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Dream.03 睡眠欲vs食欲 〈3〉

<食ベタイ、食ベ尽クシタイ!>

「わかりやすい夢だな」

「まったく」


 朝海の言葉に晃由がしみじみと頷く。夢の内容は単純で、水晶体に捕らわれた男はいかにも食欲の強そうな肥満男だ。


「君の“食べたい”という気持ちも確かに強いものなのかも知れないが……」


 朝海が鋭く光らせたものの、どうにも眠たげな瞳を豚へと向ける。


「俺の“眠たい”の方がきっと強い」

「何、自慢よ?」


 何故か胸を張って誇らしげに言い放つ朝海に、晃由が呆れ果てた表情を見せる。そんな朝海の主張などまるで聞かずに、巨大黒豚はバリバリと音を立てながら公園の滑り台を食べていた。それを見た晃由が表情を引きつる。


「うっわー、よくあんなもん食うなぁ。あいつ、俺たちと違って雑食男子だぜ。なぁ輝」


 晃由に耳を撫でられ、輝が同意するように頷く。


「雑食男子でも絶食男子でも何でもいいから、とっとと食え」


 厳しく晃由に指示を与え、朝海がゆっくりとした足取りで晃由と輝の後方のベンチへと向かう。ベンチに辿り着くと、朝海は重たい体を引きつりすぐにベンチに腰掛けた。


「何だよ、自分だけ偉そうに座っちゃって」

「もう一人では立っていられない」

「さいですか」


 何故か自信満々に主張する朝海に肩を落とすと、晃由が再び朝海から豚へと視線を戻す。


「大将はあんなんだし、とっとと喰って終わらせちまおうぜ。輝!」


 背に乗り込んだ晃由の呼びかけに、輝がまた大きく頷く。

 晃由が大きく息を吸い込み表情を鋭く変えた途端、輝は晃由と呼吸を合わせるように勢いよくその場を飛び出した。象のように大きな両耳を左右に広げ、宙を舞うようにして輝が豚の元へと翔け抜けていく。

 まだ滑り台を頬張っている豚の背の上に辿り着くと、輝は大きく口を開け牙を伸ばした。


「喰らい尽くせ!」


 輝がその牙を容赦なく豚の背へと突き刺す。

 背に牙を刺されたところで漸く、豚は滑り台を食べる口を止めた。


「よっしゃ、このまま一気に……!」

<食ベタイ……>

「へ?」


 輝の背の上の晃由が、豚から聞こえてくる苦しげではないその声に首を傾げる。


<コノ世ノスベテヲ、食ベ尽クシタイっ……!>


 強い意志のこもった声をあげた豚が大きく背を反らせ、背に噛りついていた輝を地面へと振り落とす。瞬時に輝の耳を掴み、地面に落下することなく何とか輝の背の上に残る晃由。

 一度牙を引っ込め綺麗に地面へと着地した輝の背の上で、晃由がホッと胸を撫で下ろす。


<食ベタイ……!>

「んなっ……!?」


 地面に降りたばかりの晃由と輝に、大口を開いた豚が迫る。

 焦りの表情を見せる晃由であったが、すぐには輝の牙や爪を伸ばすことが出来ず、攻撃の態勢も整えられないまま豚の大口へと呑まれた。

 輝が大きく耳を広げ、豚の口を開いた状態のままで止めて、何とか食される手前のところで押し留める。


「朝海ぃ、喰われるぅ~!」


 輝の背の上から振り返り、晃由が情けない声で朝海を呼ぶ。


「喰う専門のくせに、喰われてどうする」


 呆れたように言葉を落としながら、朝海が気だるげにベンチから立ち上がる。

 瞳を閉じ集中力を高めると、朝海の額に赤い日の出の印が浮かび上がった。全身から金色の光を放ち、朝海が再び目を開く。晃由と輝の方へと右手を伸ばすと、そこから集約させた金光の塊を放った。

 朝海の放った光はまっすぐに輝の体に当たる。

 光が当たった瞬間、輝を包む金光が一層輝きを増すと、輝は大きく瞳を見開いて一気に耳を巨大化させ、豚を後方へと弾き飛ばした。


「おっしゃ、脱出! 痛っ」


 豚の口から解放され、空へと手を伸ばした晃由であったが、走る痛みに思わず両耳を押さえる。押さえた手には赤い血が滲んだ。


「ちょっと喰われちまったのか? 輝」


 晃由が輝へと声を掛けると、輝が首を回して背の上の晃由に視線を送る。輝の両耳には晃由と同じように傷がついていた。自分の耳の傷など気にした様子もなく、晃由が案じるように輝の耳を撫でる。


