竹林スタート
竹林を越えると満月が草原を照らしていた。
拭き渡る風が茂った草を薙いで揺らしている。
「うそやん……」
事情は一日前にさかのぼる。
◇◆◇◆◇◆◇
高校の帰り道、コンビニで緑の缶のエナジードリンクを買って自動ドアをくぐったのは覚えている。
確かそのあと、動画投稿サイトで新着動画がないかチェックしようとして、携帯をポケットから出したんだ。指紋認証でロックを解除して、アプリを開いて……そこからの記憶がない。
いや、かすかに思い出せる……視界の隅に移った赤色の信号。黒と白の横縞。そして……横からの衝撃。
「あーこれ死んだやつだ」
気付いたら竹林の中で立っていた。かすかに上から差し込む光が、今は昼時であることを告げている。
死んじゃったのかー。マジかー。えぇー。
一通りショックを受けたが、第一志望だった私立高校に行けなかった時よりは衝撃が少なかった。全人生をかけた受験が失敗した経験で耐性が付いたのかもしれない。
「死んだってことはここは天国かな?見た感じ地獄ではなさそうだけど」
周り見た感じ竹林っぽい。祖父母の家の裏庭に生えてた竹がこんな感じだった。竹寄りのタケノコがいっぱい生えている。
と、周りを見渡していて気付いた。
なんか両手が違う。
二の腕がぷにぷにしてる。
胸がある!!!!!
そして腋丸出しであった。(超重要)
体が女の子になっている、そして服もあり得ないほどファンシーでファンタジー、そして露出多めのデザインになっている。
異世界転生にしても盛り過ぎでは???????神の趣味か???????
直近の記憶は跳ねられるところで、神とか天使とかが「あなたは死にました」って宣告してくれた記憶はない。チート選択もさせてもらってない。
もしかしてこの転生、ハードモードなのでは……?
何にしても現状、誰か人に合わないと始まらない。所持品何もないみたいだし、魔物とかに出会ったら一瞬で詰む。いるとしたらだけど。
というわけで竹林を出られそうな方向に検討をつけて歩き始めた。
◇◆◇◆◇◆◇
かくして冒頭に至る。
一日歩いてやっと竹林を抜けられたという事実も辛いが、竹林を抜けても草原があるだけで民家の灯りも見当たらない。
なぜか腋からおにぎりを召喚することができたので、食べるものには困らなかったが。
この状況、野宿して夜を明かすしかないように思われた。が、何やら怒号と金属を打ち付けあう音が聞こえてきた。
「これは第一異世界人に接触するチャンス!」
音のする方向に向かう。今気づいたが耳が頭の上にあって、左右別々に動かせる。触ってみたところ、とがっているようだ。もしかすると猫耳かもしれない。
音がする場所では、剣を持った兵士と、よくわからない4足歩行っぽい生き物数体が戦っていた。
明かりが月光しかなく、よく見えない……が、4本足が人間でないことは確かだろう。ということは、人間のほうに声をかけるべきだ。
「おーい、助けてく……」
声をかけると、4本足のうち一体がこっちに反応する。
「何だ君は!危ないから離れていろ!」
兵士が怒鳴る声を最後まで言わせず、一体がこっちに向かってくる。
こっち来るのか。
俺の方に来るのか。
俺を殺す気なのか。
死の危険が迫ったことが脳の一番奥で分かった。そしてさらに奥で何かが閃いた。
『○○○○○○○を使うのです……』
何者かが脳内で囁く。
○○○○○○○……
ポ○○○○○○……
ポッ○○○○○……
「ポッキィィ、ソォォォォォドぉぉ!!!!!!」
虚空から現れた丸棒を両手で掴み、4本足の怪物に向かって走り出す。
丸棒は持つ部分が焼いた小麦色、そこから先端まではチョコレートのようなしとやかな茶色をしている。
それ(・・)の名前、使い方、全て脳内に浮かんでくる。
走りくる4本足の鼻面にポッキーソードという名の丸棒を二本まとめて叩きつける。
1カメ(正面)。
2カメ(側面)。
3カメ(後方)。
4本足は地面と熱烈なキスをして、それから起き上がらなかった。
◇◆◇◆◇◆◇
4本足の怪物は一体を失ったことで形勢不利となり、その後は人間の兵士らしき人たちに討伐されていった。最後の一体を倒すと、隊長らしき人が点呼を行った。
「全員いるか!負傷者、重傷者は申告せよ!」
俺が倒した4本足の相手をしていた兵士が声を上げた。
「負傷者ではありませんが、助太刀をしてくれたものがありまして……」
「助太刀? こんなところに誰が……」
「分かりません! 少女のように見えますが、私が食い倒されそうになっていたところを一撃で倒してしまいました」
一撃で? こんなところに女の子が?
ざわめきが上がる。
「あー、君。名前は?」
名前を聞かれた。どうしようか、前の世界の名前を名乗ると不自然に思われるかもしれない。ここは、見た目に沿った名を名乗った方がいいだろう。
竹林……草原……月。となると、ピッタリの名前がある。
「かぐや……と、申します。」
こっちの世界の人がどんな名前かは分からないが、もとの名前を名乗るよりは新しい名前を名乗ったほうが良いだろう。体も元の世界の自分とはかけ離れているようだし。
「カグヤ……ちゃん?というのか。職業はなんだね?」
「職業?」
「ステータスの方の職業をな。生活のほうではなくて」
どういうことだろう。この世界には職業がいくつもあるのか?
少し考えると、ピンと閃いた。
ステータス、と念じながらおもむろに手を縦にスライドさせる。何も出ない。違ったらしい。
では今度は横にスライドさせる。出た。
ゲームでよくあるステータス画面のようなものが宙に浮かんで見える。月明りしかないせいでよく見えないが、一番上にカグヤと書いてあるのが見えた。
その下……これが職業だろうか……目を凝らしてみてみる。
見えた。これが俺の職業か。
「どうした? 言えない事情でもあるのか?」
隊長らしい人が再度訪ねてくる。正直に答えたほうが良いだろうか。わざわざ訪ねてくるってことは、職業はよほど重要な要素なんだろう。隠さない方がいいかもしれない。
「職業は……」
ステータス欄に書いてあったその職の名は。
「〇ーチャル〇ーチューバー……です」
深夜テンションの思い付きってろくなことにならないよね。