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異変

遅くなりました。

 俺が拾ってきた女は、名前すら明かさずに過ごしている。

 母さんは案の定というかなんというか、緒里と同じように『可愛いからいい』といった感じで彼女を受け入れてしまった。それでいいのか、と問い詰めたい。

 緒里の部屋で寝た彼女は今朝、妙なことを言ったらしい。

 曰く、今夜、俺たちが危ない、とのこと。

 何がどのように危ないとか、いつどうして危ないとか、そういったことは言わなかったらしいのだが、そこが妙にきな臭い。

 とはいえ、ぽっと出てきて変なことを言われたからといって、俺たちの生活に何が起きるわけでもない。

 俺と緒里は学校へ行き、母さんは昼ごろに仕事へ行く。今日は帰りが遅くなるらしい。

 そして、そいつは昼から俺たちが帰宅するまでは家で留守番だ。俺が見知らぬ人間を家の中でひとりきりにさせることに猛反対したのだが、盗まれて困るものもないでしょ、とあっけらかんと言う母さんに返す言葉もなかった。通帳や貴重品は金庫の中だ。――無論、彼女がその手のプロであるなら破られることもあろうが、どう足掻いてもそれはありえない。


 まあ、想像通り、俺が帰宅したとき、そいつは大人しく本を読んでいた。

 昨日の晩からの行動を見るに、読書が好きらしい。ジャンル問わず、色々と読みあさっている。

「おかえ、り?」

「……ああ」

 家出して、転がり込んだ――というには、荷物すら持っていなかったあたり、どうにも不自然だ。

 違和感が拭えない。

「――用事?」

「っ、ああ、いや、なんでもない」

 ……じっと見ていたら、こちらを窺うようにして聞かれた。少し気恥ずかしさを覚えて、視線をそらす。自分の部屋に戻って、荷物を置く。

 緒里はまだ帰ってきていないのだろうか? 彼女の部屋の扉をノックしてみる。

 …………。

 どうも、まだらしい。夕飯の買い物だろうか、とあたりをつけて、俺は自室に戻った。

 俺が拾ってきた奴ではあるが、世話は緒里と母さんに任せるのが良さそうだ。――無責任なのではない、二人がそうしたいというから任せるだけだ。


 しばらくネットサーフィンをしたり、読書をしたりしていると、玄関で物音がして、緒里が帰ってきたことを知った。あいつと会話している声が聞こえる。

 部屋を出て、階段を降りる。

「おかえり」

「ただいま。今から夜ご飯作るね」

「おう。手伝おう」

「うん」

 緒里の手から買い物袋を受け取ると、横から視線を感じた。

「……なんだよ?」

「いおり、どうして?」

「そりゃあ、お兄ちゃんだもん」

 なんだ? 話が読めずに緒里を見ると、苦笑して俺の手元を指された。

「荷物、もってくれようとしたんだ」

 ああ、自分より小さい奴に持たせるのも、と思って遠慮したのか。なるほど、と軽く頷きながら台所へ向かう。そいつはいつも通りのぼけっとした顔に、僅かに釈然としない表情を浮かべていたようだった。


 夕飯はハンバーグだった。

 随分手の込んだものを作るんだな、と驚いたが、新しい家族の歓迎会らしい。母さんがいなくていいのか? と聞いたら、それはまた今度、ちゃんとお母さんが作ったのでやるの! と怒られた。……野暮だったらしい。

 食卓に並んだ豪華な食事を見てから、そいつは俺たちの方をじっと見つめた。

「ありがとう」

 随分不思議そうに言うものだから、何か不手際でもあったのかと不安になったが、どうも俺たちの側ではなくあいつの側で内心色々とあったらしい。

 本当に不思議な奴である。


 ――さて、そんなこともありつつ、時刻は九時をまわり、俺がいい加減風呂に入ろうとした時のことである。

「かずと。風呂は、やめたほうがいい」

「ん? なんでだ?」

「危ないから」

「……あー、つまり、風呂に入ると危険だと? 何故だ?」

「もう、来る」

「何が?」

「国の、人たち」

 ……さっぱり要領を得ない答えに、俺は首をかしげた。横を見ると、緒里も不思議そうな顔をしている。まあ、だが一つだけわかったのは、こいつが今朝言っていた危険ってのがもう間もなく襲ってくるってことだ。

 信じていいのかはわからんが、な。


 ぴんぽーん、と。その時、チャイムが鳴った。

 急な来客だ。

 俺が腰を浮かすのと同時に、そいつが口を開いた。

「出るの、ダメ」

「あ?」

  訝しむ俺に構わず、そいつはそこに置かれていたゴムボール――俺がだしっぱにしていたやつだ――を唐突に拾い上げた。

「ふたりとも見てて、動かないで」

 ……ここで見てろ、ってか。

 そいつは廊下へのドアから腕だけ出して、そのボールを玄関のドアへ投げつけた。

 べちん、と音がして――同時。

 だだだだだだ、と轟音。ぱりんぱりーん、と高い音も鳴り響く。


 ――どういうことやねん。

 俺は呆然とそれを見つめた。


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