「朝海ぃ、悪いけど輝の傷をっ」

「ハァ、ハァ……」

「朝海?」


 晃由が振り返ると朝海はベンチの前で力なく膝をつき、苦しげに息を吐いていた。


「眠、い……」


 あまりの眠気に薄れる意識。落ちてくる瞼を必死に持ち上げながら、朝海が頭を抱える。


「あいつ、さっきのでついに朝力の限界がっ……!?」

<食ベタイ!>

「あっ、うわあああ!」


 朝海の様子に気を取られていた晃由が、背後から迫っていた豚に気付かずにそのまま不意打ちを喰らい、公園の出口へと吹き飛ばされる。


「晃っ」

<食ベタイ、食ベタイっ……!>

「あっ!」


 吹き飛ばされた晃由に思わず顔を上げた朝海であったが、そこに豚が短い足で駆けているとは思えない速さで迫って来る。


「ううぅ……!」


 全身から発する金光で向かって来た豚を止める朝海だが、受け止めた途端にその表情はさらに苦しげなものへと変わった。朝海を包む金光にもいつもの力強さはなく、今にも崩れ落ちてしまいそうな脆弱なものに見える。


「朝、海っ……」

「仲河君!?」


 公園を出たところの道路で苦しげに体を起こした晃由の元に、学校に続く道の方から硝子が慌てた表情で駆け込んでくる。


「大丈夫!?」

「硝子ちゃん、なんで」

「夢現空間が出たのがわかったから。あ、日下部君!」


 起き上がる晃由に手を貸した硝子がすぐに、公園の中で豚に攻め込まれている朝海に気付く。


「えっと」


 すぐに立ち上がった硝子が公園内を見回す。近くのベンチに座ったまま眠りこけている白髪の老人の足元に、老人が持っていたのであろう杖が落ちていた。その杖に目を留め、硝子が目つきを鋭くする。


