ヒロインよりも悪役令嬢よりも王子が電波だった件について
「婚約破棄させてもらう!!」
――それは良くある婚約破棄だった。違ったのは全ての罪を王子が被って牢に入った事。
裁判の果てに断頭台送りになった王子と悪役令嬢を救った皇太子の会話。
よくある婚約破棄ものの王子をフォローしようと思ったらすごい電波になりました……
「――やあ。皇太子殿下」
奴はぱたりと読んでいた本を閉じた。
タイトルを見れば「マドレーヌの作り方」……相変わらず奇怪な本を読む。
死刑を前にして牢の中で読む本でもなかろうに。
この男はいつもそうだ。
飄々と――淡々と。こちらの努力をあざ笑う。
「――調子はどうです? まあ、あなたなら良い皇太子になれるでしょ――」
「黙れ」
しゃあしゃあと話す声を聞きたくなくて語気を強めた。
奴はやれやれといった風情で肩をすくめた。
「で、そのお忙しい皇太子殿下が何の用で――?」
「――あの女、お前を売ったぞ」
「――あの女とは?」
ほんの少し――極僅かに変わった声音に気を良くして俺は続ける。
とびっきりの悪意と憎悪を滲ませて。
「アリア・オリビア。あの女狐、貴様が首謀者だと証言すれば無罪放免だと言ったら喜んで証言していったぞ」
「……」
表情のない目で奴は黙る。
いつもそうだ。
あの下種女が親愛なるヴィクトリアに無実の罪を着せようとした時も――こんな目だった。
『ヴィクトリア様を責めないであげて!! アリアが悪いんです!!』
自らの婚約者を貶めるあの女を――奴は感情の消えた目で見つめていた。
うっすらと口元だけに笑みを浮かべて。
「牢から出たら真っ先にエドワードの所に転がり込んだ。下種だけあって男を乗り換えるのが早いな――未来の王妃をあそこまで虚仮にして、明るい未来が待っている訳もなかろうに」
「――それは、どうでしょうねえ」
くすりと。
奴は微かに笑う。
「エドなら上手くやるでしょう。ヴィーとてエドを敵に回したくはないはず」
製鉄業を基盤とする御実家としては――鉱山利権の持ち主に喧嘩売りたくはないでしょう。
「……利権など取り上げてしまえばいい」
「後ろ盾のない身でそんなことをすれば末路がどうなるか――お分かりにならない訳ではないでしょう?」
「……輸入を促進する」
「南の方の戦で鉄鋼石価格は上昇していると思いますがねえ」
いらいら――する。
余裕綽々のこの男にも――追い詰められてる自分にも。
「……そうやってエドワードにでも助命嘆願させる気か? 言っておくがお前の処刑は裁判により確定している。今さらひっくり返りようがない」
「勿論、存じております」
この身は明日――断頭台の露に消える。
そう言いながらも――奴の余裕は消えない。
「――誰を誑し込んだ?」
「誰も」
「吐かないつもりか。まあいい。お前の下種な希望などすべて潰してくれる」
くすくすと。
堪えられないかのように奴は笑った。
「――何がおかしい」
「いえ、だってねえ――あなたの言うとおり僕が裏切られて明日殺されるんだとして」
「――仮定ではない。仮定にはさせない。どんな手を使っても」
「ええ、ええ。で――だからどうしたというのです?」
そういう奴の目は――どこまでも澄んでいる。
凪の湖面のように静かで――冬の空気のように清浄。
「僕が死んだとして――だからなんだというのです?」
こくりと傾げられた首は純真に疑問を写した。
「王位はあなたが順当に継ぐでしょう。エドはアリアを手に入れる。アリアはエドの庇護のもと暮らしていく。ヴィーは恋仲のあなたと結婚する――何も問題はないでしょう」
その声は祝福に満ちていた。
恨む筋合いなどどこにもないと言うように。
「――あの女が別の男に嫁いでも良いというのか?」
「? 彼女はただの学友ですよ? エドは惚れていましたが……」
「ふざけるなっ!! ヴィクトリアを廃してあの女と結婚すると言ったではないか!!」
「――王族の結婚に恋愛感情がある事の方が珍しいのでは?」
ふざけるなっ!!
ふざけるなっ!!
フザケルナッ!!
「――そうか。あの女に裏切られたからそんなことを言うんだな? 無様だな!!」
「裏切り? ああ、証言の事なら僕が指示しましたが?」
「――!?」
気持ち悪い。
気持ち悪い。
キモチワルイ。
目の前のコレと血がつながっていることが信じられない。
いや、コレが自分と同じ言葉を話していることが信じられない。
「――さっきから聞いていれば、何ですか? 君は学友のために命すら賭けられないのですか?」
失笑。
「騙されなかった? ――そんなのは信じなかったの美称形です」
嘲笑。
「間違えなかった? ――そんなのは挑戦しなかったの誤魔化しです」
冷笑。
「ただ許すことすら出来ないというだけの事を――よくもまあ自慢げに言うものだ」
それが王の器だというのなら――おめでとう。
その王冠はお前にぴったりだよ。
「……何を――言っている」
意味が分からない。
分からない。
ワカラナイ。
それでも奴は――笑う。
「分不相応でも可能性が万に一つすらなくても――それでも挑戦したいという彼女を応援することが罪なら、僕は罪人で良い」
それは狂人のようで。
「机を並べる学友を疑ってまで王冠が欲しいことが王の資格だというなら――そんなもの僕はいらない」
それは聖人のようで。
「暗愚である事を怠惰である事を非才である事を醜悪であることを断じることが正義なら――僕は悪で良い」
それは道化のようだった。
「――話がそれだけならどうぞお帰りを」
すっと手を伸ばしたのは――「マドレーヌの作り方」。
最早目の前の男に興味など失くしたように――読み始める。
ずるりと。
重くなった足を引きずって帰る自分を見送るものは――誰も居なかった。
* * *
次の日。
断頭台送りになって奴は死んだ。
その顔は――最後まで笑っていたという。
王子:婚約破棄しちゃった人。自身の王族としての適性に見切りをつけており、引退を考えていた。ヒロインとの出会いによって少なからず救われており、恩返し的に罪を全て被った。
アリア:ヒロイン。王子に「いや、結婚は難しいと思うよ」と諭されるものも可能性があるなら賭けたい!と婚約破棄を実行。皇太子に反撃されるもののエドに拾われ、後に側室に。男好きは素なので男性絡みのトラブルは絶えないもののエドに上手くコントロールされる。
エド:アリアが好きだった人。王子に自分が捕まったらアリアを頼むと頼まれて側室に。奔放なアリアに振り回されつつも自由な発想に価値を見出す。
なんやかんやで実にうまく立ち回って勝ち組になる
ヴィクトリア:王子の元婚約者。皇太子の事が好きだった。色々あったけど結婚できて満足。夫を立てる系の美少女。
皇太子:ヴィクトリアが好きだった人。王子の兄。ヴィクトリアを娶れて満足だが王子との会話で軽くノイローゼに。ヴィクトリアによって立ち直るが色々と引きずる。