箱入り神様かんさつにっき (その後)
『 箱入り神様、いついつ出やる 』
『 箱入り神様、どこどこ出やる 』
『 箱入り神様、いつかは出やる 』
このほど、箱入り神様が新しく顕現されました。
最初のジンニ―様に続いて、ルキア―ド様とヤミル様とアグリ様のご登場です。
最近歓喜の悲鳴をあげすぎて痩せてきたと噂されている大神官さまが興奮のあまり人語を話せなくなるほどの事態でした。
なんということでしょう。
「申し訳ない。神子さま」
汗を拭き拭き、大神官さまは続けられた。
古今東西、謝罪から入る言葉でいい話であった試しはきいたことがないのだが。
「いまだに、箸の取り扱いに習熟できた神官が不足しているため、神子様には四柱の御神様たちのお世話をして頂きたいのです」
是非に、是非に、是非に!!
「………」
このときの俺の心境を一言で表わそう。
拒否権プリーズミ―!!
つくづく。
目の前で俺の足元に縋りつく神官長たちの姿が目に染みたことが俺の敗因でしたよ。
「おはようございます」
「おはようなのじゃ、遊!」
「おはようございます、神子」
「…おはよう、神子」
「…………おはよう、神子」
朝の挨拶を交わした漆黒の箱の中には四色の猫耳神様たちがいる。
◇ルキア―ドさまのオハコ
青色の毛並みの箱入り神様は、ジンニ―様のご友人であるらしい。
異世界などで箱入り神様の神子さまをやっている渡里遊にとっては、どちらかというとジンニ―様のファンにしか見えない。
「うわきゃあああああ、遊! 遊! 遊!」
「どうなさった、ジンニ―どの!」
今日も今日とて、悪戯っ子にして泣きむしっ子なジンニ―様の叫び声に、しぱたたたたたたと、己が為の青い箱を細身の剣で切り刻んで自力移動してきたルキア―ドさま。
「…あれ? ルキア―ド?」
「…ジンニーどの? それはいったい」
涙目で折り紙のミニマム兜を喜んで被ったジンニ―様とそのファンのスムーズな意思疎通はいつになったら叶うのだろうか。
…というか、俺の世話いらねえんじゃねえの? ルキア―ドさま。
◇アグリさまのオハコ
「…あ~。おはようございます、アグリさま」
「………お、おはよう。神子」
ぱかりと赤茶色の箱を開けると、なんとも形容しがたい思いが沸いた。
赤茶の箱の住人であるアグリさまは小声でぽそぽそと俺への返事をなんとか返してくれた。
「あの」
「………はい」
言葉を探しあぐねている俺の間延びした質問に対して、苛立つことなく待ってくれているアグリさま。
「昨日までは、こんな糸は張り巡らしてはなかった筈ですよね?」
「………ヤミルちゃんに糸、巡らせてもらったの。………ダメ?」
しおしおと泣きそうな表情付きで赤茶色の耳をしおらせるジンニ―様の妹神さま。
「…箱、狭くない、ですか?」
「………わたし、狭い方が好きなの」
赤茶色の箱の中全面に糸を張り巡らせた彼女は、どうにも引き籠りがちな性分のようで。
こまめな気遣いが必要なようだ。
女性の神官さんにフォロー頼んだ方がいいな、こりゃ。
◇ヤミルさまのオハコ
「いい? 神子? 私のための箱の中には綿を引いた上に最高級のヤクモ上布を敷き詰めておいてちょうだい。あと、薄敷の和紙でつくったモノを数枚。もちろん、厚みのあるものと薄いもので5種類ほどは用意しておいてね。女は気分で変えたいものですもの」
銀灰色の箱の中、アグリ様のご親友であるというヤミルさまは注文のうるさい神様に変貌しておいでた。
「やーだ、神子。これくらいまだまだ可愛らしいお願いよお?」
女性の神官さあああん、ヘルプ! ヘルプ ミイ!! 女心は俺には理解不能なんです!!
