010
さて、俺もいよいよ仲間ができた。
「オーク倒せるようになったんなら、森の浅いとこの討伐依頼くらい普通にいけるだろ」
「おお……やべぇ、冒険者っぽくなってきた」
というわけで今朝はローラとゴブリンの討伐以来に行こうかと思ったのだが、
「まだ戦闘用シュナイダーは乾いてないからダメですよ」
「えっ」
と、ローラに却下されてしまった。
「あのシュナイダーは大きいですからね」
「……なんとかならんのか?」
「ちょっと邪道ですが、バラして乾かしたりもしてますからその分は早く乾きますけど……組み立てるのに時間がかかるので、やっぱり今日一杯はダメです」
「そ、そうなのか……面倒をかけるな」
言われてみれば、子供くらいもある大きなぬいぐるみを丸洗いするわけだ。昨日の今日ですぐ万全の状態とはいかないのだろう。
しかしバラバラにして乾かすとは……製作者であるローラだからこそできる裏技だな。
「できれば今後は倒し方に気を使って、返り血を浴びないようにとかしてください」
「善処するけど、爪だしなぁ。やり方が分からない」
「むむ、爪じゃ不満ですか」
「せめて剣にしてくれ。それなら多少は融通が利くだろ」
「うーん、うまい方法を考えておきます」
うん、まぁ爪は爪でロマン武器ではあるんだけどね。
ちなみにローラは、今日はシュナイダーの爪カバーを作るそうだ。そうだよね、むき出しナイフが6本あるようなもんだったからね。鞘を作るのは大事だよね。
……うん、それ作ったらますます剣は使わないってことじゃないか? もう俺がメイン武器を爪に変えて訓練した方が早いのかもしれない。
「というわけで、こちらをお貸しします。シュナイダー改です」
と、前にクララちゃんが持っていた普通の猫サイズのシュナイダーを差し出される。クララちゃんから借りてきたのか、と思ったがそうではないようだ。
色が違う。あと、少し手足が重い。
「手足に砂袋を仕込んでいます。護身用くらいには丁度いいかと」
「ほう」
昨日のオーク戦で出た問題点について、早速ローラが対応を考えてくれたようだ。
軽くて攻撃力が出ないのであれば、重くすればいい。単純にして明快な答えだ。
それに砂を詰めた袋などは鈍器になる。いわゆるブラックジャック。
どこぞのミステリーでも、靴下に砂を詰めたものを凶器にしていたっけ。
「今日はこのシュナイダー改で練習かな」
「後方支援の魔法の練習してもいいかもですね」
魔法か。
そういえばこの世界には魔法があるってのに、記憶が戻る前の俺はあんまり使ってなかったな。せいぜいたき火のときに便利な、ゴブリンとどっこいどっこいの火の玉を出すくらいしか使えないのだ。
訓練すればもっと色々できるようになるんだけど……
「ローラは魔法どのくらい使えるんだ?」
「生活魔法で、水を出す魔法が使えますよ。といっても1時間に1回、コップくらいの量を出せる程度ですけど」
ふぅん、ローラは水を出せるのか……喉が渇いたときに丁度よさそうな感じだな。
……
って、そうじゃない。なんで俺はこんな平静に話を聞いているんだ。
魔法だぞ、魔法! 異世界モノで定番のロマンじゃないか!
「よし、俺は魔法を極めよう」
「えっ、どうしたんですか急に」
「いやほら、魔法って便利だろ? だから極めてみようかなって……」
「確かに魔法は便利ですけど、剣や弓の方がてっとり早くて強いじゃないですか」
ローラは首をかしげた。
あれ、この世界ではそういう考えが普通なの?
