘用シュナイダーを抱えて。
「な、なんだよオイ!」
「いやその、何してるんですかルーカスさん?」
「それはこっちのセリフだ! ここは俺の部屋だぞ、何勝手に入ってきてるんだ」
「ノックしましたけど……ルーカスさん、よほど夢中になってたようだったので邪魔するのも悪いかなと思ったんですが、シュナイダーがシュナイダー改に何か良くないことが起きてる気がすると……いえ、私は何も見てません。ご安心を」
いや絶対見てるだろ。むしろ入り込んできただろうがよ。
うぐぐぐ、めっちゃ恥ずかしい……
「それで、いったいなんでこんなことしてたんですか? 『い、いや! 近づかないで!』なんて裏声出しちゃって」
「最初から見てんじゃねーか! いや、実験だよ実験……他意はないぞ」
「へぇー……へーぇ?」
ニヤニヤと俺を見るな! 感情移入しまくった方が効果あると思ったんだよ!
え、実験結果? ピクリともしなかったさ! こんにゃろうめ! ペラ子、ヤーさん、お前らは首だ、首をちぎって捨ててやるぅ!
「……というわけで、目下動かせたのはシュナイダーだけってなわけだ」
「なるほど。さすがルーカスさん、シュナイダーを動かすことに関しては誰にも負けないってことですね! でもキャラ作りが甘いです。今度みっちり教えてあげますよ」
「なんでそうなる……」
はぁ、と俺はため息をついた。
と、そういえばローラが来た理由をまだ聞いていなかったことを思い出す。
手に戦闘用シュナイダーを持ってるということは、つまり洗濯が終了したということなんだろうが。
「はい、お察しの通りです。それに、爪カバーも完成しました!」
「仕事速いなぁホント。助かるけどさ……」
俺は戦闘用シュナイダーを受け取る。うん? なんか前よりずっしりと重い……あ、これ手足に砂袋詰まってるな。
「ちなみに爪以外の武器は」
「目下開発中です。続報をお待ちください」
あっはい。まぁここはローラに任せるとしよう。
「それで、代わりと言ってはなんですが……こんなのを作ってみました」
「ん? なんだこれ」
そう言ってローラが差し出してきたのは、小さな、平たいぬいぐるみ。
人型のクッキーをそのままぬいぐるみにしたようなモノ。
「なんだこれ、クッキーのぬいぐるみか?」
「クッキーですか、いいですねその名前採用です。ルーカスさんならもしかしてこういうのも使えるんじゃないかなって、試に作ってみたんですよ」
「へぇ……ま、期待しないで試してみるか」
俺はクッキーの首――おっと、すでに糸が伸びてるな。それに指を括り付ける。
シュナイダー用に人差し指が使っていたので、中指に付けてみた――
――あ、これ動かせるわ。関節が動かしにくいけどヨタヨタ動かせるわ。
「……えぇぇ……」
「わ、成功ですね。シュナイダー以外も動かせるっていうのは少し残念ですが」
ちゃんと視界も確保できた。それも、シュナイダーと同時に。片目を閉じた視界が2分割されていた。
例えて言うなら監視カメラのモニタールームみたいな。うん、変な感じだ。スキルってやっぱ謎だわ。
「これは、色々と使い道が多そうだな……」
「そうですか? じゃあこのクッキーなら作るの簡単なのでたくさん作っておきますね」
「お、おう。たくさんか……ならクッキーズだな」
「採用で!」
こうしてシュナイダーに続く第2弾として、クッキーズが俺の人形に加わることとなった。
……式神と何が違うんだよマジで。ローラが特別なのか?