◆ジンニ―さまのオハコ入り
あれから、歳月はどれほどたったことだろう。
遠い昔、今と同じようにこの世界へと降りたことがある。
世界に降りた我々には、この世界はあまりにも大きく、生き難かった。
―― ごめんなさい、神様。
しゃくり上げる少女の声は、おぼろな思い出のなかにある。
―― ごめんなさい、神様。ごめんなさい、神様。わたしがもっと上手にお世話してあげられたらいいのに。
あれが神子と既に呼ばれていたのかどうかさえもすでに覚えてはいない。
世界は大きなものたちによって支えられていた。
だが、神様とよばれる我等は大きく在っては意味はなかった。
世界の中で小さなものでなくてはなかった。
―― もっと、もっと優しくしてあげたいの。もっともっと、優しくしてあげたいの。
なのに、それが出来ない。
少女がこぼす小さな涙の粒は、彼にとって掌ほどの大きさだった。
小さな、小さな、神様たち。
大きな、大きな、人々。
大きくなった人々は、小さなものたちの生活をいとも簡単に壊していく。
神様たちは知っている。
大きな人たちの進む道を。
神様たちは願っている。
だからこそ、せめてその歩みをわずかに遅らせようと。
――― ごめんね、神様。ここにいてね、ここにいてね。いまはまだ危険だから。
泣く少女は、小さな神様を小さな箱のなかへと閉じ込めた。
見つからないように。
見つかるように。
相反する祈りを捧げて、少女は箱のふたを閉じる。
大きな物音。
大きな叫ぶ声。
彼は目を閉じて、少女の祈りを受け止めた。
聞こえてくるのは、世界の声。
聞いていたのは、世界の耳。
―― ごめんね、神様。私、神様たちともっと一緒にいたかったよ。
誰よりも。
誰よりも、神様の存在の意味を知っていた、最初の神子。
六識が一、『耳識』を持するジンニ―の神子。
箱が好きだ。
箱が好きだ。
彼女が作ってくれた場所。
小さな神様が、隠れて持する、安全な場所。
彼女が願った、神様たちのための安全な場所。
―― どうか、誰にも見つからないでそこにいて。
「優しい、我が神子。―― それでも、我等はいつかそこを出なくてはいけないのだよ」
幾度も繰り返した顕現の日々。
不器用ながらも、神様を大切にしようとする神子たちに慰められて、慰めて。
大きな人々、小さな神様。
人々が見えぬ何かを見つめながら、神様はいつかを夢見る。
◎渡里遊のオハコ
最近の生活が、箱から抜け出せない。
朝に、昼に、夕に、夜に。
箱、箱、箱、箱、箱の毎日。
いかに、箱入り神様たちのお世話係といえども、これはあんまりじゃないかと思う。
「ふ、ふ、ふふふふふふふ」
「…ゆ、遊? ど、どうしたのじゃ?」
「神子? 」
「…神子?」
「な、なによいきなり」
口から何かを破棄ながら遊が壊れた笑いを浮かべるそれに、四色の箱入り神様が引いていた。
「やってられるかああああああ!!! 」
せいや!
このごろ、聖なる神子通り越して、伝説の神子とか神聖なる神子とか呼ばれ始めているとは思われぬ表情で、遊は大事な仕事用具を放り出した。
「若い17の男子が、毎朝毎日やってることはミニマム生き人形たちのお世話、お世話、お世話!! ない、これはないっ!」
「うわ」
「キレた」
「……神子、怖い」
「ゆ、遊。落ちつくのじゃ」
焦ったジンニ―様が落ち着くように声をかけるがその腰は当然後ろに引けたままである。
「やってられるか、こうなりゃ抜け出してやる。街だ街。散歩でいい、とにかく発散したい! 人に会いたい!」
でなきゃ、やってられるか!
幸いなことに神子を激賞する王様から頂いた褒賞や仲良くなった箱入り神様遊具製作委員会の神官たちから分けてもらった街の流行りのおでかけ衣装も遊はしっかり持っている。
流行が顔を隠せるショール付きで本気で良かった。
「ゆ、遊?」
「な、何処行くつもり?」
「……かっこいい」
「ちょ、あたしたちはどうするつもりよ、遊!」
慌てる箱入り神様たちに、ちょっと暴走も止まる17歳。
「………、待機? 」
「いやだ!」
疑問符付きの指示に、異口同音の否定の返事。
「…じゃあ、仕方ねえな」
「?」
呟いた遊の言葉に続く言葉に、彼等は何を思うだろう。
「俺と一緒に夜遊び、行く? 」
箱、持ってく気は全くないけどな。
差し出されたのは、神子の両手。
――― 神様、神様。
私たちは、あなたに優しい生き方が出来ますか?
『 箱入り神様、箱から出やる 』
了
覚書
ジンニーヤ。
ジンニ―さまの神子。の意味。
ヒトヤ神聖界国
神様が顕現する国として有名。
神様は一八柱の神が現存するとされている。
六は神の境界粋。
ジンニ―さま。
茶色の箱入り神様。 神子は、渡里遊。
やんちゃだけど、チキン。
六識の《耳識》を持する。
繊細な青年期なおのこのこ。
武器は鉄扇。
ルキア―ドさま。
青色の箱入り神様。
六入の《意》に相する。
武器は剣。
なんだろう君なクーデレ。
天然まじりなおのこ。
アグリさま。
赤茶色の箱入り神様。
六境の《声》を象徴。武器は声か。
引っ込みがちなおにゃのこ。
ジンニ―様の妹。
歌うのが大好き。
ヤミルさま。
銀灰色の箱入り神様。
六境の《触》を象徴。武器は杖または糸。
気温差に敏感。
毛布の肌触りに一番こだわる。おにゃのこ。
アグリさまとは親友。
渡里 遊 (わたり ゆう)
異世界に召喚された少年。ジンニ―さまの神子。
箸捌きが秀逸。
マイペースで要領よしと思われる。
仏教用語の十八界(六入と六境と六識)の概念をもとに箱入り神様像をもたもたと作成。