「えっと、だってほら、魔法だよ? 鍛えたら誰でも使えるあの魔法……」
「はい、鍛えたら誰でも使えるあの魔法以外になんの魔法があるんですか? シュナイダーさん別に魔法系のスキル持ちってわけじゃないんでしょう?」
……ああ、そっか。そうだよな。
この世界において、魔法ってのはただの攻撃手段のひとつくらいの存在にすぎない。
前世で言うと「銃って便利だよね。だから俺、銃を極めるわ!」と言い出したようなものなんだろうか。
日本でいうと「走るのって便利だよね。だから俺、マラソンを極めるわ!」みたいな内容に近いんじゃなかろうか。うん、自分で考えててわけが分からない。そりゃローラも首をかしげるわ。
それこそ、スキルによる補正がかかれば話は別なんだろうけど。
魔法系のスキルを持っている奴ってのも、その強さに拘らなければそこそこ多いんだよなぁ。
「……でも、多少は使えた方がいいだろ? モンスターも使ってくるわけだし」
「まぁ、使えないよりはいいですよね。モンスターも使ってきますし」
「うん、同意を得られて何よりだ。というわけで俺は今日、魔法の特訓とかするわ」
「それじゃ今日のところはこれで。私はシュナイダーの爪カバー作るという大事な仕事がありますから」
そんなわけで、今日は依頼をせず別行動ということになった。
大事なのか、と思ったけど、カバーが無かったら確かにクララちゃんが抱きついて怪我したりするかもしれないし大事だよな、うんうん。
ローラがギルドから出ていくのを見送った後、俺は早速ギルドの裏にある修練場にやってきた。
ここではいつ来ても何人かの熱心な冒険者が己を鍛えている。もっとも、俺は今までそんなに来たことはなかった。戦いは避ければいい、体を鍛えるのは面倒だという理由で、最小限しか。
今思えば体が資本なんだからもっと鍛えておけばよかったんじゃないかと思うけど、そういう考え方ができるのってやっぱり前世の記憶のおかげ、なのかなぁ。
「お、ルーカスじゃないか、珍しいな。ついにオークを倒したって聞いたぞ……ってなんだそのぬいぐるみ?」
と、訓練してた一人が俺に気付いて話しかけてきた。誰だっけ名前忘れた。顔は覚えてるから知り合いなのは間違いない。
「おう、ちょっと真面目に訓練してみようかなと思ってね」
「なぁ、そのぬいぐるみ……」
「今日は魔法をひたすら使ってみようと思うんだが、場所は空いてるか?」
「魔法をか。空いてるぞ……で、そのぬいぐるみはなんだよ」
うん、やっぱり気になるよねシュナイダー(改)。俺も知り合いのオッサンが肩にぬいぐるみ乗っけてたら気になって仕方ないと思う。
「こいつ、俺のスキル【人形使い】で動かせるんだよ。まぁ、そっちの訓練もしようと思ってな」
「……ぬいぐるみが戦うってのか?」
「案外舐められたもんじゃないぞ、昨日俺が倒したオーク、あれコイツ……の親玉みたいなデカいぬいぐるみを使って倒したんだからな」
「マジかよ。ぬいぐるみだってバカにできないな」
まったくだ。俺もそう思う。
「で、魔法か。そういえばルーカスが魔法使うのは見たことないな。折角だから見せてくれよ」
「おう、俺もあんまり使ったことないから期待するなよ」
と、俺は遠距離武器の修練に使う的の前に立つ。距離は10mといったところか。
……もしかしたら、魔法はイメージとかそういうチートに目覚めてたりして?
そんな淡い期待を込めつつ、俺は魔法を発動した。
ぽひゅっ。
うーん、可愛い火の玉。今世の記憶通りだ。てのひらの上数センチに先にピンポン玉程度の大きさの火の玉が浮かんでいる……
……これ、何が燃えてんだろ。まぁいいか、気にしたところで燃えてるもんは燃えてるんだから別に。
「小さいな」
「……ああ。期待するなって言っただろ」
俺は、ボールを投げる要領で火の玉を的に向かって飛ばす。
うん、あっさり外れた。というか10m先の的当てとか結構難しいよねコレ。
「おいおいルーカス、ゴブリンじゃあるまいし、そんな風にしても勢いしかつかないぞ」
「じゃあどうしろってんだよ」
「見てろ、こうするんだ」
そう言って、そいつは俺の横で的に向かって手をかざし、その手からぼひゅっ! と水の塊を飛ばして見せてくれた。
どこぞの漫画で見たエネルギー弾みたいでカッコいいな。なるほど、そうやるのか。
「よし、もういっちょ……」
俺もそれを真似て、再び魔法を発動しようとした。……うん? 何も出ないぞ?
「……うん、マナ切れだな」
マジかよ……俺のマナ少なすぎ……