「あれならっ」

「待って!」


 杖の元へと駆け出そうとした硝子の手を、晃由が掴み止める。


「仲河君?」

「ダメだ、灯子ちゃんになっちゃ」


 珍しく真剣な表情を見せた晃由が、硝子へと強く言い放つ。


「どうして!? このままじゃ日下部君がっ……!」

「朝海は俺が助ける! だから君は何もしなくていい」

「助けるって」


 硝子が言葉を発しながら晃由から、まだ倒れたままの輝へと視線を移す。耳が傷つき、先程の攻撃で大きく腹部を切り裂かれた輝は、見るからに弱った状態だった。


「無茶だよ、やっぱり私が灯子にっ……!」

「朝海が言ってた。関わりを持って生まれても、関わりを持たなきゃ他人のままだって」


 杖へ向かおうとした硝子の手をさらに強く握り締め、晃由が言葉を続ける。


「踏み込まれることを拒絶したのは、他人のままを望んだのは君等だろう? だったらこれ以上はっ」

「じゃあ、仲河君は」


 硝子が晃由の言葉を遮り、鋭い視線を晃由へと向ける。


「仲河君は、あの豚の中に居るおデブさんの家族なの?」

「ハっ?」


 突然の硝子の問いかけに、晃由が間の抜けた表情を見せる。


「いやぁ? 俺ん家は基本全員肉食系だし、あんな雑食じゃあ」

「親戚なの? 友達なの? クラスメイトなの?」

「硝子ちゃん?」

「他人でしょう!?」


 硝子から投げかけられるその言葉に、晃由が衝撃を走らせるように目を見開く。


「私に他人を助けるなって言うなら、仲河君も日下部君もあの人を助けるべきじゃない」

「それとこれとは別の話で……!」

「同じ話だよ!」

「あっ!」


 晃由の手を強く振り切り、硝子が杖の落ちているベンチ前へと駆けていく。

 杖を右手で拾い上げると硝子はすぐにその瞳を突き刺すような鋭いものへと変え、灯子となった。


「“トウ”」


 短いスカートの下の太腿に、晃由と同じ日の出の印が浮かび上がる。その印に杖を当てると、杖は金光眩い刀へと姿を変えた。


「斬り裂くぞ」

「待った、灯子ちゃん!」


 刀を構えた灯子に、晃由が傷ついた体を乗り出しながら必死に言葉を向ける。


「踏み込むなって言ったのは君だぞ!? 踏み込まれたくないんなら、これ以上俺たちの戦いに首を突っ込むのはっ……!」

「人のせいみたいに言うな」


 硝子の時とは違って冷たい灯子の声が、硝子の時と同じように晃由の言葉を遮る。


「最初の時も今も、私は別にお前たちの戦いに首を突っ込みたかったわけじゃない」


 晃由に言葉を返しながら、灯子が刀の狙う先を朝海を攻めこんでいる豚へと定める。


「私の目の前で死にかける、お前たちが悪いんだ!」


 吐き捨てるように言葉を放って、灯子が豚の元へと駆け出していく。


「吹っ飛ばせ、燈!」


 豚目前のところで足を止めた灯子がまだ刃先の届かないその場で刀を振るうと、刀から放たれた金光の一閃が横側から豚を押し退け勢いよく吹き飛ばした。

 ずっと受け止めていた豚の重みからやっと解放された朝海が、ひどく疲れた様子で肩を落としながらも灯子の方を振り向く。


「灯子」


 向けられる視線に、射るような視線を返す灯子。


「無様な姿だな」

「お陰様で……」


 少し困ったように息を吐く朝海に、灯子が不満げに眉をひそめる。


「何故、そこまで困る必要がある? お前にとって硝子は他人の方が都合がいいんだろう?」

「そうだな、でも」


 眠たげな朝海の表情からわずかに笑みが零れる。


「“待っていて”、くれたから」


 意味深な朝海の言葉に意味を問うことはせず、灯子はまるでその言葉の意味を知るように複雑そうな表情で俯いた。


<食ベ、タイ……、食ベタイ……!>


 灯子に吹き飛ばされた豚が再び起き上がったことに気付くと、朝海と灯子がすぐにそちらを振り向き鋭い表情へと変わる。


「食欲旺盛な豚だな」


 起き上がった豚へと体を向け再び刀を構える灯子に、朝海が眉をひそめる。


「灯子」

「斬るな、か?」


 朝海が言わんとしていることを知るように、灯子が皮肉った問いかけを放つ。


「お前のその言葉は聞き飽きた。まぁ今のお前の弱り切った状態なら、印の強制力も簡単に破れそうだが」

「灯子……」


 もう一度訴えかけるように名を呼ぶ朝海に、灯子が冷たく光る瞳を見せる。


「いいか? 日下部朝海」


 灯子が豚から朝海へと体の向きを変え、構えた刀の刃先を朝海の首元へと向ける。


「他人のままでいたいなら私の前で死にかけるな。夢喰を斬られたくないなら私に力を貸させるな」


 言葉を放ちながら、灯子が勢いよく刀を振り上げる。


「目障りだ」

「えっ!?」


 朝海へと振り下ろされる刀に、二人のやり取りを見守っていた晃由が焦りの声をあげる。


「ちょ、何して! 灯子ちゃ……!」


 止めようと慌ててその場を飛び出した晃由であったが、間に合うこともなく、灯子が振り下ろした刀から放たれた金光が真正面から朝海へと当たった。

 眠ってしまいそうで目を閉じることもなく光を受けた朝海であったが、吹き飛ばされるかと思った体はそのままで、灯子の放った金光は優しく朝海の体を包み込んだ。


「これは……」


 光に包まれた自身の体を見下ろし、朝海が戸惑うように声を漏らす。包み込んだ灯子の光が朝海の体から発せられている光と混ざり合い、一層の力となって朝海を満たしていく。


「朝海の朝力が回復してく? 朝力を譲渡出来んのか?」

「お前にもくれてやる」

「へ? うわ!」


 晃由の方を振り向いた灯子が素早く刀を振り下ろし、朝海の時と同じように晃由にも刀から放たれた金光を浴びせる。

 光が晃由を包み込むと、晃由の耳や腹に負った傷が見る見るうちに塞がった。


「朝海の朝力と変わんねぇ強さだ」


 感心するように全身を見回す晃由の元へ、晃由と同じように傷の癒えた輝がやって来る。


「輝」

「私が豚の気を引く。その隙にとっとと喰え」


 輝と合流した晃由へと、灯子が偉そうな口調で指示を送る。灯子の指示に戸惑う晃由であったが朝海が促すように頷いたため、少し困り顔を見せつつも灯子にオーケーのサインを見せた。

 晃由の了解の合図を見送った灯子がすぐにその場を飛び出し、豚の元へと駆け込んでいく。


<食ベタイ! コノ世ノスベテヲ食ベ尽クシタイ……!>


 駆け込んでくる灯子に気付いた豚は短い四本足を細かく動かし、大きく口を開いて灯子を出迎える。目の前で開かれた口に躊躇うことなく、灯子はそのまま豚の元へと駆けていく。


