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公募ガイド 虎の穴 第15回 投稿作品 『殺意への応酬』

作者: あべせつ

第15回課題

愉快なサスペンス(ハラハラするけどどこか楽しい小説)



『殺意への応酬』       あべせつ


俺は追い詰められていた。ヤツが迫ってくる足音が聞こえる。俺は暗闇の中、息を詰めて気配を殺そうとするが、心臓は早鐘のように打ち呼吸は押さえても押さえても荒くなる。

小刻みに震える体はまるで石になったかのように固まって思うように動かせない。自分の息だけが闇に響き渡っているような気がして、ヤツに聞こえるのではないかと縮み上がった。


どこかに隠れる所はないのか。部屋の暗さに慣れた目に物置台が飛び込んできた。ヤツはもうそこまで来ている。俺は台の下に潜り込み床に這いつくばった。その途端、いきなり部屋の電気が点いた。煌々と照らされた光が目を射し、一瞬クラクラとめまいがしたが、ヤツの足が目の前に現れたのだけは、はっきりと見えた。ヤツは入り口に立ちはだかり部屋中をくまなく目で探しているようだ。


絶対に逃さない。殺してやる。そんな明らかな殺意の渦が俺に襲いかかってくる。ヤツは何か凶器を持っているようだ。しかし俺は丸腰なのだ。見つかるわけにはいかない。ここから逃げたい。今にも奇声を上げて飛び出しそうになる自分を押さえるのに苦労した。物置台は壁にピッタリと付けられており、向こう側へは行けない。このままでは見つかってしまう。俺は死を覚悟して目を閉じた。


しかしヤツは台の下にまで気が回らなかったのか、舌打ちをすると他の部屋に探しに出ていった。激しく安堵したのか俺はそのまま気を失った。 こんな目に合おうとは。


つい数十分前。俺は初めて訪れたこの街をブラブラと流し歩いていた。俺の本業はケチな泥棒である。忍び込むのに適当な家があれば気の向くまま忍び込み、台所を物色して酒や食べ物をいただく。金銭には手を出さないのが俺の流儀である。なにせ生きていくには食べなきゃならない。しかしこちとら金がない。よそ様から多少いただいてもバチは当たるまい。そう考えていたからだ。夜も深くなり空腹も限界に近づいていた。そろそろどこかに失敬しなければと思ったちょうどその時、居酒屋が見えた。


路地裏の突き当たりにある場末の小さく小汚ない店であるが、こうした所は食べ物が豊富にある。ケチな女将が今日の残り物を捨てたりせず、明日も客に出そうとするからだ。俺はなんなく開いた小窓から体を滑り込ませ、店内へと侵入した。小柄だとこうして器用に生きられる。


店の中は先程、火の気を落としたばかりと見え、まだほの暖かい。カウンターの上には飲みさしのグラスと、まだ水滴の付いている半分ほど入ったビールビンが置いてあった。

「しめしめ。こりゃいいぞ。」俺はカウンターに向かい、ビールのグラスを舐めた。何か食い物はないかとカウンターの裏に回ると、流し台の上にチーズとサラミの盛られた小鉢があった。俺はその中のチーズの一切れを口に入れた。とその時、奥の別室で物音がした。


俺は咄嗟にしゃがみこんで隠れた。

人の怒鳴り声のあと、ドタンバタンと争うような音がしたかと思うと、おもむろに、その奥の部屋に通じる仕切りカーテンから男が一人、血相変えて飛び出してきた。死相が浮いて血走った目をありえないほど見開いている。


俺はコイツに見覚えがあった。夕方、この街に着いた時、違う酒場で女たちを脇にはべらせて豪勢にやっていた男だ。黒塗りのポマードをテカテカさせ、ヒゲを長く伸ばしていて、女たちからダンディーと呼ばれていた。俺は一目でイケ好かない野郎だと思って通りすぎたのだが、ソイツが今、俺の目の前にいる。


ダンディーは追ってきたデカイヤツに一撃にされ、俺の前に為すすべもなく倒れた。 頭は潰れ即死であるはずなのに、ダンディーの足はまだショックを受けているのか痙攣している。俺は声にならない叫び声を上げた。見つかれば俺も殺される。


カウンターから出て出口に走るのは見つかる可能性が高かった。かと言ってここで潜んでいるのも危険だ。俺は本能的にもう一つのドアをくぐり、違う部屋に逃げた。そこからなら窓から外に逃げられる。ところがそれが失敗であった。部屋は貯蔵庫のようで窓がなく、物置台があるだけであった。それが今の俺の現状だ。


目が覚めると俺は出入口が一つしかないこの部屋を一か八かで脱出しなければならないと腹をくくった。物置台の下から這い出し、出口に向かう。慎重に慎重に。あの殺人鬼に見つかれば一貫の終わりだ。ようやくカウンターのある店内にたどり着いた時、ヤツと鉢合わせをしてしまった。よもやこれまで。俺はヤツに向かって体当たりをした。


『ギャアアア』この世のものとは思えない声に、居酒屋の親父が二階から降りてきた。


『なんだ。どうしたんだ』

頭にカーラーを巻いた女将が泣きべそをかきながら『あんた、ゴキブリがいたんだよ。二匹も。一匹は潰したんだけど、一匹が顔に向かって飛んできたもんだからさ』


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