「生憎、お前に喰われてやるほど安い女じゃないんだよっ」


 地面を蹴り上げて空へ飛び上がった灯子が豚の開いた口元のすぐ手前まで辿り着くと、後方から勢いよく刀を振り上げ、先程向けたものよりもずっと巨大な金光の一閃を放つ。

 灯子が放った一閃が豚の口の中へと飛び込むと、そのまま中から豚を押し上げ、豚は苦しげに声をあげながら体のバランスを崩し後方へと引っくり返った。


「今だ、間抜け」

「間抜けって俺のこと? まぁいいか、輝!」


 灯子に呼ばれた名に引っ掛かりつつも、張り切って声をあげた晃由が輝の背へと乗り込む。


「肉食男子のプライドにかけて、今度こそ喰らい尽くすぜ! 輝!」


 すっかり癒えた両耳を広げ飛び上がった輝が、晃由の言葉に勢いづいて一気に倒れ込んだ豚の真上まで駆け抜ける。顎でも外れたのか痛そうに口を押えている豚の丸見えの腹部へと、輝は伸ばした牙を思い切り突き刺した。

 牙が突き刺さった瞬間、豚が大きく目を見開く。


<ギャアアア!>


 激しく叫び声をあげながら黒い煙と化していく豚。その煙を、輝が欠片一つ残さずに喰らう。


「ご馳走様でした」


 すべての煙を食べ尽くすと、晃由が先程まで豚が居たその場所に向け手を合わせる。巨大豚の居なくなったその場に、肥満男性の眠る水晶体が力なく落ちた。


「朝海!」

「ああ」


 晃由が振り返ると、朝海はすでに額の印を輝かせ、体を包み込む金光を両手へと集中させていた。


「俺もそろそろ眠気が限界なんでな。とっとと起きてもらうぞ」


 光が強まっていく中、朝海がまっすぐに水晶体を見つめる。


「悪しき夜に呑まれし夢よ。今再び、朝の光の中に目覚めよ」


 朝海が両手を動かし、浮かび上がった金光の針をゆっくりと回していく。


「“御破夜宇おはよう”」


 それぞれに上下を指し示した針が朝海の手元を離れ水晶体へとぶつかると、水晶体は光りを放ちながら大きく音を立てて砕け散った。

 水晶体の中から解放された肥満男が地面に倒れ込む。

 それと同時に豚が喰らったはずの滑り台も、公園の中央へと元通りに修復された。



「んっ……」


 地面に倒れた肥満男がゆっくりと目を開く。


「滑り台不味かったな。何でも食べればいいってもんじゃないな……」


 それだけ呟くと男は再び瞳を閉じ、眠り込んでしまった。その呟きを耳に入れた晃由と灯子が、それぞれ呆れたように肩を落とす。


「豚ん時の記憶残ってんのかねぇ?」

「次に起きたら忘れているだろ。まぁ忘れないまま、食欲の加減を覚えた方がいいのかも知れないがな」

「眠、いっ……」

「朝海!?」


 額から印を消し体を包む金光を掻き消した朝海が、力なくその場に倒れ込む。


「おい朝海、大丈夫か!?」


 慌てた様子で晃由が倒れた朝海の元へと駆け寄っていく。


「死んだ爺さんが川の向こうのひまわり畑で腹筋してる……」

「三途の川が近付いてんじゃん! やっべぇ、輝!」


 晃由が呼びかけると輝が二人の元へと駆けつけ、大きなその尾を器用に翻し、倒れ込んだ朝海を背の上へと乗せる。


「俺とっとと朝海、連れて帰るわ! じゃあね、灯子ちゃん。今日はありがとう!」


 朝海に続くように晃由も輝の背に乗り込むと、晃由が笑顔で灯子に声を掛けた。二人を乗せた輝が耳を広げ舞い上がり、目にも留まらぬ速さで空を翔け抜けていく。


「騒々しい連中だ」


 呆れたように言葉を落としながら、灯子が太腿の印に再び刀を当てる。すると発せられていた金光が掻き消え、刀は元の杖へと戻った。


「日下部朝海」


 戻ったばかりの杖を見つめながら、灯子が静かに声を落とす。


「お前なら、私たちの夜を終わらせることが出来るんだろうか……」


 誰にともなく問いかけた灯子は、どこか悲しげな表情を見せていた。




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